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死んだ幼馴染と同じ顔をしている(蓋魔の瓶夫:③第三原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ
二章:山羊の教典

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第18話 “離脱現象”

 二人が姥捨照小学校の騒ぎに駆け付けたとき、グラウンドは複数の樹木に満たされており、そこにハルの姿はなかった。

 小学生たちが、ちらほら樹木で首を吊っている。

 間違いなく、ハルの仕業だろう。チユはそう確信した。


「また集団自殺ですか」


 ビョークは困惑した。


「だから違うって」


 ビョークの物分かりの悪さに腹が立つ。

 畳通りで説明すれば良かったのだが、あのときはハルに遮られてしまった。


「あれはハルが樹木を生やしたの。それで通行人を蔓で巻き取って、樹木に吊るしたの。何度言えばわかるの」

「生やしたっていうのは、大通りにあるあの樹のことを言ってるんですか?」

「そう、あのデカい樹のこと」

「いつですか?」

「さっきよ」

「さっき? いやいや、それはおかしいですよ。だってあの樹は随分前からあそこにあったじゃないですか」

「え?」


 チユは苛立ち混じりに吹きだしてしまった。


「そんなわけ……道路のど真ん中に、あんな大きな樹が生えてるわけないでしょ? 少しは真面目に喋ってよ。じゃあ、どうやってこれまで馬車は通行してたのよ。道路のほとんどを塞いじゃってたでしょ?」


 ビョークから返事がなかった。


「ビョーク?」


 チユは苦笑い混じりに、ビョークの顔を覗き見た。

 ビョークが嘔吐した。突然だった。涎を垂らすみたいにゲロを吐いた。


 吐き終わったあとのビョークは、気分が悪そうでもなく、無表情だった。

 しばらく肩で息をした。


「大丈夫?」


 チユは、流石に何かおかしいと思った。


「そうです、よね……あんなところに大木が生えてるわけないんだ」


 呼吸が落ち着いたころ、彼は言った。


「大丈夫? 走り過ぎた?」

「……彼を探しましょう。走りながら、説明します」


 ビョークは口元をハンカチで拭った。


 小学校を出て、姥捨照村を捜索した。

 ハルは畳通りから西へ向かったのかもしれないと、ビョークは畳通りでチユに言った。小学校の惨状が彼の予測が正しいことを示していた。間違いない、ハルはこの村のどこかにいる。


 小学校の北にある団地や公園の傍を通り、二人は住宅街を走り周った。見つからず、また小学校の前まで戻ってくると、そのまま南へ向かった。

 結局アパートの前まで戻ってきてしまった。


「浮遊島で、あの男が言った言葉を覚えてますか?」


 ようやく話す気になったのか、ビョークが口を開いた。


「あの男?」

「島酔いです」

「ああ、うん。覚えてるけど」

「そんな感じです」


 すぐには理解できなかった。ややあって、チユは言葉をのみこんだ。


「催眠?」

「はい。どうやら僕は、教典の催眠にかかっていたようです」

「教典の催眠って、“島酔い”みたいなのが教典にもあるの?」

「“島酔い”とは呼びませんけどね。体験するのは僕も初めてです。今の今まで気づきませんでした。あの樹は、あの山羊が生やしたものだったんですね」


 嘔吐は離脱現象のようなものだとビョークは説明した。


「首吊り自殺も、通行人からしたわけでなく、あの山羊が吊るした」

「そう」

「それを僕は通行人がしたかのように思っていた。なるほど、そういうことですか。おそらく、僕とチユさん以外の人は全員そう思っているはずですよ」

「全員?」

「正確な規模はわかりません。あまりデータがないんです」

「でもビョーク、ハルの種飛ばしを巨大包丁で弾いたよね?」

「種飛ばし?……ああ、あれ、種を飛ばしてたんですか。……そうですね。あれは理解できました。それから、僕が最初から生えていたと誤認していたのは、人が吊るされていた樹だけです。もう一本の樹は違います。あれはあそこになかったものだと理解できていました」


 おそらく女性の口内から生えた蔓が成長した樹のことだろう、とチユは理解した。


「小学校の樹木(やつ)は?」

「あれも誤解してました。そうですよね、あれもあの山羊が生やしたんですよね。それから、店長の焼き肉屋で首を吊っていた人たちもでしょ?」

「ああ、そっか。あれもそうだ」


 とんでもないことになった、とビョークはやつれた声で言った。


「ハルタさんが知ったらどう思うでしょう。まさか教典を、自分を自称する変な山羊に悪用されるなんて、思いもしなっ……」


 ビョークの声が不自然に途切れた。

 彼はどこか一点を見つめていた。

 視線の先を追うと、それはアパートの向かいにある分譲住宅──その一つの屋根を突き破って生えた樹木だった。


「確か、一家心中でしたっけ?……四人家族だったかが、首を吊ったんでしたよね」


 ビョークの見開いた瞳が揺らいでいるのが見えた。


「ですよね、チユさん」


 彼は振り向いて訊いた。そのときにはチユも理解していた。


「あの樹、いつからあそこに生えてるんでしたっけ?」


 考えてみればおかしな話だ。分譲住宅の、それもその中の一つにだけ屋根を突き破って生える樹木がある。

 それは畳通りで首吊りを使われたハルの樹木と同じだった。


「チユさんがこのアパートに住んだのは、ハルタさんがいなくなったあとだから……」

「違う」

「え」

「あの樹は、ハルが生きてたときからあるんだよ。ほら、初めてハルとビョークに、ヘルデ狩りに連れて行ってもらったときあったでしょ。蓋ノ騎士に追いかけられたとき」

「ああ、あの日ですか」

「そうじゃなくて、あの日以降ってこと」

「どういうことですか?」

「あの日以降からハルがいなくなるまでの一カ月間だよ」


 チユは昔のことながら正確に覚えていた。初めてハルのアパートに招かれたときには、まだこの樹木は生えていなかった。


「中学で火災が起きた、その前ということですか」

「うん。だと思う」

「いえ、この際いつだっていいんですよ、もう……。それが本当の話だとして、何を意味するのかわかってますか?」


 ビョークは落ち窪んだ目で言った。


「初めからそういう教典だったということです」

「それって……」


 ビョークは頷いた。


「生前のハルタさんが、すでに悪魔だったというだけのことです」

「だけのことって……」

「気づくべきでした。あの日記を見たときに……赤い文字を使っていたことにもっと違和感を抱くべきでした。ときどきハルタさんの手に赤黒いインクのような跡がついていたことにも気づいていました」

「ハルは、あの教典で何をしようとしたの?」

「わかりません。ただ確かなのは、ハルタさんがこの家の住人を自殺に見せかけて殺したということです。実験台(モルモット)でしょうか? 発明したら試したくなりますからね。もしくは恨みがあったとか?」

「自殺に見せかけて殺すなんて、なんだか姥捨照(ばすてる)の習わしみたい」

「ああ、確かにそうですね……なるほど。それを表現したかったのか」


 ビョークの声色と横顔が沈んでゆくようだった。


「ビョーク、あれ」


 視界の端に、上空で浮遊する飛び石の数々があった。チユは、そのひとつを指差した。

 飛び石を渡るハルの姿を見つけた。

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