悲しき再会
常連客のひとりで現在は息子が引き継いでいる茂木写真館のもっちゃんがカウンターに近付いてきた。
「ママ最近怪しい男がこの界隈を彷徨いているって話し聞いてるかい」
「そうなの、はじめて聞いたわ」
「驚くなよ、その男はママの事を聞いて回ってるらしいんだ ママに思い当たるような伏はないか」
「いやだわもっちゃん、わたし何にも悪いことしていないわよ」
「そうじゃなくってよぉ今はやりのストーカーとかさ」
「最近私のあとをつけてきた人なんていないし、そんな気配は全くないわよ」
「ならいいけどさ、何かあったら俺たちに相談してくれよなママ」
「もっちゃんたら突然そんなこと言うから不安になってきちゃたわ」
「大丈夫と思うけどよ、なんでもないにしろママ用心に越したことはないよ」
「そうよね、ありがとうもっちゃん」
「悪かったね、怖がらせてしまって」
「大丈夫よ あっ待って
この珈琲はサービスよ」
「いつも悪いね 有りがたく頂くよ」
「ごゆっくりどうぞ」
志桜里には自分を尋ね聞く男に思い当たる付しなど皆無だった。
思えばここ何十年、接する男性はお店のお客様ばかりで男性との付き合いはご無沙汰だった。遠い昔に本気で愛した男性との別れ以来、志桜里は別れた男性以外の人に心を奪われることは一度たりとなかった。
あの人・・元気にしているのかしら 今も奥さん子供たちと幸せに暮らしているのかしら
志桜里の胸に別れた直後に味わった痛みが蘇っていた。
忘れたはずだったのに いいえ・・忘れる事なんて出来なかった あれからずっと思い出の中であの人は私と共に生き続けているんだもの
あの人と一緒になっていたらこんな孤独の寂しさも味わう事もなかった。
・・でもあの人と結ばれていたら奥さん子供からあの人を奪った罪悪感に苛まれ続け幸せを感じることすらなかったのではないだろうか。私は間違っていなかったと思いたい 悲しくて辛い決別の道を選択しあの人より人道に添った生き方を選んだ自分は正しかったのだと・・
志桜里は小さい頃から自分の事は二の次で誰かの重荷さえ背負ってしまうようなところがあった。そんな自分の世渡り上手とは言えない生き方を志桜里は充分わかっていた。それでも人道に逸れず頑張って生きていればいつか天からご褒美ギフトが届くだろうと信じていた。志桜里はそんな女性だった。
カランカランとドアが開き見慣れない男性が入ってきた。その男性を見たもっちゃんが慌てた様相でカウンターに駆けてきた。