第1話 男の名前はアトロス・グランズ
誰もが、この世界では魔眼を持っている。火を出す魔眼、周囲を凍らせる魔眼、あるいは未来を見通す魔眼。種類はあれど、誰もが例外なく、だ。では例えば、そんな世界に眼を持たない存在がいたら?
「おいおい、アトロス〜。ここはお前みたいな盲目野郎が来ていい場所じゃねぇと、何度言えば分からんだよ」
「ぎゃっはは! いじめてやるなよ! そいつぁ自分がどこにいるのか分からねぇのさ」
「だっはは、そりゃそうだ。すまねぇな!」
オレの頭を鷲掴みながら、不良達はそう嘲笑う。オレの眼には、彼らの姿は映らない。当然だ。だってこの眼は、生まれながらに光を持たないのだから。醜い顔をしているのか、あるいは予想に反して整った顔をしているのか。
生まれた瞬間から、オレ、アトロス・グランズの視界は真っ暗だった。光の届かない眼、脳が処理するのは音や香り、そして触感だけだ。誰もが特別な眼を持っているというのに、どうして卑屈にならずにいられるか。
「へへ……いや、すみません。でも、金が必要ですから、ギルドには行かないと……」
「これは優しさなんだぜ〜? 魔物と遭遇したらよぉ、お前は何もできずに死んじまうじゃねぇか。ほら、コレで飯でも食ったらどうだ?」
「え、いいんですか!?」
チャリン、と。硬化が地面を叩く音。オレは地面を探りながらそれを拾う。「おいおい、プライドもねぇのかよ。」と、そんな声も聞こえるけれど、プライドなんてものは飾りにもならない。そもそもオレは器が広いからな。許せるのさ。そうだよ、オレが許してあげてるって思うことにしている。とにかく、それを拾って、オレは進行方向を変える。今日の稼ぎは要らなくなったからな。
「ふんふーん。今日は何を食うかなぁ」
不良達の声も遠のき、オレを見るのは蔑みか、あるいは同情の眼。いやいや、もちろん見えてないんだけどね。っていうジョークはさておき。
十七という若さで一人暮らしをしているオレも、まぁ珍しいだろう。こんな世界だからこそ、眼の見えないオレには政府からそれなりの援助金はあるものの、それでは生きていけない。だから働くのだが、やはり普通に考えて、まともに働くなんて不可能なんだ。
「……ん?」
ふと、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。いや、訂正しよう。焦げ臭い匂いだ。どこかで何かが燃えている、オレに分かるのはそれくらいだ。けれど、ワーキャーワーキャーと叫ぶ周囲の慌てようからするに、それなりの規模のものだろう。オレの足は、無意識のうちにその熱の方へと向いていた。
「……あ! アトロス!」
「おぉ、ヘリエスか!」
人混みの中、声が届いたのは幼馴染のような存在であるヘリエス・クリストラのものだった。彼女の声は麗しく、そして香りも良い。間違いなく美人だろう。こればかりは眼がないのが悔やまれる。
「そっちはダメだよ。今協会が燃えててね、水系の魔眼の人達が消火に……」
「よし、オレも手伝おう!」
「手伝うって何を!? ちょっ、ねぇ!」
私を案じるような可愛い声。あぁ、なんて美しいのだろう。そんな声で呼ばれては、オレも止まらずには要らない……いや、止まらないけどね。協会が火事、それはあってはならない。オレもできることを、やりたい。やらなければ。
「神父の爺さん。何事だ!」
「あ、アトロス!? 何しに来たんだ! 危ないから離れろ!」
オレを止めようとする神父様の声を他所に、オレは耳を外側に向ける。水の射出する音、火を吸い込む音。ただそれ以上に火が盛っているのだろう。今日に限って有力な魔法師達がいないらしい。
「よぉし! オレも手伝うぞ! すぅ〜〜」
「おい、アトロス! 危ないと……」
例えばこんな世界に眼を持たない存在がいたら? 生まれた瞬間から眼が潰れ、眼帯で視界を包まれていたとしたら? そんなこと、オレには関係ない。魔眼がない? 上等だ。そんなもの不要。
そう! 筋肉だ! 筋肉が全てを解決する! 水を凍らせたいなら? 無理矢理凍らせればいいではないか。植物を生やしたいなら? 無理矢理生やせばいいではないか。火を生み出したいなら、消したいなら? 筋肉があれば何でもできる!
「ふぅッ!」
「……は?」
口から吐き出されたのは嵐のごとく吹き荒れる風。大気そのものを押し出し、一瞬の真空が協会を包んだ。瞬く間の出来事、火事はまるで無かったかのように鎮まった。
「な、何をしたんだ……?」
「深呼吸ってヤツだよ」
オレの身体は筋肉でできている。そして筋肉は、筋肉でできている。本来であれば肥大し、三メートルをも超えるであろう筋肉量。その無駄を限界まで絞り、体格は小柄、いわゆる細マッチョ。だがしかし! それはつまり濃縮還元型の肉体! オレの体脂肪率ならぬ体筋肉率は驚異の三〇〇パーセントにも及ぶのさ!
完成された筋肉に不可能などない! むしろ不可能そのものが筋肉! 魔法論理など全ては脂肪よ。時代は、いや、真理は筋肉だ!
「アトロス〜! ……よかった、火事は収まったのね」
「ごめんね。心配かけたかな」
しかしオレは隠れ筋肉。ヘリエスには詳細は語らないクールダンディなのさ。




