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第三話『未知へ、踏み込め』



 町中をくまなく探した。石畳が続くこの坂道を、どれだけ往復しただろうか。しかし、彼女らしき人物は全く見つからない。

 町の人にも聞いてみるが、そんなドレスを着たお嬢様を見た者はいないと誰もが首を横に振るばかり。どうか無事でいて欲しいと今は祈りながら探し続けるしかなかった。

 突きあたりを右に曲がった所で、また町の人らしき男と出くわす。

「すみません……背中の辺りまで長い金髪で桃色のドレスを着た、私と同じ歳位の女の少女を見かけませんでしたか?」

「ああ、ドレスを着たお嬢様みたいな子なら見かけたよ」

「えっ! ど、何処で……!?」

「確か、港の近くだったかなあ。若い兄ちゃん二人と一緒に居たぜ。船に乗るとか言ってたような……」

 ロゼッタは血の気が引くのを感じた。船、と聞くと嫌なものしか思いつかなかった。最悪の事態が起こりそうになっている。

 その男に軽く頭を下げると、ロゼッタはまた走り出した。しかし、それは港に向かう方ではなく、住宅街に向けてだった。

 しばらく走り、彼女はとある家へと辿り着く。今は石造りの屋根で、傍には馬小屋がある小さな家だ。

 迷わず馬小屋へ向かい、一頭の栗毛の馬の手綱を取った。

「すまない、グレン。緊急事態なんだ、手を貸してくれ」

 グレンと呼ばれた馬は一度だけ嘶く。馬具に足を掛け、そのまま一気にグレンの背に乗った。

 港の方を見ると船が一隻、出航準備をしているものがある。灰色の煙が、青色の海と重なって目立っていた。

 急がなくては。ロゼッタは手綱を握り締め、港へと向かうのだった。



***



 ベルノアの町に、蹄の音が木霊する。人々があっと驚く間に、グレンに乗ったロゼッタは町の中を通り過ぎて行った。

 この町で生まれ育った為、彼女にはどの道を行けば港に最短で行けるかが良く分かっている。

 煙が上がっていたのを考えると、出航までもう時間が無い。急がなければ、手遅れになってしまう。

 町の坂を駆け下りて、ようやく港へと辿り着く。船を見ると、エルゼらしきドレスを着た少女が二人の男に手を引かれて船に乗り込んで行くのが見えた。

 そして、船と港を繋いでいた板が外される。出航するつもりだ。

「……グレン」

 片方の手で左胸の辺りを探り、付けていた副隊長の軍章を外した。そして、その軍章を、グレンの首に結んであるスカーフに付ける。

「良いか……私がお前の背から消えたら、いつもの場所に向かってくれ。お前なら、分かるな?」

 グレンは走りながら、ちらりと一瞬だけ彼女を振り向いた。そうしてから、また大きく嘶く。それを聞いて、ロゼッタは満足した表情で笑みを浮かべ、賢い子だ、と小さく呟いた。


 船が、動き出す。船着き場から少しずつ距離が離れて行った。ここで逃がしたら、もう二度と彼女を助ける機会はないだろう。機は一回のみの、失敗は許されない試みだ。しかし、やる以外に道はない。

 ロゼッタはグレンにそのまま走るよう指示を出す。目指すは船着き場。走りながら彼女は手綱から手を離し、ゆっくりと立ち上がる。体勢を崩せば、軽傷では済まない。上手くバランスを取りながら、グレンの背の上で立つ。

 船着き場の先が見えてきた。その先には、海しかない。

 だが、ロゼッタが見ていたのは海ではなかった。船着き場の一番先に建てられた小屋位の大きさの展望台である。そこにくくり付けられた縄に、彼女は焦点を合わせた。

 ――次の瞬間、ロゼッタは大きく跳躍した。展望台の縄にしがみつき、グレンの背から飛び降りた勢いを利用して、振り子の様に縄で海の方へと飛んでいく。

 縄の動きが止まった時、今度は縄から手を離し、その勢いで船へと飛ぶ。人々の驚く様な声が後ろから聞こえた。ロゼッタは、何とか船のマストを掴む事に成功する。

 後ろを振り返ると、グレンがじっとこちらを見据えていた。

「必ず隊長に届けてくれ……グレン」

 小さく呟き、ロゼッタは腰に差していた剣を抜く。この船に、エルゼが乗っている。そして、海賊達も乗っているのだ。もしもの時は、例え命に代えても彼女を護る。ロゼッタは決意していた。

 一呼吸置き、彼女はゆっくりとマストから降りて行く。甲板を見ると、そこには数人の男達が居た。見た目からすると、若い男達らしい。これならまだ勝機はあるな、とロゼッタは思う。

 するとその時、船室から男が出てきた。その後から出てきた少女は――エルゼだった。

「エルゼ!」

 マストにくくり付けられていた紐に手を掛けて、一気に下まで滑り降りると甲板に着地した。

 突然の侵入に海賊達が唖然とする中、傍に居た男を押しのけてエルゼを庇うように立ち塞がる。そして、剣を構えた。

「ロゼッタ!?」

「エルゼ、無事か!? 海賊が……エルゼを攫って、ただで済むと思うなよ!」

 エルゼが何か言いたそうに彼女の裾を引っ張るが、彼女はそれに気づかず男達を睨みつける。

 そこへ、一人の青年が一歩前へと出た。後ろで一つに結んだ赤い髪は太陽に照らされ、燃える炎の様だった。深緑色の双眸が、じっとロゼッタを見据える。

「おいおい、何か誤解してねえか? 俺達、そいつを攫ったわけじゃなくて……」

「嘘をつくな! 海賊め、覚悟し……うっ」

 突然、ロゼッタは剣を落とした。その場に膝をつき、口を手で押さえる。

「ロゼッタ!? どうしたの!?」

 エルゼが膝を折り、ロゼッタの体を支える。明らかに彼女の顔色は青ざめている。

 まさか、何か病気を発症してしまったのではないかとエルゼは心配したが、しばらくして彼女は小さく呟いた。

「き、気持ち悪、い……」

 一同は固まる。どうやら彼女は、船に酔ってしまったようだ。それは誰の目から見ても明らかだった。しかしロゼッタはその場を動かない。

 蒼白な顔でふらふらになりながらも自身を盾にして、エルゼを海賊達へ近づけようとはしなかった。

 これは、彼女の意地でもあった。エルゼの世話係として、どんな事があろうとも護り抜かねば。

「近づ、くな……」

 弱々しい声だった。どんな状況に置かれていても、どうやら意志は変わらないらしかった。

 見兼ねた赤髪の青年が、ロゼッタに歩み寄る。何とか剣を握り締め、ロゼッタは彼を睨みつけた。

 ――次の瞬間、ロゼッタの腹部に青年の拳が入った。うっ、と小さな声が彼女の口から漏れる。そして、彼女はその場に崩れ落ちたのだった。


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