第九話『剣技』
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ロゼッタは怯まない。そのまま男の懐に空いているほんの僅かな隙間に入り込み、低く屈んで足を引っ掛けた。男はバランスを崩しその場に倒れる。
その隙を、彼女は見逃さなかった。力が抜けた男の手から剣を奪い取ると、一気に他の男達に向かって突っ込んで行く。
また違う男がロゼッタに斬り掛かろうとする。ロゼッタは相手の腹部に蹴りを入れ、怯んだ瞬間に男の持っていた剣を、手刀で払いのけた。しかし、更にまた次の男が襲い掛かる。
今度は、先程と違って速い動きで斬り掛かってきた。しかし、ロゼッタは避けるのと同時に男の肩に足を掛け、くるりと身を翻しながら跳躍して背後を取る。そして先程と同様に剣を払いのけると、男の顔面に剣の柄の部分で打撃を加えた。男はぐらりと揺れ、そのままその場に倒れる。
「はあ、はあ……」
久し振りの戦闘だったせいか、息を切らしていた。もっと鍛錬を積まねばな、とロゼッタは一人反省する。
不意に、彼女は敵から奪って使用した剣を見つめた。そして、とある事実に気づいてしまう。
「これはっ……!?」
見間違いか、と疑いたくなるようなものだった。しかし、見間違う筈がない。
もしこれが本当なら、彼ら敵船は一体何者なのか。ロゼッタは思考を巡らせてみるも、明確な答えは出せなかった。
「ロゼッタ!」
と、そこへエルゼが駆け寄って来た。周りでは依然として船員達との激しい戦いが続いている。エルゼの無事を確認し、ロゼッタはとりあえず安堵した。
そこへ、ディオンとユークも合流する。その二人の背後では、既に十数人程が地面に倒れているのが見えた。ディオンはロゼッタの倒した三人の姿を見て、口笛を鳴らす。
「凄いなあ、お前! 強いんだな!」
「……これ位、兵士なら当たり前だ」
ロゼッタはふいと顔をそむけた。けれど、ディオンは彼女の態度に対して何の不満を持っていないようである。
ただ彼女の顔を覗き込みながら、笑顔を見せた。
「俺も負けてらんねえなあ! 船長の為にも、やってやるぜ!」
「……行くか……」
ディオンとユークが、敵船員へ向けて駆けて行く。ロゼッタはしばらく呆気に取られていたが、まずはエルゼを無事な場所まで連れて行こうと決めた。エルゼを船室のある扉まで連れて行くと、彼女を護る様に構える。
此処まで来れば、何とかなるだろう。いざという時は、船室へと彼女を押し込む事も可能だ。
敵船員達が、続々とロゼッタ達に向けて襲い掛かって来た。
ロゼッタは不審に思う。何故、彼らは執拗に自分達を狙ってくるのか。女の身である以上、狙われる理由としては最もである。しかし、それとは違うような気がした。
これは勿論あくまでロゼッタの推測。だが、彼らの狙いはただ女性であるからと言うだけではない気がするのだ。そしてもう一つ気になっている事――彼らの目に映っているのはロゼッタではなく、エルゼだけだからだ。それにロゼッタは気付いていた。
(けれど、何故だ……?)
エルゼは確かに伯爵のご息女である。狙うなら当然の事だ。彼女を攫い、上手く利用すれば海賊達が望むような金銀財宝を手に入れる事が出来るだろう。
しかし、それはあくまで“エルゼが伯爵のご息女であると知っている場合”だけだ。敵の船員達が侵入してからそれを知る術はなかった。そうなると、結論は一つ。彼らはこの船を襲撃する前からエルゼの事を知っていた事になるのだ。
そうとなれば、今ここでやるべき事は決まっている。彼らを捕らえ、首謀者を吐かせれば――
「――しまった! ……ロゼッタぁあああ!」
ディオンの叫びに、ロゼッタはようやく我に返った。うす暗くなる視界。目の前には、棍棒を両手で振り上げた敵船員の姿があった。反射的にエルゼを船内へと押し込む。しかし、自身の身を護る時間まではなかった。
目前にまで迫る攻撃。避ける術はない。ただ立ち尽くす事しか出来なかった彼女に、何か大きな黒いものが覆い被さった。
次の瞬間、鈍器で殴ったような鈍い音が響く。何が起きたか分からないまま、ロゼッタは覆い被さったモノの重さでその場に倒れてしまう。
激しく床に叩きつけられ、そのまま彼女の意識はそこでぷっつりと途絶えた。