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第十一話『弱視の航海士』



 ロゼッタは久々に甲板へと出た。甲板では、相変わらず船員達が慌ただしげに動いている。ここに来てどれ位経ったのだろうか。乗船してしばらく船酔いに悩まされていた彼女も、少しずつそれを克服しつつあった。

 決して警戒を解いたわけではない。だが、前のように身を固くしてではなく接するようしていた。ジゼルやディオン、ギルバート、ユークなどはある程度の事を知った。しかし、まだ知らない者もいる。


「おー、ロゼッタ! どうしたんだ?」

「何でもない」

「あ、まだ警戒してんな? だから警戒を解け、って何度も言ってんのに」

「……うるさい」


 ディオンは変わらずロゼッタに慣れ慣れしく接していた。ロゼッタが未だに慣れないものは、彼との会話である。どうにも接し方が上手くいかない。

 いや、海賊と慣れ親しむものではないと分かっているつもりである。けれどあれほどまでに興味を示されると、ロゼッタもどうして良いものか分からなかった。

 何とか彼をかわし、ロゼッタはエルゼの様子を見に行こうと船室へと向かおうとする。――と、そこで彼女は誰かとぶつかってしまった。


「――っと、危ない。すみません、大丈夫ですか?」

「い、いや、私こそすまない……」


 顔を上げると、そこには見た事のある顔があった。歳はディオンやユークよりも上に見える男だ。肩につかないほど短い金髪に、瞼を閉じたままでいる。そこで、ロゼッタはようやく思い出した。彼は、ロゼッタが乗り込んだ際にエルゼを船室から連れて来てくれた人物だ。

 思えば、こうして顔を合わせるのはこれが初めてかもしれない。

「……もしかして、貴方がロゼッタですか?」

「あ、ああ……そう、だが……」

「これはこれは……初めまして、ですね。僕はロディア=ベルヌクと申します。セイレーン号の航海士を務めております。以後、お見知りおきを」


 ロディアが手を差し出した。こんな風に礼儀のなっている挨拶されたのは、ここに来て初めてである。船医のギルバートと言い、この船には何人か常識のある者もいるようで何故かロゼッタは安堵した。

 海賊だから握手はしない、と言うような考えは今の彼女にはほとんどなかった。未だ警戒は解いていないが、見極める為にはそこに入って生活するしかない。彼らが今までに見てきたような海賊なら――検挙する。勿論、それはエルゼの無事を確保出来ない事には成し得ないが。

 ロゼッタは彼の挨拶に応じ、握手をする。と、ロディアは感心したように息を漏らした。


「……ああ、成る程」

「? 私の手に、何か?」

「いえ。ただ、とても温かいなと。貴方は、きっと強くあろうと気丈に振る舞われているのでしょうが、そんな心配は此処では無用ですよ。この船の者達は、皆それぞれに信念を持った者達ですから」


 そう言って微笑んだロディアの手もまた温かい。同じ人間なのだから当たり前ではあるが、それでもその手の温度は、不思議とこの人物が危険ではない事を暗に示しているようだった。


「(……私も、変な事を考えるようになったものだ)」


 ロゼッタは自嘲する。かつての彼女では想像も出来ないほどの事だった。


「おや……風が、少し変わりましたね」

「え?」

「――ああ、すみません。僕は生まれつき視力が弱くて、灯りなどがぼんやりと見えるだけで、後はほとんど見えないんです。だから、こうして風の音や潮の匂いで判断しなくては、航海路を見極められないんです。……他の方のお力も借りなければならないので、航海士としては無能と言えますよね」


 苦笑するロディアに対し、ロゼッタは首を横に振り、小さな声で呟く。


「いや……風の音や潮の匂いで海の状況を判断出来る航海士は、今まで見た事がない。誇って良い事だと……思、う」

「……ふふ、ありがとう御座います、ロゼッタ。その優しい心、もっと外に出しても良いと思いますよ」

「――なっ!?」


 思いがけない言葉に、ロゼッタは声が裏返ってしまった。彼女の慌てた様子を分かりやすい声色から聞き取ったロディアは、また微笑む。

 そこへ、ディオンが再び顔を出した。こんなところは見られてなるものか、とロゼッタは何とか平静を保とうとする。


「なんの話してたんだ?」

「……何でもない」

「そうですね……まあ、何でもないと言う事にしておきましょうか」

「あっ……貴方という方は……っ!」


 ロディアのからかいにまともに返してしまいそうになり、はっとしてまた元の表情へと戻すロゼッタ。ディオンは「ふーん」と、興味深々と言った様で、彼女の顔を何度も覗き込んだ。

 それからロディアは二人に軽く会釈すると、船長室へと向かった。


「ロゼッタも、結構この船の奴らと仲良くなってんじゃん! いやあ、心配して損したわ」

「仲良くなど、していない!」

「まーたそうやって意地を張るねえ……あ、こんな事言いに来たわけじゃないんだった。ロゼッタ、嬢ちゃんを甲板まで連れて来てくれよ」

「……何故だ?」


 ロゼッタの問いに、ディオンは屈託のない笑みを浮かべながら、北の方角を指差す。その指の先には、まだ小さくだが、港町が見えた。


「――あれが、リベイル……アルテーア国の港町にして、通称“花の都”だぜ!」


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