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【完結】若きベルディオの悩み  作者: 知己


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第1話 僕と母上

「————ベル様、ベル様ーっ⁉︎」

 

 

 僕の名前を呼ぶメイドたちの声が聞こえるけれど、僕はその声には応えず薄暗い空間で膝を抱えてジッとしている。

 

 どうして出て行かないのかって? それは————、

 

 

「ベル様、奥様がお呼びですーっ!」

 

 

 答えはそう、母上のシゴキ————違った、特訓が待っているから。

 

 僕は母上の特訓が嫌でここに隠れているんだ。

 

 

「————ッ⁉︎」

 

 

 もう少し奥の方へ隠れようと身体を動かした瞬間、僕の背後で人影が動いた。

 

 僕は慌てて振り向いて突然現れた人物へ視線を送る。

 

 その人物は明るめの茶髪でかなり小柄だった。まるで子供のような————。

 

 

「……なんだ……」

 

 

 背後にいた人物の正体が分かった僕はホッと息をついた。

 

 なんのことはない。

 

 背ろにいたのは鏡に映った僕の姿だったんだ。

 

 

「ふう……」

 

 

 もう一度一息ついた僕は改めて鏡の中の僕を見つめた。

 

 やっぱり、そこには不安そうな表情を浮かべる少年の顔があった。

 

 こんなところに隠れていちゃいけないってことは分かってる。

 

 でも……、

 

 

「ん……?」

 

 

 その時、何気なく動かした手に何かが触れて僕は顔を向けた。

 

 視線の先にあったのは一冊の絵本。僕がもっと小さかった時に眠る前に読んでもらっていたものだ。

 

 

「わあ……! 懐かしい……!」

 

 

 一気に思い出が蘇ってきて僕はその絵本を手に取った。

 

 本のタイトルは『伝説(でんせつ)竜姫(りゅうき)』。

 

 内容は真っ赤な大きな翼を持った天使様が空から舞い降りて、恐ろしい魔物から人々を守ってくれるというものだ。

 

 正直なところ話の内容はありふれたものだけど、僕は挿絵で描かれている(あか)い翼を持った天使様の姿がなんていうかとても美しくて眺めるのが大好きだったんだ。

 

 

「……やっぱり天使様、綺麗だな————」

「————見つけましたよ」

 

 

 再び僕が絵本の世界に入り込みかけた時、軽やかな声と同時に扉が開いて、薄暗い空間に光が差し込まれた。

 

 扉の先に立っているのは僕よりちょっとだけ年上の紫髪の少女。

 

 僕は持っていた絵本を閉じて彼女に声をかける。

 

 

「……よくここだって分かったね……」

「ええ」

 

 

 紫髪の少女は得意げに口の端を持ち上げた。

 

 彼女の名前はエリーゼ。この家のメイド見習いで僕の幼なじみだ。

 

 どうやら彼女も僕を見つける役目を仰せつかっていたらしい。

 

 

「さあ、奥様がお呼びです。参りましょう、ベルディオ様」

 

 

『ベルディオ』————それが僕の本当の名前だ。地方領主の一人息子で8歳。髪と眼の色は琥珀色。性格は引っ込み思案で人見知り。以上が僕のステータス。

 

 

「……分かったよ」

 

 

 僕は一呼吸置いてから立ち上がった。

 

 

         ◇

 

 

 

 エリーゼに引っ張られる形で僕は広間へと連れて行かれた。

 

 広間の中央では真っ赤なドレスを着た黒髪の貴婦人がこちらに背を向けて立っていた。

 

 その貴婦人にエリーゼが少し誇らしげに声を掛ける。

 

 

「奥様。ベルディオ様をお連れしました」

「ありがとう。エリーゼ」

 

 

 振り返った領主夫人————母上はこの国では珍しい黒髪黒眼に褐色の肌、そしてスラリとした体つきと、息子の僕から見ても物凄い美人だ。

 

 でも、その吸い込まれそうな黒い瞳からは何か只者ではないような雰囲気が感じられて、僕は正直母上を少し怖いと思っているんだ。

 

 母上はその黒真珠のような瞳を僕に向けて尋ねる。

 

 

「————『ディオ』。練習の時間はとっくに過ぎているぞ。いったい何をしていたんだ?」

 

 

 この(やしき)で僕のことを『ディオ』と呼ぶのは母上だけだ。母上にとって『ベル』とは父上のことだけらしい。

 

 

「……ごめんなさい、母上。実は急にお腹が痛くなって————」

「————嘘です。西棟の物置に隠れておられました」

「エリーゼ⁉︎」

 

 

 あっさりと告げ口をしたエリーゼに僕は驚きの眼を向けたけど、彼女は澄ました表情を崩さなかった。

 

 エリーゼの報告を聞いた母上の美しい顔が一気に険しくなる。

 

 

「……そうか。それじゃあ、今日の練習は普段の倍としよう」

「ええっ⁉︎」

 

 

 素っ頓狂な声を上げた僕に母上は続ける。

 

 

「いいか、ディオ。領主の息子たるものダンスの心得がなければ恥をかいてしまう。これはお前のためを思ってやっているんだ。そういうことで悪いがディオに付き合ってもらえるか、エリーゼ?」

「かしこまりました。奥様」

「…………‼︎」

 

 

 慣れた様子でお辞儀をするエリーゼとは対照的に、僕は顔が引きつっていることが鏡を見なくても分かった。

 

 

「まずは昨日教えたステップから始めよう。さあディオ、何を突っ立っている。早く開始位置に立つんだ」

「……はい、母上……」

「今は母上ではない! 先生(マエストラ)と呼びなさい!」

「————はっ、はいっ! 先生(マエストラ)ッ!」

 

 

 ダンスの先生(マエストラ)モードになった母上の声に僕の背筋がピンッと伸ばされた。

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