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血のキス

 峰岸が教壇から降りて、ゆっくりと俺を見ながら近づいてくる。

 3歩ほど近づいてきたところで、またあの低い耳鳴りが聞こえてきた。

 思わず顔をしかめると、峰岸がその場で立ち止まる。


「耳鳴り、いま聞こえました?」

「ああ。これ、鬱陶しいよな」


 答えると今度は大股で歩き出し、7歩ほどで俺の真横に着く。

 峰岸の口中で、赤い舌ピアスがうねるのが見えた。


「だいたい7メートル。それが貴方の索敵範囲です。これは問題じゃなくて質問なんですけど、ミチル君、今日のお昼は学食でラーメンを食べましたよね? その間、耳鳴りは聞こえていましたか?」


 ……確かに食べたけど、なんで知ってるんだ。


「敵は誰だって、ずっと探してたから憶えてるぜ。耳鳴りは途切れることなく、ずっと聞こえてた。お前もしかして今日1日、ずっと監視してたのか?」


 ほとんど嫌悪と軽蔑の眼差しを向けると、峰岸はぶるりと体を震わせ、口元を緩ませて首を横に振る。


「私は教室でお弁当派なの。学食なんて、行かないわ」


「……待て。このクラスと学食までは、距離がある。俺の索敵範囲が7メートルなら――」


「この学校にもう1人、契約者がいることになるわね。そいつを仮に、契約者Aと呼びましょう。これは安心させるために言うのだけれど、おそらくそいつは、ミチル君の家族を殺した犯人とは違う人物よ」


「…………根拠は?」

「ミチル君がいま、生きていること」



 峰岸が俺の目をまっすぐに見て、言い放つ。



「仮に私が犯人Xなら、拒絶した事象が契約通りに叶ったか確認するわ。そして生きている家族を見て察する。他の契約者によって上書きされたんだってね。それは誰か? 有力なのは家族である貴方」


「……確かに俺でもそうする。宣言して間違えても、デメリットはないしな」


「だけど事故から今日まで、ミチル君に近づく不審者はいなかった。つまりXはミチル君の存在を知らないか、契約で得た能力によってミチル君の家族を殺したと推測できるわ」


「それがどうして、学校にいる契約者Aが、犯人Xじゃない理由になるんだ?」


「生きていてほしくないほどの拒絶って、とても重い感情よ。だからAが犯人Xなら、貴方は今頃、死んでいるはずだわ。だからミチル君が生きている今、契約者Aは――」

「犯人Xとは、別の人間だってことか」


 なるほど。

 契約を維持するためには、他者の契約を破棄させることで得られるエネルギーが必要だ。

 それを得るために、俺たちは戦いに巻き込まれている。

 契約者と契約内容が推測できるなら、そもそも観察などしないで俺を殺そうとするだろう。


「ひとまず見当もつかない犯人Xよりも先に、私たちが見つけるべきは身近にいる脅威。この学校にいる契約者Aよ。7mしかない索敵範囲で耳鳴りが途切れなかったことを考えれば、まず疑うべきはカモフラージュのため一緒に行動していた、ミチル君のお友達ね」


 心臓をえぐられたような気分だった。


「……俺の友達は、きっと違う」

「あら。確証なんて無いはずよ」


 長い黒髪をさらりと手櫛でとき、峰岸が言う。

 確かに確証はない。

 ただの俺の願望だ。それは、分かっている。


「契約者との戦いは、2つの段階推理に分かれているわ。1つ目は『契約者が誰なのか』。2つ目は『何を拒絶したか』。それを特定する必要がある。1段階目で敵に後れを取れば、それだけ不利になる。だからミチル君は私と一緒に、耳鳴りが聞こえる7mを目で測れるように訓練するべきよ」


「……いやだ」


 峰岸の言葉は至極真っ当で、論理的だ。

 感情抜きにすれば、俺は頷いていただろう。

 だけど、俺には感情がある。

 友達と敵対するなんて考えたくもないし、何より、峰岸の言う通りに動くのが嫌だった。

 多分この感情は、そう。

 なんだか腹が立つ、だ。


「お前が言ってるのはこういうことだろ? 友達を殺せってな」


 契約者の拒絶を言い当てることは、その者の死を意味する。

 俺には……いや。俺たちにはきっと、それはできない。

 だが峰岸は違うだろう。

 きっとコイツは、契約者Aが俺の友達だろうが、容赦なんてしないだろう。

 そんな気がする。


「だが目測で7mを把握する必要性は分かる。そこには賛成だが、練習は俺1人でやる」


 吐き捨てるように言って、帰るべく支度を始める。

 視線を落としてカバンを手に取ると、峰岸は両手で、俺の頬を挟んで無理やりに顔を向き合わせた。


 黒くて長い峰岸の髪が、風に揺られて綺麗になびく。

 至近距離で見るコイツの顔はとんでもなく美人で、笑顔で、死を彷彿とさせた。


「良いの? 私、死ぬよ。そしたら貴方、家族ごと死んじゃうけど」


 整った顔。きめ細やかな白い肌。

 可愛らしい笑みを浮かべる峰岸の目は、黒く、歪んでいて。

 その目は笑っておらず、本気だった。


「私を拒絶しないで。貴方は私と生きるの。だから、私とミチル君の共依存のため――」


 峰岸の顔が近づいてくる。

 抵抗する時間も、理解する材料も与えず。

 ――峰岸が俺に、キスをした。

 見開かれたままの俺の目が、助けを求めて動き回る。


 切れた唇がズキリと痛み、その隙間から、ぬるりとピアスの感触と血の味が入ってくる。

 そのキスはまるで、悪魔との契約のようだった。

 俺が突き飛ばすよりも先に、峰岸が自ら下がる。



「私と一緒に、そいつを狩りましょう」

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