1
人間なんて大嫌いだ。
平凡な中学生のみことはいつもそう思っていた。喋ることになれていないみことはずっとひとりぼっちだった。
でも中学2年生のクラス替え、みことはなんとかクラスに馴染もうと偽の自分を演じていた。
笑って、普段は言わないようなことを真似して言ってみる。これが本当の自分じゃないことをわかっていながら、嫌われないために本当の自分を心の中に閉じ込めた。
みことは暗闇の中、そっと口を開いた。
「馬鹿みたい」
開いた扉から冷たい風が入り込んで、みことの短いショートカットを揺らした。
ほんとはロングヘアに憧れてた。でも、学校での私は元気なテニスバカだから、部活に本気なフリしてショートカットにした。
みことは自分の髪を撫でるように触る。
もっと、自分に正直に生きられたら―――。
夜空には大きな満月。その月はいつも以上に輝いているように感じた。
みことが月をぼーっと眺めると、なにやら月の表面がぱこっと割れ、中には光る宮殿が見えた。
みことは目を疑い、目をこすってもう一度月を見上げる。だが、やはり月の表面は割れ宮殿がみえた。
みことはなぜか、その宮殿に手を伸ばす。
今なら私、消えていい…。
みことは月を望んだ。手を伸ばしても届かないはずの宮殿が気づけば目の前にあった。
宮殿の目の前には桃色の着物を着て長い髪を風に揺らしている女性が立っていた。女性はみことを見て微笑み、手を伸ばした。
女性の天女のような微笑みをみてみことは迷わなかった。みことは震える腕を伸ばし、女性の手を必死に掴もうとした。
でもその手は届かない。
みことは気付かぬうちに意識をおとした。
☾☆*。──────────────☆*。☾
みことが目を覚ますと、さっきの女性がそこし離れたところに座っていた。その後ろにはひとりの少女がこちらを警戒するように見ている。
みことは体を起こし、尋ねる。
「ここはどこ」
さっきの天女のような女性は微笑んだ。
「今日からここが貴方の居場所です。ここなら貴方は自由でいていい」
みことは女性を静かに睨む。
「貴方はだれですか」
「私は、朝日と申します。もう人間ではありません」
みことは意味のわからないことをいう女性に呆れた。女性はみことをみてまた微笑んだ。
「私は平和をもたらす生贄です」
「生贄?」
「はい。私は何百年か前に生きていた江戸の姫なのです。気づけば私は人間ではなく幸せの生贄になっていました」
「言っていることが分からない」
「そうでしょう。ですが、貴方は私を守る役目があります」
「なんで?私がなんで貴方を守らないといけないの?」
朝日姫の後ろに立っていたピンクのツインテールの不機嫌そうな女はみことを見てちっと舌打ちした。
「姫様、こんなやつルミナリーガードにさせるべきではありませんよ。生意気そうですし」
「そんなことないわ。貴方だって最初は生意気だったわよ」
「ゲゲ、そうだったんですか…」
「そうだわ。紹介します。この子は私を守ってくれるガードのひとり、ルミナリー・エクラです。」
エクラはみことを睨むように見てえしゃくした。
「どうも。私は姫様を守るガードのひとりで、あんたの先輩。簡単にルミナリーガードのことを説明するわね。姫様を狙う何者かの人物とその家来たちがいるの。その人たちは平和を望まず世界を歪ませることを考えている。その人たちから姫様を守るのが私たちルミナリーガードの役目よ」
みことは慌てて口を開いた。
「なんで私がこの人を守らないといけないんですか?」
「それは、姫様が幸せの生贄だからよ。姫様が死ねばこの世界の平和が終わる。貴方の友達も家族も大切な人が死ぬことになるかもしれない」
エクラは言葉を続けた。
「政治だって、誰かが動かなければどんどんダメになる。それと一緒で平和は誰かが守り行動しないとつくれないわ」
「じゃあなんで私なの?」
「姫様は、いつも寂しい心の持ち主に手を差し伸べる。貴方もそのひとりなの。だから、ガードという形で貴方に役目と居場所を与えようとしてる」
みことは黙った。エクラはそんなみことをみて笑った。
「貴方自分に価値がないとか、居場所とか、自分がないとか思ってんじゃないの?ルミナリーガードになれば幸せを守る重要な役目につける。自分の価値は自分で見いだしていかなくちゃ♪」
☾☆*。──────────────☆*。☾
みことは生贄のガードになって1ヶ月が経った。週に一度、空の上の宮殿でルミナリーガードたちが集まって集会をする。
ルミナリーガードになってから変わったことは、戦闘態勢に入ると、成人女性並みに体が成長して髪が伸びた。そして右腕に大きな機械がついてその機械から鋭い針が出てきた。
物騒だなと思ったが、中学二年生の体で武器無しで敵に飛び込めば簡単に殺されてしまうことぐらいはわかる。
ルミナリーガードは15人いる。それぞれ年齢も性格もバラバラだ。
あとは、変わった奴がいた。クラスであまり関わったことのない子がルミナリーガードのひとりだった。
いまではその子とは学校でいつも一緒にいる。朝日姫がここが居場所だと言っていたが、本当なのかもしれない。
なぜだか宮殿は居心地がよかった。他のルミナリーガードとはあまり喋らなくていいし、楽だった。
☾☆*。──────────────☆*。☾
宮殿の長い橋を歩いていた。足元はなぜか光っていて赤い柱が和風だ。
みことは不思議に思う。
なぜあの時私はルミナリーガードになることを望んだのだろうか。ルミナリーガードにならなければ普通の日々が送れて、痛い思いをしないですんだのに。
みことは橋にもたれかかって夜空を見る。星がひとつもない空。私はとても不安に思った。
月に手を伸ばしても届かなかったはずなのに、今は届いてる。全部が夢だと思った。夢であって欲しい。私は普通の女子中学生でいなければいけないから。
みことは橋の奥から足音が聞こえるのに気づいた。ドタドタとこっちに向かってくる。みことは視線を足音の方に向けた。
「ヴァレン!ここにいたの〜?」
明るい声でみことに抱きついてのはルミナリー・フェリス。同じクラスの子と言っていた子だ。長くて明るい髪を下ろしてひとつの部分だけまとめている。
「ヴァレンはすぐいなくなるんだから」
フェリスは呆れたように頭を振った。
そうだ。私の名前はヴァレン。ルミナリー・ヴァレンだ。
みことはフェリスの言葉を無視して空を見上げる。
「そんなに見上げても星は見えないわよ。私たちは星よりもっと高いところにいるんだから!」
「星より高いところ?」
「そうよ!私たちがいる場所は月の宮殿。時間を感じないゆっくりした場所よ」
「私はここにいていいの?」
「あったりまえよ!ずっとここにいたらいいわ!」
フェリスはみことを見つめて笑った。
☾☆*。──────────────☆*。☾
ずっと宮殿にいることなんて許されない。
みことは朝早く起きて朝食をとった。母がみことに心配そうに声をかける。
「最近、ますます食べないようになったわね」
みことの前に置いてある朝食の食べ掛けをみて母はみことを心配した。
「食べなきゃ、テニスできないでしょ」
母は心配そうにみことの背をさすった。みことは無表情で頷いた。
母にはルミナリーガードになったことを言っていない。言っても信じて貰えないと思った。
ルミナリーガードは任務が来れば持っているルミナリーティントというものから音が鳴る。授業中には来たことがないが、放課後や部活中にはよくくる。だから最近は部活を休んでいる。でもそんなことをいったら母は怒るだろう。母にはなるべく心配をかけたくない。
「ちゃんと部活には行ってるの?友達とは仲良くやってる?」
「…行ってるよ!良い友達ばっかりだ」
そういってみことは笑ってみせた。
母は安心するように肩をなでおろす。
こうやって嘘をつけばつくだけ自分のことが嫌いになることを分かっていながら、みことは嘘をつく。
……めんどくさ。
☾☆*。──────────────☆*。☾
今日の任務は敵の殲滅だった。敵はみんなみことたちのように成人女性並みの見た目で右腕に機械をつけていた。もしかしたら、私たちのように戦闘態勢に入ると体が成長して普段はただの学生なのかもしれないとみことは思った。
そう考えると右腕が思うように動かなくなる。
これまでに数回任務に参加したことはあるが、ベテランのガードたちが片付けて、自分は何もしないことが多かった。だから、周りにルミナリーガードが誰もいないことで不安になった。
息も途切れ途切れになり、視界が歪む。
みことは自分の右腕を見る。金属が何枚もつけられ先端からは針が出ている。動かそうとしても怖くて動かすことができない。
すでに敵は十人ほど前にいる。ひとりの敵がみことを殺そうと飛びかかってきた。みことは反射的に右腕を敵に振りかざした。
―――メキッ…
気持ち悪い音にみことは絶望するしかなかった。
…私、人を殺した。
それに続いて襲いかかってくる少女たち。みことは涙をこらえて右腕を振り続けるしかなかった。
……嫌だ。怖い。気持ち悪い。逃げたい。殺されたくない。殺したくない。
少女たちは道に血を流して倒れてゆく。
…罪を償わなくちゃ。
私は最後の敵に右腕を振りかざさなかった。ただ、刺されるのを待って目を閉じた。
しかし、一向に刺された感覚はやってこない。みことは恐る恐る目を開けると、目の前には長い灰色の髪をした少女がみことの代わりに敵をしとめていた。
……守ってくれたの?
みことは守ってくれた少女に手を伸ばす。少女の髪を掴んでそっと引いた。
少女はそんなみことをみて気味悪く笑う。そして少女は座り込むみことに目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「君、今とっても良い顔してるよ」
少女はそういってみことの頬にそっと手をおく。
みことは安心した。少女の着ている服がルミナリーガードの制服だったからだ。みことは声を出そうとするが、焦りと緊張で上手く声が出ない。
「こ…ろす……な…」
「ん?」
「なん、で…ころした…」
「そりゃあ殺すでしょ。敵なんだもん。君も殺したじゃん」
みことは少女の先にある死体をみて絶望した。この子たちをまってる家族、友人、大切な人がいると思うとみことは上手く息ができなくなった。
みことは少女を睨んだ。
「ころしちゃ、だめだ……みんな、私たちとおなじ、学生だったのかも、しれない………関係ない命を、奪っちゃいけないっ………」
「関係ない?関係あるでしょ。だってさっきの少女たちはみんな姫様を殺そうとしてるやつのガードだったんだから」
「でも……嫌だ。…人を殺したなんて……お母さんに、なんて言えば………」
少女は動けないみことをひょいっと持ち上げた。
「人殺しがなんでだめなの?教えて?」
少女は興味しんしんにみことの顔をのぞく。
「………分から、ない。でも、お前も人間なら、わかるだろ………」
「分かんないから聞いてるんだけど。君、そうやって周りに合わせてずっと生きてきたんじゃない?大人のいうことばっかり聞いて、そんな奴、ルミナリーガードに向いてないよ」
少女はだんだん表情が暗くなって、右腕を振り上げた。針がみことの顔に直撃しそうになる。みことは最後に声を振り絞って、小さな声で言った。
「そうやってしか、私は生きていられないから………」
みことはそっと涙を流した。少女はみことをの涙をみて右腕の針をみことの目に向けた。
「可哀想だなあ…」
少女はそういってみことの目から溢れる涙を針で拭った。
☾☆*。──────────────☆*。☾
みことは理科の時間、ペアワークで隣のクラスと実験をすることになった。ペアの人はいつも静かで何考えてるのか分からない橘りつという女の子だった。みことはフラスコを手に取ってりつに渡した。
「はい。これにその薬剤入れてくれる?私、水入れてくるから」
そう優しく笑った。りつはなぜか私をみて口の先を不敵につりあげた。
「やっぱり君なんだね」
りつの気持ち悪い笑みにみことは昨夜のことを思い出した。走馬灯のように頭をよぎる。少女の不敵な笑み。
目の前に立つりつは同じ表情をしていた。
みことは思わず1歩あとずさる。りつはみことの腕をぎゅっと力を込めて掴んだ。
みことの手に持っていたフラスコが地面に落ちて弾けて割れた。周りの学生はざわざわとみことを見る。
みことはすぐにフラスコを片付けようと手を伸ばそうとするが、りつは強い力で手を離してくれなかった。
「離してっ」
「離さない」
りつはみことの手を引いて先生のところに行った。
「みことさん、怪我しちゃったみたいなので保健室連れていきますね」
りつはそういって教室を出た。
保健室の中に入ると先生がいなかった。りつはみことの腕を離してベットに座った。
「私、どこも怪我なんかしてない。戻るね」
「待って」
りつの声に体が固まる。やっぱり昨夜の少女の声と一緒だ。りつは気持ち悪い笑みでみことを見つめた。
「君、ヴァレンだよね」
みことは黙った。そんなみことを見てりつは面白そうに笑う。
「ボク、ルミナリー・インフィニア。昨夜、君を助けたガードだよ」
みことは喋らない。
こいつが昨日のガードか。まさか隣のクラスの人だったなんて、こんな近くに人殺しがいたんだ。
「そうか。君はやっぱり可哀想な子だ。昨日の静かなヴァレンはどこに行った?教室では元気な真面目ちゃんキャラなんだ」
みことは静かにりつを睨んだ。
りつが本当に昨夜の少女だったら、聞きたいことがある。
みことはりつの前に立った。
「なんであの時、私を殺さなかった?」
りつは不思議そうに笑う。
「殺したらもったいないと思ったから」
「なぜだ」
「あの時の君の顔がもう一度見てみたいと思ったから。あの絶望に歪んだ顔、最高に綺麗だったよ」
りつはそう言うとみことの顔に手を伸ばそうとする。みことはりつの手を振り払った。
りつは不敵な笑みで笑う。
「他にも絶望している顔はたくさんいる」
「君じゃなきゃやだ」
りつはみことの腕を思いっきり掴んだ。みことは振りはらおうとするが力が強くて腕が抜けなかった。
「みんなボクが右腕を振りかざした時は命乞いをするのに、君はしなかった。逆に殺されることを望んでいるようだった。普通の人間はそこまでの覚悟は出来ないよ」
「離せっ」
「嫌だ」
りつはぐいっと掴んだみことの腕を引いて鼻と鼻がぶつかり合いそうなぐらいに顔を近づけた。
「君は死を望んでいるそうだけど、ボクは君を殺さない。誰かに殺されそうになっても、ボクが守るから」
みことは焦りと不安でひいひいと息を吐く。りつの顔を思いっきり睨んだ。
りつとみことはしばらく見つめあってチャイムが鳴った。
りつは掴んでいたみことの腕を名残惜しそうに離す。みことがりつから離れるとりつは目を伏せた。
「学校での君、面白いね。ガードに変身したときと全く違う」
りつは制服のポケットに手を突っ込み何かを取り出した。
「まるで硝子玉の中にいるみたいだ」
りつは取り出した青色の硝子玉を見つめた。