なんでも欲しがる妹は
「今までなんでもあげたわ。ぜんぶぜんぶ、妹のあなたに」
柔らかく笑う姉。
「だから、あなたの、婚約者をちょうだい」
勝ち誇ったような姿は美しかった。
「かわりに、私の婚約者をあげるわ。欲しかったでしょ? 私のお下がりだけを欲しがった可愛い妹」
「ええ、かまいませんわ」
エミリーは、嗤った。
エミリーは、ある日突然、貴族のご令嬢になった。母が亡くなってしばらくのことだった。父はなく、母の兄を頼って3人で暮らしていた。
「それがこの子の幸せなら」
そう伯父は言ってエミリーと別れた。
そのときに母の形見と渡された宝石には、見覚えがなかったが黙っているように仕草で伝えられた。それは美しくも禍々しい赤で、エミリーはすぐに片付けた。
伯爵家の暮らしは、今までとは全く違っていた。エミリーがしようとすることは笑われ、お嬢様とは違うと、生まれが卑しいのだから仕方がないと言われた。
全部、自分でできるようにならないとね、と教えてくれた母も伯父も笑われた気がした。
笑わないでと訴えれば、わがままで困るといきなりできた父に言いつけられた。その父は、やさしいようで冷たかった。なんでも望む通りにしてやりなさいと言いながら、なにも、結果を見ない。
新しくできた母は、母と呼ばせることに執着した。
あの女よりも私のほうが素晴らしいでしょうと。
忘れてしまいなさいと。
そして、庶子の子も大事にする私は、よくできた妻でしょう?と。
姉だけはエミリーにやさしかった。自分の持っているものを惜しげもなく、あなたに似合うわと渡してくれた。それが嬉しかった。
それが、わがままな子だから、仕方なくねと笑うまでは。
それでも、エミリーは姉から離れることはなかった。そうしている間は、この家の人はエミリーもお嬢さまのように扱ってくれるから。
いないもののほうがましだと思えるほどに、笑いはしないから。
「おうちにかえりたい」
エミリーのつぶやきは誰にも拾われない。
家に帰っても母も空飛ぶ箒もないが、伯父はいるはずだ。
伯父と二人の生活は、少し変だけど楽しかった。猫も遊んでくれたし、犬も背に乗せてくれた。寂しくないようにと花を咲かせてくれる樹も。
「かえろう」
そう思って、エミリーは屋敷を出た。思った以上に簡単で、拍子抜けしたほどだった。
エミリーは町を抜けようとしたが、門番がいた。そこは簡単に出れないのを彼女は知っていた。伯父がちゃんと通らないといけないのは面倒とか言っていたのを覚えていたのだ。
エミリーはちゃんと外に出る人の列に並び、そして、迷子として確保された。
あれ? と首をかしげている間に新しい母と姉が駆け付けた。いなくなってさがしていたのだと涙ながらに語った。
その言葉にエミリーはなぜか気持ち悪さを感じる。
「もう、外には勝手に出てはいけませんよ」
そう優しく諭しているように聞こえるのに。
エミリーは小さくごめんなさいと呟く。
ちゃんと、いなくなれなくて、ごめんなさいと。
その日から、エミリーには監視がついた。外に簡単には出ることができない。淑女としての教育も始まったが、それもすぐに終わってしまった。
まねっこね? と先生の真似をすれば、青ざめたような顔で見られた。すぐに新しい先生が現れ、同じようにすれば今度は悲鳴をあげられた。
3人、変えてもうそこでおしまいだった。
手に負えない、というのは、悪すぎて教えられないということだとエミリーは教えられた。不出来で、どうしようもないのは、血のせいかしらと新しい母はそうつぶやいてうつむき、嗤った。
そうであることを望まれている。
ということをエミリーは理解した。
そこからのエミリーはちゃんと覚えた通りにした。
姉のものを望み、わがままで愚かな娘。
父に笑いかけ、可愛がられることを見せつけ、得られぬものを見せつけるのはささやかな嫌がらせだった。
かつての母と似ていくことで、父がそうでないものになり果てても、エミリーは笑う。
母と同じように。
母の形見をうっかり仕舞い忘れたのは16の時だった。部屋のテーブルに出したままにした。
麗しくも気持ち悪い。両極端の感想を覚えるそれはエミリーは嫌いだった。伯父も嫌なものを押し付けてきたものだ。
その形見は、その日のうちに姉に見つかった。
綺麗ねという姉に、エミリーはこれは母の形見で大事なものと無邪気に話した。お父様にも見せたことがないの。大事に大事にしまっておいてと言われたから。
恐ろしいことがおこるの。そうついでに付け加えていた。そんな話は聞いていなかったが、こんな禍々しいものろくでもないことが起こるに違いない。
そして、数日もしないうちに見かけなくなった。エミリーは姉に聞いたが知らないと言い張った。もし、手にしたとして、いままでいろいろあげたからいいじゃないと開き直ったようなことも。
「災いを呼ばなくてもよいのに」
そう告げたときに姉は少しだけひるんだようだった。
そして、17の時にエミリーは姉の婚約者を見た。伯父さんほどかっこよくもないなという感想しかなかったが、相手はそうではなかったらしい。麗しいと褒めて、姉の機嫌を損ねていた。
母に似たエミリーの美貌は魔性とすら言われていた。エミリーの求婚者は多く、しかし、それは父の難色により退けられていた。
誰よりも良い夫を見つけてあげようというが、そんなつもりはないだろうとエミリーは思っていた。果ては修道院というのもあり得ると。
そうはいっても婚約者を見つけなければならない年にエミリーはなっていた。周囲も急かすようになって決めた相手は隣国の王子だった。見初めたというより、王命であった。両国の友好のために国一番の美女を贈る。そういうもの。
エミリーの婚約者は、獣人であった。竜は獣のうちかとエミリーはちょっと不思議に思ったが、気にしない。番というものが現れれば捨てられる運命にあるだけで、気持ちを持つのも難しい。
相手も番ではないエミリーを気に入ることはなかった。
代わりに姉を気にしているようだった。その身の上に同情しているようで、エミリーを敵視さえしている。
それに苦言を呈している姉の婚約者のほうがよほどまともに見えた。
不満のある婚約をお互いを慰め合うように、道を踏み外す。
ばかばかしいなとエミリーは思った。かわいそうなのはこっちだと。
姉の婚約者はエミリーの婚約者にすべてに劣ると落ち込んで、それはもうかわいそうなくらい凹んでいて、めんどくさかった。バカなのもっといい男になりなさいと叱咤激励していたら、仲が良いと勘違いされていた。
僕らにあるのは男らしい友情だと主張していたので、本気でバカなのかとエミリーは思っていた。誰が男だというと、僕の知っている中で一番男らしいから男と謎の超理論を出してきた。そこからはもう、諦めの境地である。
エミリーは18で隣国へ嫁ぐ約束をしていたが、その婚約は差し替えられた。
婚約者を変えても、同じ家から出ているのだからと世間は気にもしなかった。エミリーは新しい婚約者がちょっとばかり、いや、かなり鬱陶しかったが、それはそれで悪いとは思っていなかった。
仕上げを待つまでの間の退屈しのぎにはなる。
姉の婚姻に呼ばれエミリーは参列した。婚約者は都合悪く急病で国を離れられなかった。
「きれいね、お姉さま」
婚姻の儀に参加する前日、エミリーは姉の元を訪れた。
エミリーは笑った。過去の遺恨などなにもないかのように。
「ねえ、お姉さま、覚えている?」
「なにかしら」
「お母様の形見」
姉の表情がこわばった。
「番の選定をする石なのですって。伯父様がようやく教えてくださったわ。
今代の王は強すぎるから、隠しておいたと。それを砕いてのみこんだものが番になれる」
「そうなの?」
「ええ、あれがどこにあるかは知らないけれど、ちゃんと隠しておいてあるかしら」
「隠してあるんじゃないかしら」
「それならよかった」
今代は、強すぎる。
番を誰かの目にも見せたくもなく、自分だけのものにしたくなる。
一番、誰にもとられないのは、どこなのか。
エミリーは知っている。
伯父は、エミリーの父と新しい母、それからその姉を憎んでいた。母を殺してしまった、あの一族を。
エミリーを使って、復讐を考えるほどに。
「お姉さまもお幸せに」
エミリーは呟いて出立した。
その翌日行われた婚姻の儀は、血に染まった。
「愛しい人の血肉になれて幸せでしょ?」
誰よりも愛しいのならば、誰にもとられたくないなら、一つになってしまえばいいのだ。
私事ですがこれで100個目の投稿です。