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ガルムは満面の笑みを浮かべながら格納庫へと走った。
格納庫につくと目をキラキラとさせた。
目の前には金と白色の機体があった。
機体の隣に立っているアウローラはガルムを見つめた。
「今日からこれは貴方の機体よ。機体名は『月読』よ。あなたは昨日の戦闘で良い結果を残せていたから、ネフェルナイト総督からのプレゼントよ」
ガルムは機体をまじまじと見つめる。
「はあ?『月読』だ?俺には似合わねえ名前だな。もっとかっこいい名前あるだろうが」
キラキラ光る金の機体からは『月読』という名前は全く想像がつかないものだった。
アウローラがため息をついた。
「この機体はふたつでひとつの機体なの。片方が『月読』、その片方が『天照』。合体すればものすごい威力を出せるって開発者が言ってたわ」
「はあ?まさか赤髪バカと双子の機体かよ。気色わりぃ」
ガルムはそういいながらも『月読』を笑って見つめていた。
その様子にアウローラは安心したように微笑んだ。
「機体に乗ってまだ一週間も経ってないのに、ルーキーからフライトパイロットになるなんて、貴方には才能があるのね」
「当然だろ。俺はすげえんだよ。オブリヴィオガードの時だって一番人間を殺してたからな」
ガルムはどやっと笑った。
アウローラは不思議そうに目を細めた。
「でも、一番人を殺したオブリヴィオガードは数人死刑されていたよね?なのに、どうして貴方は生きてるの?」
「そんなもん知るかよ。でも、俺は毎日学校に行かず、人殺しの日々だったぜ。絶対に俺が一番人を殺してる」
ガルムは機体を撫でた。
アウローラはため息をつく。
「もしかしたら、オブリヴィオが貴方を救ったのかもね」
「殿様がか?」
アウローラが頷く。ガルムは「ないない」と首を振った。
「あいつはなあ、俺が嫌いだったんだよ。俺もあいつが大嫌いだった。あいつがいなくなってせいせいするぜ」
「そう」
「でもあいつには感謝してるぜ。俺はこの機体に乗って、また人を殺せる。強くなれる。俺はヴァレンを超えて一番になる」
「なれるかしら。あの子結構強いよ」
アウローラがくすっと笑うとガルムはギラっと笑った。
☆★……………………………………★☆
ヴァレンが廊下を歩いていると、後ろから柊の声がして振り返った。
「ヴァレンさん!」
柊は照れくさそうに頭をかいた。
「じ、実は昨日の出撃で五体も撃ち落とせたんです。だから、フライトパイロット試験を受けようと思ってて」
ヴァレンは無表情のまま頷いた。
「そうか、挑戦してみれば良い」
「はい!そういえば、最近入ってきたガルムさんって人は試験なしでフライトパイロットになったって噂で、昨日の出撃で五十体も倒したそうです。凄いですよね」
「ああ、すごい。あの子は確実にソルブレイブ軍の隊長になるだろう」
「俺も頑張らないと」
ふんっと気合いをいれる柊をヴァレンは見つめた。
「お前は空を飛ぶことが好きか?」
ヴァレンの質問に柊はうつむいた。
「正直、好きじゃないんです…」
「なら、どうしてエースパイロットになりたいんだ」
柊はうつむいたまま黙った。
「言え」
柊は震えながらも口を開いた。
「……エースパイロットになったら給料が高くなって、親に仕送りする金額が増えるからです」
ヴァレンは柊を睨んで首を振った。
「理解できんな」
ヴァレンは柊に背を向け歩き出した。
ヴァレンの目の前にはインファームが立っていた。
「ヴァレン様!」
インファームはヴァレンのところまで走ってヴァレンを見上げた。
ヴァレンは今にも泣きそうな顔でうつむき、インファームの肩に顔をうずくませた。
「嫌だ……気分が悪い……」
インファームは「大丈夫です」とヴァレンに言い聞かせる。ヴァレンの身体は小刻みに震えていた。
インファームは目の前の柊を睨みつける。
柊は驚いて去っていった。
「あの人は誰ですか?」
「……柊」
「排除しますか?」
「……友達になれると思ったのに」
ヴァレンはインファームの肩のなかでぐずぐずと泣いていた。
「…空が好きじゃないって」
「論外ですね。あんなやつのことなんて気にしなくていいんですよ」
「……私は、空が嫌いな奴が信じられない。嫌いなら、飛ばなければいいのに」
「ヴァレン様…」
インファームは目を細めた。ヴァレンはインファームから離れてインファームの手を握った。
「……意味が分からない。やっぱり、男の人は怖い」
「ヴァレン様。少し休みますか?それか、モルティスのところへ行きますか?」
「……モルティス」
「分かりました」
インファームはうつむくヴァレンの手を引いて改造室へと向かった。
改造室に着くとインファームはヴァレンにえしゃくして去っていった。
モルティスは椅子に座って作業をしていてこっちに気づいていない様子だった。
ヴァレンはモルティスの隣に立ってモルティスの髪を優しく引っ張った。
モルティスはヴァレンに気づき、微笑んだ。
「おや、来ていたのかい」
ヴァレンはその場にしゃがみこんで顔を足に埋めた。
モルティスは気にしない様子で作業を続けた。それがヴァレンには寂しくて、心が空っぽになる音がした。
「また泣いていたのかい?君は人を困らせることばかりするねえ。もう少し、自分がエースパイロットである自覚を持った方がいいよ」
モルティスは呆れるように言った。それからは沈黙で、機械をいじるカチカチという不快な音が改造室に響いた。ヴァレンはその音が耳障りで気持ち悪くなった。
「……嫌だ」
ヴァレンの声は小さく震えていた。
モルティスは面倒くさそうに横目でヴァレンを見てから、すぐに目を逸らして作業を続けた。
「君は本当に言うことを聞かないね。何か嫌なことでもあったのかい?」
「…空を飛ぶことは、自由になること。私は自由になるために空を飛んでる………」
「知ってるよ。それで?」
「……なんで、みんな空を飛ぶことが嫌いなんだ。金目当てだったりするんだ。あんなにも美しい空なのに、なぜ皆否定するんだ……」
「そうだねえ。君は自分と違う考えの人間がいると、その考えを完全否定する癖がある。君は非常に性格が悪いんだ」
「違う。……私はただ、空が好きなだけなんだ」
モルティスは椅子から立ち上がってヴァレンに視線を合わせる様にしゃがみ込んだ。
モルティスは何も感じさせない瞳でヴァレンを見つめている。だが、微かに瞳孔の中の光が揺れているように思えた。ヴァレンは顔を上げる。目を光らせ、救いを求めるようにモルティスを見つめた。
改造室の金属の嫌な匂いが鼻をツンと刺激する。それと同時に頬に温かい感覚が触れた。その瞬間、自分の身体の温度が戻ってくるようだった。モルティスの手がヴァレンの頬に触れた。
「君はあの子が死んでから、ずっとずーと壊れてるんだ」
モルティスは撫でるようにヴァレンに触れた。ヴァレンはそれに答えるように目を伏せた。
「壊れてない。あの子の分も私が空を飛ぶ」
ヴァレンの頭の中にはあの子の不敵な笑みが浮かんでいた。薄水色の長い髪、黄金に光る美しい瞳、痩せ細った長い足。
全てが宝物だったんだ。
彼女はいつも硝子玉みたいに光ってた。憧れだった。
ずっと、そばにいて欲しかった。でも、それはもう叶わないんだ。
いいんだよ。インフィニア。君が欲しかったであろう自由を、私が手に入れる。恐れることはない。自由はとても心地よいものだよ。
ヴァレンは感覚を確かめるように自分の頬に置かれたモルティスの手に自分の手を重ねた。
モルティスの手は金属のように冷たかった。その感覚は生きた人間を感じさせない。
モルティスは目を細めた。
「あの子のことが、大切なのかい?」
モルティスの瞳は揺れていた。それはどこか自分の感情を隠すように壁を張っているように思えた。
「そうだ。私はあの子のことが…」
ヴァレンが言い終える前にモルティスはポケットから赤い液体を取り出し、ヴァレンの口に入れ込んだ。その行為は一瞬だった。ヴァレンは反抗しようとモルティスの腕を掴もうとするが、その腕が左腕であったことに気づく。ヴァレンは驚きと焦りで涙が出てきた。
ヴァレンは液体を飲み終えると、ぐったりした様子でモルティスにもたれかかった。
「おやおや、もう薬が効いたのかい?意外とはやいものだね」
ヴァレンはもがき苦しんだ。視界がぐらぐらしてモルティスが歪んで見える。息が出来ず、細かく息を漏らす。その時、口から血がボタボタと零れ落ちた。ヴァレンはだんだん顔が青ざめていく。
「…なにを……した………」
「君から命を奪う薬だよ。でも今死ぬことはないさ、時間をかけて苦しんで死ぬんだ」
ヴァレンは完全に力が抜けてモルティスにもたれかかった。モルティスは不敵に笑ってヴァレンのパイロットスーツを丁寧に脱がす。
「楽にするよ」
その手つきは、まるで人形を扱うようだった。細く白い指がヴァレンの身体の隅々に触れる。その度にヴァレンの身体は敏感に震えた。パイロットスーツを脱いだ下着姿のヴァレンは痛々しいほど女の子だった。細い胴体に白い肌、綺麗な胸の谷間だった。
モルティスはヴァレンの軽々しく持ち上げ、改造台に乗せた。ヴァレンは苦しそうに「はぁ」と息を吐く。
モルティスの手には注射とメスが握られている。嫌な予感がしても、身体に力が入らず逃げることが出来ない。
モルティスはにこっと気持ち悪く笑う。
「大丈夫さ。麻酔は打つ、痛くはしないよ」
そう言ってモルティスの腕が伸びてきた。それと同時にヴァレンは目を伏せた。
まるで死んだかのような夜だった。痛い、苦しい、誰か助けて。そう思っても誰も助けには来ない。でも、目の前で楽しそうに私をいじるモルティスは何故だか恨めなかった。彼女は狂ったようにメスを左手で動かしている。その姿を私は見ることしかできない。この身体に一体何をしているのだろう。私は死ぬのだろうか。怖い。怖いけれど、モルティスだけは信じたかった。だって、お前もひとりだった。初めて会った時は怖かったけど、お前は私と同じだった。
モルティスから香る匂いはどこか儚げな花の匂いだった。それと、血の匂いもする。
怖い。とっても怖い。
でも、いいんだ。モルティス。お前が私を殺しても、私はお前を殺さない。だって、私はお前を愛しているから。
お前も、そうなんだろう?言ってくれよ。愛してるって、なんでも言葉にして欲しい。ねえ、ねえ――――
視界がだんだん暗くなる。ヴァレンの息は止まり、感情さえ消えていった。瞳の色がなくなり、魂が抜けていくような感覚だった。
―――ずっと、ずーと、愛してる。
言えなかったよ。ずっと。言ったら、きっと君に嫌われる。ねえ、ヴァレン。君がいなくなるって、いつか死ぬって考えたら、正気でいられなかった。君も私がいなくなったら辛いだろう?だから、もう終わらせようか。
なんにも感じない。ただ、空の上をひとりで歩いているようだ。
私は、飛べるだろうか。
これから先もずっと、飛べるだろうか。
自由を手に入れたかった。ずっと。もちろん隣にモルティスがいて、ふたりで自由を手に入れるんだ。
モルティス、ごめんね。嘘ついて。
本当は、自由でもなんでもなくて。ただ、死んだあの子が戻ってきて欲しいだけなんだ。
戻ってきたら、また戦おう。私はおびえて殺せないだろうけど、あの子なら殺してくれるよね。
なんで、あの子が死んでしまったんだろうか。ずっと、待ってるよ。
君が一番に考えているのは私じゃなくてあの子。私が隣にいて欲しいと、君は言っていたけど、全部嘘だったんだね。
知ってたけどね、とっても悲しかったよ。
君と、ふたりだけの世界がよかったよ。誰も邪魔しない世界。
ヴァレン。ごめんね。
いいんだ。どうせ、もう空は飛べないよ。怖いんだ。自由な空が、本当は何よりも怖かったんだ。
そうだねえ。私も怖かったよ。空が、怖かったんだよ。
私もモルティスも、ずっと嘘をついていたんだな。
ふふっ、これから私も君もひとりだ。
またひとりになるのか。
ひとりは寂しいかい?
ああ、寂しい。モルティスは?
寂しいよ。
私たちは救われないまま終わるんだ。ガードだった時から、ずっとずっと、間違えていたんだ。
後悔だらけだったよ。
ああ。
最後に君に言いたいことがあるんだ。
なんだ?
ふふ、恥ずかしくてずっと言えなかったよ。
…………。
愛してたよ。
そうか。………私も、愛してた。
嘘じゃないかい?
ああ、嘘じゃない。大好きだった。
ごめんねえ。君を………こんな…………。
………いいんだよ。
こんなにも………君を………愛していたのに………。
大丈夫だ。………ねえ、もう一度、キスがしたい。
出来ないさ。君は………もう…………。
……………。
何か、言っておくれよ。
……………。
ねえ。………自分でやったことなのに、いまさら私は。
……………モルティス。
ヴァレン………………。
……これからもずっと一緒だ。近くにいなくても、赤い糸で繋がってる。
………そうかな。
………そうだよ。……ねえ、ありがとう。モルティス。
なんで………?
やっと、楽になれる……
………………………
………………………
………………………。
ここで第二章、断光の空は終わりです。
読んでくださった人達、ありがとうございました。
第三章も楽しみにしていてください!!!!