悩み多き年頃
喫茶店を営む見目麗しい独身熟女の主人公志桜里ママが長年書き続けているお店の日記、暮れの大掃除に見つけた古い日記帳を開くとそこに懐かしい対照的な若い女性二人の名前をみつけた志桜里は自分の人生と重ね合わせながら過去をさかのぼり当時を思い出していく
沢井志桜里は商店街ロードの一角で小さな喫茶店を営んでいる。巷で摩訶不思議な見目麗しい熟女と言われている独身女である。お店のお客様のほとんどは開店時からの常連客。女ひとり今日まで何とか生き延びて来られたのは他の店に浮気もせずあしげに通ってくれる馴染客のお蔭と手を合わせ感謝を忘れなかった。
お店で繰り広げられる日常を記録したダイアリーは大切な宝物だった。開店時からそのままのレトロチックなお店にうら若き二人の女性が常連客の仲間入りしたのはいつの頃だったろう。その二人の女性は互いに全く面識のない赤の他人だったのだが・・
一人の女性がお店を訪れると必ず数日後もう一人の女性がやってくる嘘のようだがそんな状態が数年続いた二人は今も深く印象に残るお客だった。
彼女たちとの交流は勿論今も変わらず続いている。ダイアリーをめくりながら彼女たちと係ったあの日の情景が鮮明に蘇っていた。
最初にお店を訪れたのは寿里だった。清楚ないでたちの寿里は吸い込まれそうな澄んだ瞳が印象的で実直な人柄を忍ばせる面立ちをしていたがどこか近寄りがたいと思われる雰囲気を漂わせてもいた。郷里を離れ一人暮らしをしている寿里の暮らしは自宅から勤務する同僚のようなお洒落もままならない慎ましい生活だった。待ちに待ったお給料も家賃や光熱費、洋服のクレジットを差し引くと贅沢など到底夢の夢、当然ながらもっての外だった。ボーナスのほとんどは月々の補てんに回しながら切り詰めた生活をしていた。給料日が待ち遠しいなと寿里が嬉しそうに言った。何か欲しいものがあるのと聞いた志桜里に寿里は一瞬口を一文字にしてこう言った。
「ほしいものは一杯あるけど贅沢できないの・・私のお給料は生きていくことに大半が消えてしまうから」
「寿里ちゃんは一人暮らしだから家賃は大きな負担よね」
「先週の話なんだけど同期の男の子に誘われたのね わたし驕られたりするの苦手だから行きつけのリーズナブルなお店にしてもらったの そしたら彼私のこと変わってるって言ったのよ 挙げ句に僕がごちそうするっていっても絶対割り勘だと応じないけど誰にでもそうなのっていきなり怪訝な顔をしたの」
「寿里ちゃんに気があって誘った彼にしたら自分の好意を拒絶されたと思ったのかもしれないわね」
「だからわたし彼に言ったの、私達は同僚よ、だから割り勘でなんの問題もないと思うわって、そしたらまた彼がそれは君の気持ちで僕には僕の気持ちがある。僕を立てて御馳走させてくれって頭を下げたのよ」
「女の子の前で頭を下げるなんて余程の事じゃないかしら」
「何を勘違いしているのか分からないけどおかしいわ 彼は会社同僚なんだもの だから私に御馳走するお金は大切な人のためにプールしてちょうだいあなたと私は同僚で大切なお友達それ以外なにもないわって言ったらいきなり彼が僕はあきらめないって・・あきらめるも何も私は彼から告白さえされていないのよ、おかしいでしょ」
「男と女は思考が違うから噛み合わないことも多々有るでしょうね」
「私って面倒臭い女だなって自分でもわかっているの こんな私を受け止めてくれる男の人なんてきっと見つからないわ」
「女は愛されて愛してくれる男性と一緒になるのが幸せだって聞くわ 私は愛してくれる人じゃなく自分が愛する人を選んでしまうから未だに独身を貫いている 寿里ちゃんを思ってくれている彼をもう少し観察してもいいんじゃないの」
「ダメ、絶対彼はだめ」
「何かあったの」
「帰り際に彼が私のポケットに・・
止まったタクシーに乗り込もうとしていた時だったから走り出したタクシーの中で確かめたら一万円札が入っていた。こういうことする男の人って今までもいたのよ、みんな友人だったけど二度と会う気にもなれなかったわ」
「こんな寿里ちゃんとお友達じゃなくちゃんとお付き合い出来る人って凄いと思うわ そんな人がいたら会ってみたいわね」