第二十一話
あれ…?
ここになんか書こうと思っていた事をド忘れたしてる。
~~~ 昭和5年 10月17日 国防省 統合作戦本部執務室 ~~~
一昨日、会議が終わってからは酷かった。
艦政本部の技術者達と意見交換しながらの会食をした。みんなそれはもう飲む飲む。とてもついていけなかった。
おかげで昨日はまったく仕事にならなかったが実りはあったと思う。
まず、艦政本部の平賀中将以下の技術者達とパイプを作れたのは大きい。
向こうも未来の造船技術には興味深々だった。あれこれ質問をされた。酒を注がれながら。
「もうこれ以上飲ませたら、教えれなくなる」って脅したら注ぐの止めたな。
平賀中将は「情けない」と呟いてたけど、知った事か。
盛り上がったネタとしては、艦船に使用する鉄鋼素材についてだった。
帝国はアメリカからのくず鉄が主力鋼材になっている。これをどうにかしないといけない言うことになり、鉄鋼会社との共同研究や、原材料の発掘等も議論にあがった。
果ては溶接技術についても議論の華咲き、グラビティ溶接の仕様を伝えた時は目から鱗状態だったようだ。
とにかく現状は艦の建造技術の向上と、機関の性能向上が急務と言うことに落ち着いた。
他には、俺の艦隊旗艦の案を図面として起こしてくれる事も約束もしてくれた。
最後の方は記憶が若干あいまいだったのが気がかりだったが。
だって、ちらほら記憶に46サンチ砲とか51サンチ砲とか単語が記憶に残っているから……
なので今日は特に予定もなく、自席でだらだらしている。
ひとまず河内級以前の戦艦の売却案は海軍・国防省内にて承認され、今のところドイツ・トルコ・タイ王国へ打診してみる事になったそうだ。
おそらく河内級はドイツへ、それ以前はタイ王国に売却されるであろうと考えている。
売却後のアフターフォローも金額の中に入れておく為、若干高めの設定とする。
内容としては、機関の技術と砲塔の技術を改装時に最新のではないが、技術を提供すると言う内容だ。
機関はともかく、砲塔だけを新しくしてもあまり意味がない。
測距儀が必要になるからだ。測距儀がなければどんな強力な砲があっても命中はしない。
まー、タイ王国に対しては困った時に技術売却を申し込めばいいかと思っている。
その為の情報部でもあるわけだし。
ドイツの技術購入や技術者の日本帝国への招聘の打診に関しては徐々に情報が集まってきているし、接触も開始している。
駐独大使館からの情報では、感触は悪くないとの事だ。
それに加え、駐英大使の吉田茂大使にも応援を依頼しドイツへ渡ってもらっている。
来年初頭には色々決まるといいのだが……
情報部の方も徐々に人を送り込んでいるようだ。
主としてはアメリカ・ソ連・イギリス・中華民国を中心に、ドイツやアジア各国に諜報網を構築している。
おそらく一年間はこの準備に時間を費やすだろう。
情報があがってくるのは早くても半年後ではないか、と石光中佐がおっしゃっていた。
諜報部門を育成と共に、情報分析の部門の育成を同時に行わないといけない。
帝国の総合技術会合と名をうった会議を12月中に開催したいと各大学・企業・研究所へ案内通知をしている。これは徐々にだが返答がきている状態だ。今のところ欠席の知らせはない。
国内の政策では、東京 - 大阪間の高速道路と、東京 - 大阪 - 広島の高速鉄道を標準軌での建設が閣議決定された。
後日議会での審議・決定予定となり、国の公共事業として建設される予定だ。
閣僚と言えば、総理大臣の濱口総理。来月の早々に暗殺未遂事件が発生する。
この傷の影響で総理大臣職を全うできず、さらには死亡までしている。
濱口総理は俺に対して理解がある方だ。今のうちから暗殺を防ぐように手配しておかなければいけないだろう。後で本部長と相談しておかないといけない。
そういえば、統合作戦本部と空軍の制服が決定したそうだ。
統合作戦本部と空軍のデザインの基本は同じだ。制服のデザイン的には現代式になり、Yシャツにネクタイ・シングルの4つボタンスーツが基本となる。
色が空軍が紺色、統合作戦本部が黒色のスーツとなる。
軍内の部署の判別は袖のワッペンで分けると言う形をとる。
服の採寸は翌週からとなり、支給は早ければ来月からとなる予定だ。
因みに海軍と陸軍は現行のままとなる。
陸軍といえば特殊部隊を設立しておきたいと案があるが、本部長と陸軍長官にいつ相談するかを決めかねている。
特殊部隊の役割は要人の救出や暗殺、破壊工作や情報の収集と多岐にわたる。
もちろん陸戦のスペシャリストが必要だが、そのほかにも自動車等の運転、船舶や航空機の操縦技術も必要。もちろん銃器の取り扱いにも長けないといけない。
こう考えるとい陸軍だけでなく、海軍や空軍からも陸戦ができる要員を確保しないと駄目か。
そんな事をつらつら考えていると執務机の前に人が立っているのに気がついた。
俺は慌てて席を立ち、敬礼をする。
それを見た相手は苦笑しつつも答礼を返してくれる。
「これは失礼しました。堀隊長、こちらにはなにか御用で? 」
そう、目の前に立っていたのは海上警備隊長 堀少将だ。
「久しぶりだね大尉。いやなに、内務省に用事があってね、近くだったからちょっと顔出しにきたんだよ」
「なるほど、ここで立ち話もなんですから、応接室に行きましょうか」
「すまないね」
俺と堀隊長は応接室に入り、茶を用意してもらった。
「さて、海上警備隊が発足して半月が経過したのだが、警備隊としての心構えがいまひとつなんだ」
「なるほど、今まで軍人として教育を受けてますからね。中には海軍からはずされ、納得できない人間もいるでしょう。あせらずじっくりやるしかないですね」
俺の言葉に唸る堀隊長
「後、内務大臣にお願いして、警察と消防から人を派遣してもらうのはどうでしょうか。本職の人から教えられる方が実感がでるのではないでしょうか」
「……ふむ、なるほど。そうだね、後日大臣と相談してみるよ。参考になったありがとう」
その後は終始和やかに俺が知っている保安庁の事を話した。
”未来では保安庁の潜水士が題材になった物語もある”とか。
堀隊長は興味深く聞いていたのが印象的だった。
堀隊長が退室され、俺も自席に戻った段階でふと思った。
そういえば海上警備隊の制服はどうなるんだろうと。さっき堀隊長は海軍の制服のままだったな。
戦時には海軍の指揮下にはいるから別にいいのか?
そんな事を考えつつ自席に戻るとメモが一枚置いてあった。
『10月18日 9時に横須賀鎮守府へ出頭せよ。 艦政本部 藤田』
なんだよこれ艦政本部長。
朝9時に出頭せよって事は、夕方にはこっちをでておかないといけないじゃないか。
バイクの使用を許可されているが、現代と違ってスピードがでないし道路も整備されていない。
鉄道はあるが、朝9時前に到着となるとけっこう厳しいのだ。
よってこの時代はまだ前泊が基本となる。
まず電話で横須賀鎮守府に連絡をいれ、部屋を用意してもらう。
次に上司に直行で横須賀鎮守府に出頭する予定を伝え、了承を得る。
必要最低限の荷物を持ったら横須賀へ向けて出発をした。
国防省から皇居を一号線へ向かいそこから1号線を南下、途中で15号線に移り横浜を抜ける。
横浜から国道16号線に乗り換え、横須賀鎮守府へたどり着いた。
その日は鎮守府内で過ごす俺だった。
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