婚約破棄した元婚約者と夜会で再会しましたが、今はダンスが楽しくてそれどころではありません
約束の時間、いつものカフェに行く。
そこには死にそうな顔をした男が座っていた。
婚約者である。
嫌な予感しかしない。
彼の向かいに座り、いつもの紅茶とケーキを頼む。
その間も、いや、とかううん、とか、もだもだして進まない男を前に、私は聞いた。
「……口数が少ないですけど、体調でも悪いのですか?」
「いや……」
ずっとキョロキョロとしていた彼は、意を決したように、口を開いた。
「僕との婚約を、無かったことにして欲しい」
唖然、である。
私は十六、彼は十八。
結婚秒読みのこのタイミングで、婚約破棄?
「何故か、聞いても?」
「メアリーに会って、僕の人生は変わったんだ」
さっきまでとは別人のように、生き生きと語り出した彼の話を要約する。
最近会った女性がめちゃくちゃ積極的で、好きになっちゃったので、別れたい。ごめんね!
こんな事で私の人生も変わるのか……
まともな人間だと思ってたのに、ここで裏切られるとは。
「あなたが考えて、決めたのですね?」
最終確認。
我が家との繋がりも、弱くなることを分かっての決断よね?
「ああ、すまない……」
ふぅ、と息を吐いて鼓動を落ち着ける。
おそらく、この男に否定は通じない。
それなら。
「分かりました、その婚約破棄、了承致します」
「……ありがとう」
顔に血色の戻った男が、申し訳なさそうに微笑んだ。
すぐに席を立ち、帰路に着く。
人生設計のし直しだ。
ノックもそこそこに、執務室の扉を開ける。
「婚約破棄されました」
端的に伝えると、注意をしようとしていた父の顔がポカンとする。
こんな父の顔は、初めて見る。
「冬には結婚という話だっただろう?」
「ええ。でも好きな人がいるから、私とは結婚出来ないって」
「そうか……」
父は額を押さえた。
「あいつは馬鹿なのか?」
「阿呆だと思います」
父はしばらく黙りこんだ後、大きく息を吐いた。
「分かった。なら次を探せ」
「はい」
そう来るだろうと思っていた。
まあ、落ち込んでばかりもいられない。
帰宅する前に、仕立て屋に寄ってて良かった。
数日後。
私は夜会に出席していた。
結婚相手探しということで、いつもより派手めなドレスを纏う。
手近なグラスを一つ取り、軽く口をつけた。
婚約破棄の話は、すでに広まっているみたいだ。
「一曲いかがですか?」
……久しぶりのダンス、楽しめるかしら。
「えぇ、お願いします」
数打ちゃ当たる。
とりあえず、この人との時間を楽しんでみよう。
結果。
めちゃくちゃ楽しかった。
大きな手が私を支えてくれて、今までとは全然安定感が違う。
早めのリズムに身を任せると、世界がくるくると回る。
気持ちが高揚した。
……ダンスって、こんなに楽しかったのね。
ありがとう、と男性と別れた後。
休憩用のテーブルでは、久しぶりの令嬢たちと話が弾んだ。
夜会とは、想像以上に楽しい場所だったらしい。
その日だけでは終わらなかった。
何人もの人と踊り、気づけばすっかりダンスが好きになっていた。
それから私は、いくつもの夜会に顔を出すようになった。
そして、ある夜会で。
懐かしい顔を見かけた。
恋人がいるはずの彼が、何故一人で?
そこまで考えて、まあ関係ない事だと思考を放棄する。
今夜もめいっぱい、ダンスを楽しもう!
最近知り合った人、初めて会う人。
とにかく踊って、踊って。
疲れた私は、人の輪から少し離れた。
黄色に輝くシャンパンで、喉を潤す。
「久しぶりだね」
声をかけられて、私は振り返る。
……ああ。
婚約者だった人だ。
「まあ、お久しぶり」
とりあえず笑っておく。
何故か安心したように、彼は私の隣に並んだ。
楽しげに踊る人を見ているのも、楽しい。
音楽が止まり、お辞儀をする人たちに拍手を送る。
「メアリーとは、別れたんだ」
「そうなのですね」
本当の恋だと言っていたのに、別れてしまったのね。
「幸せになって頂きたかったですのに……」
可哀想に。
世の中、思うようにはいかないものね。
「夜会にいらしているということは……僕にもまだ可能性はあるのかな?」
シャンパンを口に運ぼうとした手が、止まる。
「え?」
阿呆だと思っていたけど。
ここまでとは。
自信ありげにこちらを見つめる男。
なんでそんなに確信を込めた目線を寄越すのか。
思わず、笑いが零れた。
「あなたって、本当に私のことを知らないのね」
だって、私。
今すごく楽しいの。
そう言いかけた時だった。
「レディ」
聞き覚えのある低い声が、私へ手を差し出す。
「ダンスを申し込んでもよろしいでしょうか?」
踊ることの楽しさを最初に教えてくれた人。
最近は会う度にダンスに誘ってくれる人が、いたずらな笑みを浮かべていた。
「ええ、もちろんですわ」
背の高い彼の手を取り、ダンスホールへ進む。
今夜も、とっても楽しめそうだわ。




