公爵は暗殺令嬢を娶りたい
どうぞ宜しくお願い致します。
長めの短編(16600文字)です。お時間がございます時にお読みいただけると幸いです。
サーシャは暗殺することを生業としている一家の娘である。
一家でデーン王国の王家の駒として、国王陛下に内密に依頼された暗殺を実行する仕事を長年、家族で請け負っていた。
王家に密かに雇われてから20年。
貧民街にいるただの暗殺一家だったところ、デーン王国の国王陛下から王家に陰ながら貢献しているからと、褒美を与えられることになり、サーシャの父母は遠くの田舎に土地付きの家と家畜を望んだ。サーシャの父母は暗殺業を引退するとサーシャに告げ、サーシャには一代限りの爵位が与えられ、男爵令嬢として生きていくことになった。
サーシャの両親は、これでサーシャも下級貴族として少しは貧民街にいたころより生活が向上するだろうと安心し、暗殺業から手を引けることを喜んだ。
こうして、サーシャ男爵令嬢は王都から離れた場所で、一人で暮らし始めたのである。
■■■
「さて、父母も引っ越し無事に片付いたころかな」
サーシャは、小さな屋敷の掃除をしながら両親の新しい門出、つまり暗殺業を引退して、田舎でのんびり暮らす夢が叶ったことを心から喜んでいた。
「んーーー。私が一人で住むのには、この屋敷は少し大きすぎるな」
貧民街で小さなボロボロの雨漏りのする小屋で生活をしてきたサーシャには、この屋敷はとても大きく感じた。
「そうだ。この際だから、一緒に暮らす人を探してみるかな」
ここで言う、”一緒に暮らす人”というのは、伴侶を持とうという意味ではない。
サーシャは16歳と年若いが、すぐに結婚するつもりはなかった。
国王陛下から暗殺業を依頼されていた時に、周りに馴染むようにと貴族の振る舞いもこっそり習わされていた。貧民街育ちといえども、貴族のような振る舞いも持ち合わせている。
「そうだ!」
サーシャはいいことを思いついたと、左手のひらを右手のこぶしでパンッと叩いた。
「奴隷市場に行ってみようかな!」
サーシャは貧民街の時に親の借金のカタとして、売られていってしまった近所の知り合いがいるかもしれないと奴隷市場に足を運ぶことにした。
お金ならたんまりとある。
国王陛下からは今まで王家に貢献したのだからと、サーシャにも生涯困らないだけのお金を渡してくれていた。
でも……いつか、父母とサーシャの三人の口封じの為に新たな暗殺者が自分たちに向けられる可能性も、ゼロではないのだと頭の中に入れておく。今の国王陛下ならそんなことはしないと思うが……気は緩めないほうがいい。
暗殺業というのは、そういうものなのだ。
人知れず働き、人知れず命を落とす。
サーシャが男爵令嬢として生きるとしても、暗殺で培った技能を忘れてはいけない。
気を抜くと寝首をかかれてしまうかもしれない。
サーシャは、無言で令嬢らしいドレスを身に着け、スタスタと場違いな奴隷市場に足を踏み入れた。
「あのぅ、すみません」
「おや? どうしたのかい?」
見た目はとても優しそうな腰の曲がった老眼鏡をかけたおじいさんが市場の入り口にいた。
市場の中に入るだけでも、お金をとるらしい。
見るだけなのに、なぜなんだと思いながら、たくさん奴隷をかかえるならば彼らの食事代も馬鹿にはならないのだろうと思い、サーシャは入り口のおじいさんに多めにお金を渡しながら、商品について問い合わせてみる。
「奴隷を買おうか迷っているのですが……」
「へぇ……お嬢さんが買うのかい?」
お金を受け取りながらも、詮索してくる。
サーシャには暗殺経験があるのだから、目で人に殺意を向けたりもできるのだが、めんどくさいのでここでは大人しい令嬢を装っておく。
「えぇ。使用人を探しておりまして……」
「使用人ねぇ。どんなのがいいんだい?」
「そうですわねぇ……重労働向けの体格の良さげな男性か……教育しやすい子供……あたりを見せていただけますか?」
「成人男性なら、左手の建物。5歳くらいから15歳くらいまでは右手の建物にいるよ」
「ありがとうございます」
そういうと、サーシャはまず左手にある成人男性の建物の中に入っていった。
建物の下には商品を説明する担当者がいる。
「まず、こちらから見ていきますか?」
「えぇ、お願い」
サーシャは、一人一人の顔を見ながら知っている顔見知りがいないか探してみる。貧民街の女の子たちは十歳にも満たないうちに売られてしまったので、もうここにはいないと思い探すのはやめておいた。
色んな国の奴隷が集まっている。貴婦人で屈強な男性や美しい男性を従者として傍に置く人も多いと聞いたことがある。噂は真実のようだ。
(やはり顔見知りはもうここにはいないか。どこか買い手がついて、みんなが少しでも美味しい物が食べられる環境にいればいいのだが……)
顔見知りもいなかったし、体格の良い男性は3名ほどいたけれど、サーシャにはピンッと来なかった。
(私よりかは……劣りそうだな)
そう判断して、子供がいるという建物に向かった。
(子供であれば、癖がない状態で、いろいろ教育もできるし良いかもしれない)
そう思い、子供の建物の担当者に説明を代わってもらう。
順番に見ていくが、みんな栄養状態はあまり良くなさそうだ。
一人一人顔を見ていく。
(やはり知り合いはいないな)
一人では大きすぎる屋敷に、話し相手となる人が欲しかった。
鉄格子から手を出して、買い取って欲しいとアピールしてくる子もいる。
(さてどうしたものか)
建物の一番端の鉄格子まで辿り着いて、もと来た道を戻ろうと身体の向きを変えた時。
今にも命の灯火が消えてしまいそうな子供が、立つ気力もなく地べたに横たわっている。
足をこちらに向けているので、顔は見えない。
(ん?)
サーシャは何か違和感を感じた。
「お嬢さん、コイツはさすがにもうダメですね。売り物にもなりません」
「……じゃあ、この子を引き取りますわ」
商品を説明してくれた男が戸惑っている。
自分が売り物にならないと言った瞬間に、欲しがったからだ。
「どうせ、長くは生きられないのでしょう? 私が買い取ります。どっちみち処分するにも多少はお金が必要なのでしょう?」
「……それはそうですが……」
男は、なぜこんな今日、明日にでも死んでしまいそうな子供を引き取るのか訝し気にサーシャを見てくる。
「あぁ、疑問に思われて当然ですわね。私は子供の臓器が欲しいのですよ」
「……左様ですか。では、こちらの少年をどうぞお持ち帰り下さい」
サーシャは、嘘をつく。確かに子供の臓器を販売する輩も存在はしているのだが。
捨てられる運命の子供であっても、きちんと金額を渡す。少し多めにだ。
「このお金は、お前の懐にしまえばよいのですよ。こちらのお金は……この建物にいる子供たちに追加で美味しいパンを2個ずつ配布していただけますか。約束を違えないようね?」
「え?こんなにもいただけるんで?」
「そうですわ。お前の懐の分はきちんと渡したのだから、このパン代には絶対手をつけてはいけませんよ。約束を守らなければ……お前は明後日くらいに遺体で発見されるはずですわ」
「ひぃ! かしこまりました。お嬢様のお約束は必ず守ります!」
「ご理解いただけて何よりです」
ほんの一時しのぎだということはわかっている。それでも、一食一食が貴重な子供たちに一日でも長く生きながらえることができるようにパン代を渡しておいた。
サーシャは早速買い取ったガリガリの少年を両腕に抱き、屋敷に戻った。
■■■
「ひとまず、私が風呂に入れよう。体力がないだろうからすぐに終わらせる」
サーシャはグッタリしている少年に告げると浴槽にお湯を張り、ガリガリの少年をお風呂に入れる。
ほとんど虫の息だから、身体の汚れと髪をシャシャシャと洗い、すすぐとすぐにタオルに少年の身体を包みこんだ。
サーシャにとっては、人間の子供を洗うのも、血濡れた手を洗うのも大差はなかった。
それくらいすばやく洗い落とし、客間のベットの上に優しくおいた。
「重湯は飲めそうか?」
「……」
無言で静かに瞬きで少年は返事をする。
「わかった。今持ってくる」
サーシャは重湯を台所から持ってくると、自分の口に重湯を含んでから、少年の口の中に流し込んだ。
それでも、少年の口の端から重湯がこぼれそうになり、タオルで口元を拭いてあげた。
「もう大丈夫だ。お前の面倒は私が見よう。少しずつでいいから元気になれば良い」
サーシャは少年の濡れた髪をタオルで水分を吸い取り、髪を優しくなでた。
櫛も通らないくらい髪の毛が絡まっているが、それは元気になってから手入れしてやれば良い。
サーシャは、自分の大きい服を少年に着せるとそのまましっかり睡眠がとれるようにしてあげた。
■■■
一時間おきに、客間に寝かせた少年が生きているか確認にサーシャは静かにやってきた。
足音を消して相手に近づくのは、たやすいことだった。
「うむ。生存確認」
サーシャは静かに寝息を立てている少年を見ては、自分の寝室に戻っていった。
(奴隷市場で見た時は、暗くて見間違いかと思ったが、やはり……あったな)
サーシャは、少年の身体を洗う時に彼の足の裏を確認していた。
五つの星のようなホクロが、横たわっている状態でチラッと見えた時から気になっていた。
(彼は……隣国ノルド国の公爵家の死んだとされるご子息で間違いないと思うのだが)
サーシャは暗殺時代に聞いた、隣国ノルド国の公爵家での火災事件を思い出した。
(確か、奥様は亡くなったはずだ。……でも、ご子息の遺体が見つからず、誘拐されたのか死体を遺棄されたのか……と言われていたなぁ)
三年ほど前に起こった火災事件を脳内で思い出す。
なぜなら、公爵家の火災は放火であり、その犯人がこのデーン王国でも犯罪を行っていたため、居場所を掴んだ国王陛下に去年、犯罪組織の壊滅と暗殺を依頼されたことがあるからだ。父母、私の三人であの時の組織は処分できたはずだ。
隣国の公爵家当主は妻の忘れ形見である息子が生きている可能性も信じて、捜索願を出していた。
その特徴に右足の裏に星のような5つのホクロがあると記載していたからだ。
「まぁ、親元に返すのはいつでもいいだろう。元気にならないとまた同じように犯罪組織に狙われる可能性があるからな」
サーシャは、そう決めてしばらく自分の手元で少年を可愛がることにした。
■■■
三か月後。
「アンドリュー。お前の父親宛てに先日、ご子息かもしれないから一度確認にこないか? と手紙を出しておいた」
サーシャは、まだガリガリだけれども少しずつ食が太くなってきた少年に、親元だと思われる隣国ノルド国のレイモンド公爵家に手紙を出したことを告げる。
少年は自分の名前をアンドリューと名乗り、12歳だとサーシャに伝えてくれていた。
誘拐されたのが9歳で、そこからほとんど栄養らしい栄養をとっていなかったのだろう。奴隷市場で少年を買った時は到底12歳とは思えなかった。
(てっきり7,8歳くらいだと思っていたが……私とは4つしか違わないのだな)
「父上がまだぼくを探しているのかは……わからないけれど、生きていることは知らせて安心させてあげたいかな」
アンドリューは、自宅の屋敷にいる時に誘拐集団に誘拐された。隣国ノルド国では一時期、貴族の子供が多額で売れるとのことで、誘拐が横行していた。アンドリューを守ろうと抵抗したアンドリューの母は殺され、その後屋敷は火に包まれた。彼らが逃亡する時間を稼ぐために火をつけたのだ。
「お前の父親と思われるレイモンド公爵は息子を探していると耳にしたことがある。少しでも安心させてあげたほうが良いと思う。 私がアンドリューの父親なら、生きているとわかれば仕事を休んででも、飛んで会いにくるがな」
サーシャの読み通り、隣国ノルド国の公爵家の人間がすぐにサーシャの屋敷にやってきた。
(嘘の情報を言って、金だけ情報料として受け取る輩もたくさんいるからな)
やってきたのはレイモンド公爵領当主のダニエル・レイモンドと名乗った。
「あのう……子供が、私の息子かもしれないと聞いてここまでやってきたのですが、会わせていただけますか?」
「あぁ、もちろんだ」
おそらく、こんな会話をいろんな場所で繰り返しては落胆していたのだろう。
「あなたの息子さんかもしれませんよ」
と適当な子供を見せてはお金だけせがんで、少しでも期待させてから裏切られるということを何年も経験してきているような雰囲気だった。
(きっと、また騙されるかもしれないと思いながら、息子を探し続けていたのだろうな)
サーシャには藁をもすがる気持ちで、妻の忘れ形見を必死に探している男性に思えた。
(アンドリューの父親は、いい親じゃないか)
サーシャの父母も暗殺はやっていたが、とても温かみのある人間だ。
生きていくのに必要だったから、暗殺業をしていただけにすぎない。
「アンドリュー、こちらにおいで」
私は、廊下で待たせていたアンドリューに応接室に入ってくるように声をかける。
「あぁ……アンドリュー……」
どこか面影が残っていたのだろう。すぐに自分の息子だと気が付く。
「お父様……探して下さりありがとうございます」
サーシャは、久しぶりの再会で涙する親子の会話を見守る。
「……ところでサーシャ嬢は、なぜアンドリューがノルド国のレイモンド公爵家の息子だとわかったのですか?」
涙をハンカチで拭きながら、どうやってアンドリューと出会ったのか質問された。
「足の裏に、ご子息は5つの星のようなホクロがあるという捜索願いの文書を目にしたことがあってな。奴隷市場で足の裏が見えた時に、そのことをふと思い出したのだよ」
「確かに、息子の特徴として以前、その情報を流したことはありますが……それだけの情報で結びつけてくださりありがとうございます」
「いや。私も一人暮らしには大きすぎる屋敷だから、話相手を探しに奴隷市場に行ったのだよ。あと数日で生き絶えそうだったから、運が良かったな」
奴隷市場でもう少し発見が遅れれば、命が危なかったと話を聞いてレイモンド公爵は目を見開いた。
「よく見つけていただき、さらに連絡までいただきありがとうございました。その後、犯罪組織はこちらのデーン王国に逃亡したとは聞いていたのですが……他国なので私も自由に息子を探すことができませんでした」
「まぁ、それはそうだな。あの犯罪組織は規模が大きかったからな」
私は暗殺者としてその犯罪組織を壊滅させるのに、多少手こずったことを思い出す。
「まだ、その犯罪組織は……いろんな国の貴族の子供たちを誘拐しているのでしょうか?」
確かに、レイモンド公爵が不安になるのも理解できる。
また公爵家に戻っても屋敷や道で連れ去られることを懸念しているのだろう。
「いや。あの犯罪組織はもう存在しない」
「? サーシャ嬢はやけに犯罪組織に……その……お詳しいのですね」
「あぁ、だって私がその組織を去年、殺ったのだからな。組織の上の者は誰一人残ってはいない。まぁ、小者は騎士団に引き渡したがな」
そこまで、話すとアンドリューとレイモンド公爵は、目を点にして固まる。
「サーシャが、やっつけてくれたの?」
「あぁ、去年の話だがな」
「もうあいつらに捕まることはないの?」
「あぁ、組織はもう存在しない」
アンドリューはそこまで、聞くとホッとした表情になる。
(犯罪組織がもう存在しないと早めに教えてやれば良かったか……)
サーシャは、気が回らない自分の不甲斐なさを反省する。
「サーシャ嬢はデーン王国の騎士か何かなのですか?」
レイモンド公爵も気になったのだろう。私の正体を聞いてきた。
「あぁ。私か? 今は男爵令嬢だがその前は暗殺業をな……」
包み隠さず、暗殺業をやっていたと話す。
(まぁ、本当のことを言って避けられたり、怖がられることには慣れているからな)
サーシャは、これで人の縁が途絶えてしまうのなら、それだけの関係だったと割り切った考えを持っていた。だから、暗殺していたことを話して、人が寄り付かなくなっても構わないと思っているし、自分の生きてきた人生を受け入れてもらえないなら仕方がないと思っている。
(私は暗殺業がないと、ここまで生きてこれなかったのだから生きる為には仕方がなかったしな)
国王陛下は、”ちょっと派閥と気が合わない”とか”排除したい”というだけで暗殺依頼はしてこなかった。ある意味、わきまえている人物なのだ。
本当に撲滅するべきは、犯罪を何度も行っている者、私腹を肥やして人の命を物のように扱って自分の手を汚さない者など、そういう人物しか暗殺を依頼してこなかった。
(あぁ見えて、国王陛下も闇雲に人を殺めるのではなくて、手に負えない犯罪者や殺人者ばかり選んで我々に指示を出していたのだろうな)
そうせざるを得ないほど、このデーン王国の治安は良くなかったのだ。
サーシャはふと、会話が途切れたままのレイモンド公爵とアンドリューにもう一度目を向ける。
二人とも俯き加減で、手を握りしめてプルプルさせている。
(さすが親子だな。よく似ているじゃないか)
サーシャには、暗殺業の話を聞いて怖がって震えていると思っていたのだが……次の瞬間。
「サーシャ!! すごいよ!! かっこいいんだね!」
「あぁ! なんて素晴らしいご令嬢なんだ!! こんなご令嬢、我が国には一人としていないな!!」
顔を赤らめて興奮しながら、親子二人でサーシャの存在を肯定してくれた。
(この親子も意外と変わり者かもしれないな……)
そう思いながら、レイモンド公爵には一晩、サーシャの館に滞在してもらうことになった。
■■■
次の日。
「おはよう。二人とも久しぶりの親子の会話は楽しめたか?」
「うん! ぼく、夜更かししちゃったよ」
「サーシャ嬢、いろいろとありがとうございます」
「……それで、二人はこの後、ノルド国に帰るのだろう? 馬車か何か用意してあるのか?」
サーシャは、親子が再会できたのなら、もちろんサーシャの元を離れるとばかり思っていた。
「あの……サーシャ嬢に相談があるのですが」
「はい。何だろうか」
「アンドリューをあなたの手元でもう少しだけ育てていただけませんか? 三年。三年だけで構わないのです」
「……私は別に構わないが……レイモンド公爵がそれがいいと言うなら、引き続き面倒をみよう」
「え? 本当?! まだサーシャと一緒に暮らせるの? やったー!!」
アンドリューは両手を挙げて喜んでいる。十二歳のはずだが、子供らしい時代を過ごせなかった時期もあるからか、まだまだ幼い部分が抜けていなかった。
「レイモンド公爵、ただ私は男爵令嬢といっても一代限りだから、公爵家で学べるような内容は教えられないぞ? 」
サーシャは自分自身、貴族教育などには向かないと考えて本音で話す。
「えぇ。貴族らしい教育はしていただかなくて構いません。サーシャ嬢の元で普通に今まで通りの生活で構いません」
サーシャの普通の生活。自給自足するような生活で、家事をしながら細々と暮らし……自分に万が一、暗殺者がやってきたら追い返すだけの鍛錬を行うという生活で良いらしい。
「わかった。では、三年間は私と共に生活しよう」
「わーい!! ありがとう!!」
アンドリューとの生活は、この後、約束通り三年続いた。
■■■
三年後、レイモンド公爵は十五歳になったアンドリューを迎えにきた。
アンドリューはこの三年間、狩りをしたり畑を耕したり、なぜかサーシャの暗殺技術も教えて欲しいというので、暗殺技術で身を守れそうなことは教えてあげた。
「サーシャ嬢。今まで本当に、息子がお世話になりました」
レイモンド公爵は、年に数回、アンドリューに会いに来てくれていた。
アンドリューを迎える準備をするからと、屋敷も新しく立てたらしい。
火災と母親との死別の記憶が蘇ってはいけないと配慮したのだろうとサーシャは思っていた。
「こちらこそ、退屈しない三年間だった」
そうサーシャがレイモンド公爵とアンドリューに礼を告げると、レイモンド公爵はサーシャの前で片膝をついた。
「サーシャ嬢。ぶしつけな申し出とは……理解しているのだが、どうか私と結婚していただけないでしょうか」
レイモンド公爵は、真剣な眼差しでサーシャを見つめた。
「結婚……私とか? 私は恋だの愛だのそういう類いのことがよくわかっていないのだが」
「それでも、構いません。一緒に我が屋敷に来て、その感情を育てていただいてから決めていただいてかまいません」
「一緒に住んで……私の恋愛感情が育つまで、待つつもりなのか?」
「はい。好きになっていただけるよう精進します」
「ははは。それは面白そうな提案だな。私も父母を見ていたから、人を好きになったら楽しいだろうなと思ってはいたが……レイモンド公爵から申し込んでもらえるなら、その提案に乗ってみるとするか」
「やったー!! サーシャもぼくと一緒に引っ越ししてくれるんだね?」
アンドリューはすでに十五歳にもなっているのに、まだ子供っぽいところが抜けない。
ただ、この子供っぽい部分はサーシャの前でしか見せないということも、サーシャは知っている。
彼は外向きの顔と、家での顔をしっかり使い分けているのだ。
「しかし、私が隣国ノルド国へ嫁いでもいいのか、一度、確認するべき人がいるな」
「わかりました。私も一緒にご挨拶に参りましょう」
■■■
サーシャがレイモンド公爵を連れていったのは、デーン王国の国王陛下の元だった。
暗殺業は、もう男爵令嬢になってからは請け負っていない。それでも、国王陛下の太平の世に貢献できていたので、いきなり王城を訪れても国王陛下の元にすんなり通してもらえた。
「サーシャ嬢。息災か?」
「えぇ、男爵令嬢としての人生を楽しんでおります。陛下もお元気そうですね」
「ははは。度々、会っているのだから元気なのは知っておろう」
サーシャは暗殺を依頼されなくなっても、度々、こっそりと国王陛下の元を訪れ、困っている事がないか質問してフォローをしようと尽力していた。
その度に、「最近は騎士団で解決できるような問題しかないから安心せよ」と言われていたのだ。
それと、サーシャの元に隣国ノルド国のレイモンド公爵家の子息がいることもすでに話してあった。
国王陛下は、ノルド国での誘拐と火災事件を知っていたため、そのままサーシャの元で健やかに育つのを手伝うように伝えていた。
レイモンド公爵は内心とても驚いていた。高位貴族だから相手に表情で悟られないように努力はしていたが、まさかサーシャ嬢の両親に挨拶に行くのかと思っていたら、国王陛下とは……全く想像していなかった。
「陛下。私は、このレイモンド公爵家に嫁ぐかもしれませんが、ノルド国に引っ越ししても宜しいでしょうか?」
サーシャは、自分がいなくても頼るべき後釜がいるのか心配で、国王陛下に直接聞いてみた。
「そうか……ノルド国に行くのか……サーシャ嬢が幸せになるべき場所がそこにあるなら、それもいいのではないか」
「そうですか。では、私はレイモンド公爵の屋敷に移り住みますので、宜しくお願いいたします」
これは、国を離れるのでこのデーン国に関与することが難しくなるけれど、大丈夫ですかと遠回りに聞いているのだ。
国王陛下もサーシャを小さい頃から知っている。暗殺者とはいえ世の中をよくする為に暗殺業を行ってくれていたため、お互い共闘している気持ちになっていたところもある。その良い関係を築いてきたサーシャの両親が生まれたばかりのサーシャを国王陛下にも見せにきたことがあるくらいだ。
国王陛下にとっても成長を見届けていたサーシャが、幸せになれるなら構わないと考えていた。
「そうか。寂しくなるが、もうこの国は大丈夫だろう。もしノルド国で困ったことがあれば、いつでも文を出しなさい」
「かしこまりました。ありがとうございます、陛下」
陛下にノルド国行きを説明した後、サーシャは両親にも会い、同じようにこの国を離れることを告げた。
■■■
サーシャとアンドリューがレイモンド公爵家に移ってきた初日。
(この国の面白いところは……魔法が使える国……ということだろうか)
サーシャの故郷であるデーン国では、魔法の使用は禁止されている。犯罪が蔓延っていた時代の国王が廃止したのだ。
(魔法がある方が、治安が良くなるのか、悪行が増えるのかは……わからないな)
「サーシャ嬢。これから、私はあなたに好きになってもらえるように頑張ろうと思う」
「わかった。……それは、そうと一つ気になることがある」
サーシャに求婚をしてくれるのはありがたいが……亡くなった前妻に悪くはないのだろうか。
人によっては……「私だけを愛して、後妻はとらないでください」という女性がいると聞いたことがある。
「その……レイモンド公爵であるそなたの前妻のことが、ひっかかってな。彼女は後妻を望んでいなかったのではないか? 彼女の思いに反しているのではないかと……戸惑っている」
サーシャは、親以外の愛情はよくわからないが、もし目の前のレイモンド公爵の後妻になるのであれば、爵位も合わない自分がその役割を担って良いのか、疑問に思っていた。
「実は……アンドリューの母は先見ができる魔法が使えていて……いつも、『わが身に何か起こった時は、アンドリューを助けてくれて、大事にしてくれる女性が現れたのなら、必ず迎え入れて後妻にして欲しい』と申していたのだ。まさか、そんな女性が本当に現れるとは想像していなかったのだが、彼女は何か予知していたのかもしれないと思っている」
「ほほう。先見の魔法。使えたら便利そうだが……自分の死が解っているのも切ないな」
サーシャは、レイモンド公爵の前妻は素晴らしい女性だったのだろうなと感慨深い気持ちになった。
「あと……私の事は、ダニエルと呼んではもらえないだろか……私は、サーシャと呼びたい」
「ダニエル、ダニエルだな……わかった。サーシャと呼んでもらってもかまわないぞ」
レイモンド公爵は、嬉しそうに少し二人の関係が近くなったのを喜んで、サーシャを優しく包みこんで抱擁をした。
「ありがとう! サーシャ!! とっても嬉しいよ!」
サーシャも男性と暗殺以外で身体の接触をしてきたことがなかったので、少しだけドキッとする。
(びっくりした~。早く慣れないといけないな。人に首を絞められることはあっても、優しく抱きしめてもらったのは……初めてだ。なかなか安心感があって良いものだな)
恋愛のしたことのないサーシャは、心の中に今まで感じたことのない温かさを感じた。
■■■
ノルド国に来て二日目。
「サーシャ。今日、私は騎士団の訓練場に行かないといけないのだが、どうしたい? アンドリューは、新しく入学する準備をするから留守にするのだが」
サーシャは少し考える。このノルド国の騎士団の強さを見てみたいと……好奇心が勝ってしまう。
「私は騎士団の訓練場を見学したいのだが、できるだろうか?」
「もちろんだよ、サーシャ。じゃあ、私と一緒に馬車で行こう」
サーシャは、迷った挙句ドレスを着ることにした。見た目は大事だ。レイモンド公爵が変な女性と並んで歩いていたら、何か言われるかもしれないと思ったからだ。品位を落とさない努力はしたほうが良いだろう。
サーシャが玄関ホールで待っていると、準備を終えたレイモンド公爵が階段から降りてきた。
「サーシャ! きみは何て美しいんだ!」
そういうと、昨日と同じように優しく抱擁してくれ、サーシャの髪を手ですくうと髪に唇を寄せる。
「他の騎士団員がきみに釘付けになるんじゃないかと心配だよ」
(釘付け……すごいな。レイモンド公爵は抱擁しただけで私がドレス下に暗器を隠し持っているのを見抜くのか……)
サーシャは誤解しつつも、レイモンド公爵は只者ではないと悟る。
(人に髪を触ってもらうのは……久しぶりだな。交戦する時に引っ張られたことはあるが、撫でてもらって一房すくってもらうのは……なんだか照れくさいな。髪に神経などないのに、またしてもドキドキしてしまった)
「さぁ、行こう」
レイモンド公爵はそういうと自分の腕にサーシャの手を絡める。
この動作は貴族教育として受けたことがあるので、サーシャも知っている。
(犯罪者を目で追いかけることをせずに、人に腕を絡ますのも……初めてだな。レイモンド公爵は着やせするタイプか? 結構筋肉あるじゃないか)
サーシャの手に少し力がこもる。どうやって鍛えているのか、彼のことが知りたくなったからだ。
馬車に乗り込むと、レイモンド公爵に先ほどの疑問をぶつけてみる。
「レイ……ダニエルは、何が得意なんだ? 剣術なのか?」
サーシャは、レイモンド公爵と対峙して、どの武器なら勝てるだろうかと予想してみる。
「そうだね、剣の腕は良い方だと思うよ。あとは魔法で攻撃魔法や身体強化とかもできるからね……」
(身体強化……聞いたことがあるが、見たことはない。今日は何やら面白そうな物が見られそうだ)
サーシャは、魔法を目にしたことがないので、キラキラと目を輝かす。
訓練場に到着すると、レイモンド公爵は先に降りてサーシャの手をとる。
(これも貴族教育で学んだな。エスコートされる時は、いつも周囲に敵がいない確認する必要があったが……今日は、そんな必要もない)
サーシャは、ただ微笑んでいるレイモンド公爵の手をとるだけで良かった。
(女の子扱いというのは……こういうものなのか。新鮮だ)
人生で女の子として扱われたことがないサーシャにとっては、ちょっとしたことでもとても嬉しかったし、手を触れたときのレイモンド公爵の手のぬくもりが伝わってきたような気がして、頬が少し赤くなる。
「今日、私は指導官として訓練場に立つから、あの庇のある見学場所で見ていてくれるかい?」
「あぁ、わかった」
サーシャは、さも高位貴族のような優美な歩き方で、訓練場に足を踏み入れた。
訓練を見て思った。さすがは隣国の公爵家というだけのことはある。レイモンド公爵の実力はずば抜けていて、見た事のない魔法と組み合わせた攻撃には目を瞠るものがあった。
(レイモンド公爵には……私は勝てそうにないな。正面からは)
ついつい暗殺業の職業病で相手の弱点を探そうとするけれど、魔法を無しでも勝てる気がしない。
サーシャは強い男性に憧れがある。だから……今日の訓練を見ているときは、あの温厚で優しいレイモンド公爵が凄まじい力で剣を振るう姿に不覚にも、脈拍が上がってしまった。
「サーシャ。お待たせ。待ちくたびれたかい?」
サーシャに近寄ってきたレイモンド公爵は、汗をタオルで拭きながら気にかけてくれる。
「いや。面白かったし……ダニエルがカッコよく見えたぞ」
「ははは。それなら私の作戦通りだね」
白い歯を見せて、強さをアピールしたかったのだと教えてくれる。
「サーシャ。私のこと、少しは惚れはじめているかい?」
「あぁ、そうだな。ドキドキすることはよくある」
「よし。じゃあ、サーシャに好きなってもらえるようにもっと頑張るよ」
「ダニエル。一つお願いがあるのだが……魔法なしで一度、私と手合わせをしてもらえないだろうか」
「それは……構わないけれど、今かい? ドレスなのに動きにくくないかい?」
暗殺業をしていた時はドレス姿の時もあった。動きにくいが動けないことはない。多少足技はやりにくいが。
「あぁ、この服装のままで構わない」
サーシャはレイモンド公爵の剣の重さがどれほどなのか、身をもって体験してみたかった。
サーシャとレイモンド公爵は木刀を持って、誰もいない訓練場で稽古をしてみる。
ガコン カチ カチ ガコン ガッコーーーーン
「サーシャなかなかやるじゃないか」
「いや、ダニエルは身体強化していないのにこの剣の重さとは素晴らしいな」
木刀と木刀を力で押し合いながら会話もする。
でも、サーシャも速さでは負けていない。すばしっこさには自信がある。
しばらくの間、二人で打ち合っていたが決着がつかないので、終了することになった。
「サーシャ。本当にきみは強いんだな。身体強化しないと絶対に勝てないということがわかった」
「ダニエル。私も暗器は使わなかったが飛び道具と併用しないと勝てないということがわかったよ」
二人は、お互いの汗を拭き合いながら、笑い合う。
サーシャは良い稽古相手ができたことを嬉しく感じていた。
■■■
三日目。
「サーシャ。今日は一緒にティータイムをしよう」
「あぁ、面白そうだな。テーブルマナーを間違えていたら教えてくれ。久しぶりなんだ」
サーシャは暗殺業の一環で貴族教育は受けたが、高位貴族のお茶会の場は情報収集するのに徹していたため、きちんと味わって食べた記憶がない。
「今日は、料理長が一生懸命作ってくれたらしいからね。さぁ、こちらへどうぞ」
「ありがとう、ダニエル」
サーシャはダニエルが引いてくれた椅子に腰かける。
ケーキを一緒に食べていたレイモンド公爵が、サーシャの口元についたクリームを指で拭きとってくれる。そして、それをペロリと舐めた。
「ダニエル。貴族はそんなふき取り方をしないだろう?」
サーシャは不思議に思って尋ねてみる。
「あぁ、本当だね。でもサーシャの甘い物を食べる顔が可愛らしくて、その頬のクリームに嫉妬してしまったようだ。本当は……キスしてとりたかったのだけれどね」
「キス……」
サーシャは少し考える。アンドリューに重湯を飲ませる為に行ったし、暗殺業の時は自分の口に入れていた毒を相手に飲ませたこともある。
「そういえば……好意を寄せた人にキスというのは……経験がないな」
「サーシャ、今『好意を寄せた人』と言っていたけど……私はそこに入れているのだろうか」
レイモンド公爵は、直球で聞いてくるタイプらしい。
「そうだな。今は……好意を寄せている。どうやら好きになっているようだ」
「それは良かった! もっと好きになってもらえるように精進するよ」
「ダニエル……ところで、私とキスをしてもらえないだろうか。キスを教えてもらいたい」
レイモンド公爵は、ビックリして動揺する。
「いや、それはとても嬉しい申し出だけど……本当にいいのかい?」
「あぁ、好意を寄せている相手とキスをするとどうなるのか……その感情が知りたいのだ」
「サーシャ。ロマンチックな場所じゃないけれど……いいのかい?」
「今、して欲しい」
サーシャもどちらかというと冒険心が勝る性格だから、何より経験することで感じる感情がどういうものか知りたかった。
サーシャの言葉を聞いて、レイモンド公爵がサーシャの座っている椅子の横まで歩いてくると、立ったまま腰をかがめた。
そして、サーシャの顎を優しく触ると顎を上に向けた。それから、ふんわりと唇をサーシャの唇に寄せる。すぐには離れず、ちょっと名残惜しさを感じさせながらゆっくり唇を離した。
「ダニエル…脈が……とても速いんだが……気持ちのあるキスは……とても良いものだな。幸せな気分になる。でも心臓はきゅんきゅんするんだな」
「あぁ、サーシャ。私も脈が速いようだ。ほら」
レイモンド公爵はサーシャの手をとると自分の胸に押し付けた。サーシャの脈よりも速いかもしれない。
「本当だな。ありがとう。相手のことを思って、好意を持ってするなら……毎日してもいいかもしれないな、キス」
「え? 本当? サーシャに毎日、キスしてもいいのかい?」
「あぁ。心臓きゅんきゅんをもっとしてみたい」
恋愛感情がよくわからなかったサーシャだが、日増しに自分の心の奥の方からむくむくと恋する感情が育っているのを感じる。
■■■
四日目。
「サーシャは魔法に興味があるようだけれど、魔法のスキルの授与に行ってみたいかい?」
「何だ、それは?」
サーシャは魔法のことには疎いので、レイモンド公爵に補足説明をお願いする。
「魔法を使いたいなら、魔法の適性を見てもらってスキルの授与を教会で行うと……魔法が使えるようになるんだよ」
「え! なんだって!!」
サーシャは見るからに興奮していた。
(私にもし適性があるなら、この間の騎士団の訓練のように剣術と魔法と暗器と使って攻撃することや防御することが可能になるのか!)
「もし……私に魔法の適性があって使えるようになるなら、使ってみたい……というか、もっと強くなりたいと思っている」
「そうか! じゃあ、今日は教会に行ってスキルの授与を行おうか」
「それは、とても嬉しいな。ありがとう、ダニエル」
そう返事をすると立って会話をしていた二人だが、サーシャはレイモンド公爵の首に両腕を回して、自分からキスをしてみた。
「ふむ。自分からキスをするのもいいものだな。喜びを相手に伝えられるような気がする」
レイモンド公爵はサーシャの不意打ちのキスに動転してしまい、右手の平で顔を覆う。耳まで赤くなっているのが見て取れた。
「サーシャを口説き落としたいのに……私がほだされてしまったようだ」
そう赤面しながら、今日の目的地の教会に向かう準備をした。
「さぁ、この魔法陣の真ん中に立ってみて、サーシャ」
「これでいいのか」
サーシャは魔法陣も聞いたことがあるが、初めて目にするものだった。
「司祭、スキル授与を宜しくお願い致します」
「はい」
歳を召した司祭が何やら唱えると、パァーーーーと魔法陣が光輝く。
「成功ですな。お嬢さんには魔法の特性がありましたな」
「ありがとうございます」
サーシャも礼を述べると、何のスキルを授かったのか司祭は、石板の上に手をかざすように言う。
「こうか?」
サーシャが手をかざした瞬間に石板に文字が浮かび上がった。
「こ、これは……!!」
驚く司祭の表情を見て、レイモンド公爵も慌てて石板を覗き込む。
「サ、サーシャ……」
続いてレイモンド公爵も黙り込む。
「良くない結果なのか?」
良くない魔法を獲得した場合、何か罰とかあるのだろうか。
サーシャは不安になりながら、レイモンド公爵の次の言葉を待つ。
「いや……初めて見たよ……魔法のスキル、全属性持っている人なんて……」
「全属性……よくわからないが、悪い物ではないんだな?」
「えぇ、私も全属性の方に出逢ったのは……初めてですなぁ。長生きはしてみるものですなぁ」
司祭も何やら満足げに笑っている。
(まぁ、悪いものではないのなら、私は何だって構わないのだが)
魔法に疎いサーシャには、どれだけ素晴らしい能力なのかわからなかった。
サーシャがこれを理解するのは……もう少しあとになる。
その夜。
レイモンド公爵がサーシャの私室を訪れた。
「サーシャ。ちょっといいかい?」
「あぁ、構わないよ。どうしたんだ?」
「サーシャとの結婚についてなのだが……」
レイモンド公爵はとても話にくそうにゆっくりと言葉を紡ぐ。
サーシャは今日のスキル授与の件で、結婚の話が無しになるのかもしれないと思ったら、急に心がスーと冷えていくのを感じる。
(なんだ、私はもうダニエルに恋してしまっていたのか。彼の腕の中の安心感は格別だからな)
サーシャは、これから話題になるであろう内容を想像して、自分の心の奥にあった感情に気が付く。
やっと自分の気持ちに気づけたんだがな。
少し悲しい表情が出てしまっていたのだろう。
レイモンド公爵は、会話を途中で止めてしまったことについて慌てて謝罪した。
「サーシャ、違うんだ!! 本当はきみの感情がゆっくり育つまで待つつもりだったんだ。何年でも」
レイモンド公爵が、サーシャの手を温かく両手で包み込む。
「本当は……待ちたかったんだ。でも、きみは今日、全属性のスキルを授かっただろう? あれは、この国で強い権力を持つことを意味しているんだ。それで……私は……他の誰かがサーシャを手に入れようと企むことを恐れている。それこそ、私よりも立場の強い王族の誰かに無理やり結婚するように命令される可能性が出てきた。私には相応しくないと言われてしまえば……相手が王太子殿下が相手なら、私は身を引かなくてはいけなくなってしまった。だから、サーシャの気持ちを聞かせて欲しいんだ。もし……まだ頼りない私だけれども、私がきみの傍にいて、きみを守る役目を与えてくれるなら……私の妻になってくれないだろうか」
サーシャは、レイモンド公爵の言っていることが理解できた。自分の存在が重要人物になってしまったということを。
「ダニエル。ここに来てまだ四日しか経っていないが、アンドリューを見守っている頃からのことも知っているし、前妻を大事に思ってきたということも理解している。……私も、ダニエルが好きなんだ。もう、好きになってしまったんだ。爵位が合わないことも知っているし、暗殺業をやっていたことも理解した上で求婚を申し出てくれたことに……感謝もしている。……だから、こんな……恋愛感情も発展途上の私で、苦労させてしまうかもしれないのだが……私を伴侶にしてもらえると……嬉しい」
サーシャは自分の感情を全て吐露してみた。
こんなにも自分に豊かな感情があることを教えてくれたのは、他でもない、ダニエル・レイモンド公爵なのだ。
「私もアンドリューを見つけて、大事に保護してくれていた時からサーシャのことが気になって……少しずつ気持ちを温めていたんだ。では、サーシャ、もう一度確認するよ。
私と婚姻を結んでいただけますか?」
「あぁ。至らないところもあるが、私からも宜しく頼む」
そういうとサーシャとレイモンド公爵は抱き合い、熱いキスを交わした。長い長いキスを。
「ぷはっ。ダニエル、気持ちが通い合ったキスは最高なんだな!! 心臓だけでなく身体も火照って、体内がきゅんきゅんしてくるのもたまらない」
ダニエルは、何度もキスをせがむ可愛くてたまらないサーシャを強く抱きしめた。
2人の新婚生活はこれから始まる。
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