悩み多き年頃11
凛子に婚約者がいることが分かったのは夏のボーナスが官庁で支給されたというニュースを耳にした頃だった。
「ママ見て」
凛子は左手を高く挙げてその手を蝶々のように揺らいで見せた。
「まぁ素敵な指輪ねえ」
「ステキでしょう、凛が選んだのよ」
「凛ちゃんのそのリングだけど左手の薬指ってことはもしかして」
「ママの想像通り凛結婚するの」
「結婚するって・・今まで凛ちゃんそんな素振りも話題もなんにも・・」
「ママ驚いている?」
「ええすごく驚いているわ これって凛ちゃんのイタズラとかドッキリじゃないわよね」
「いやだなぁママ、凛はそんなおバカじゃないわ」
凛子の話しを聞くと凛子の母親の実家が病院で凛の祖父である院長のお眼鏡にかなった跡取り候補の医師と凛子の結婚が既に決められていた 凛子は大学卒業の時に祖父からその話を聞いて承諾していたらしい。そもそもは兄妹のいないひとり娘だった凛子の母親は父と同じ医大を卒業後医師として大学病院で経験を積んでいずれは病院の後継者になるはずだったがある男性からの猛烈な求婚に天職と言っていた仕事を捨て家庭人になった。ちなみに凛子の母親を見初めた父親は厚労省の職員だった。
「凛ちゃんはおじいさんから話しを聞いてイヤだなとか微塵も思わなかったから決められた結婚をすんなり受け入れたってことね」
「ママ凛はね、おじいちゃんの事を聞いていれば間違えないってママに言われてずっとそうしてきたの 進学も就職も・・すべておじいちゃんの言うがままに。ママはおじいちゃんの期待を裏切ったから逆らえないの だからいつもおじいちゃんの言いなりだった」
「だから結婚の話しも凜ちゃんは疑問を挟む余地なく聞き入れたのね」
「いつも笑顔のママの顔強張ってる ママは凛の結婚が腑に落ちないみたいね」
「そんなことない凛ちゃんが納得して決めた事なんだもの そうでしょ だから結婚する彼といま以上に幸せな人生を歩んで行って欲しいと思っているわ」
「ママらしくないわ今日のママ 本当の気持ち凜に言いたい事・・ママはなにひとつ言おうとしていない」
「凛ちゃんがそんな風に思うのは凛ちゃん自身何か腑に落ちない事があるからじゃないのかしら 人の気持ちや言葉じゃなく大切なのは凛ちゃんの気持ちなんじゃない 私は凛ちゃんの心の声を聞いてみたいわ 他人に答えを求めても何も解決しない事は分かるでしょ 人生で身に降りかかる出来事の全ては自分で解決するしか術がないのだと思った方がいいわ これまで誰かの敷いた人生のレールを凛ちゃんはずっと辛抱して頑張って歩いてきた いつも人の気持ちばかり考えて自分のことは二の次だったんじゃないかしら だとしたらすごく辛かったでしょうね 凛ちゃん人生は変えられるのよ 変わりたいと強く願うならきっと必ず変われるわ 凛ちゃんの人生は誰のものでもないの 凛ちゃんにしか成し遂げられない人生を自分で決めて自分の力で歩んでいく事だって出来るのよ」
凛子はバックからハンカチを取り出すと声をつまらせながら言った。
「凛はずっといい子でいなければって・・本当の自分を偽って物わかりの良い子を演じてきたのかも知れない だからなのかな 凛は自分のことずっと好きになれなかったわ」
言い終え顔をあげた凛の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「凜ちゃんはもういい子ちゃんを卒業しなさい いつか支配的なおじいさんと向き合い自分の意思を伝えられるようになれたらいいわね 自分の人生を取り戻すそのために凛ちゃんはまず自分自身と本気で向き合い本当の自分を取り戻すことが先決なんじゃないかしら」
「ママありがとう 凛は自分を変えたい だから結婚の事、これからのこともう一度しっかり考えるわ」
凛子は志桜里に抱き付いていつもの愛くるしい笑顔を見せて帰っていった。
志桜里は自分自身と対峙した凛子が自分らしさを取り戻しまた愛らしい笑顔で来店する日を願った