契約者探し
憂いながら眠った、翌日の朝。
悪魔ベルを自室に置いて登校した俺は、頭を抱えていた。
教室に入ってからずっと、低い耳鳴りがするのだ。
まだ朝のホームルームも始まっていない時間だ。
教室の中には生徒がまばらで、学生カバンを枕にして突っ伏している者や、楽し気に友人と話して教室に入ってくる生徒もいる。
教室の1番後ろにある俺の席からは、全員の様子が見渡せる。
平常心を装いながら、俺はスマホを取り出した。
教室にいるのはクラスメイト25人中の13人。
耳鳴りの聞こえる範囲が上下を含めるなら、2階にある教室に契約者がいる可能性もあるが……。
登校中に、耳鳴りはしなかった。
耳鳴りが聞こえたのは、この教室に入ってからだ。
順当に考えれば、このクラスに敵がいる可能性が高い。
「立川、峰岸、田中……」
小さな声で呟き、教室にいるクラスメイトをメモる。
電源を切ったスマホを学生カバンにしまい、水筒のお茶で喉の渇きを潤す。
俺が気付いているのだ。
敵も俺に気づいて、探しているに違いない。
立ち回りを考えなければ。
差し当たって、1人での行動は止めるべきだろう。
相手が聞こえる『低い耳鳴り』の範囲は分からないが、少なくとも2人以上で行動することで、ピンポイントに俺が契約者であることは当てられなくなる。
そして重要なのは、いつも通りに振る舞うことだ。
不審な動きをすれば、それだけで怪しまれる。
いつも通りの行動を心がけなければならない。
幸い俺には、いつも一緒にいる友人がいる。
今日はずっとソイツと一緒にいよう。
虫が羽ばたくような低い耳鳴りを無理やり無視して、俺はホームルームと授業をこなした。
移動教室は必ず3人以上で動き、休み時間も友人と過ごした。
何の問題もなかった。
5時間目の授業で、俺と委員長が、2人きりになるまでは。
「望月と峰岸。準備室からホワイトボード持ってきてくれ」
「はーい」
授業が始まるまで、残り数分だった。
マッチョな数学教師に言われて、数学委員だった俺は、地味めな女の委員長と一緒に準備室に入った。
俺は委員長と仲が良くない。というより、俺は彼女のことをほとんど知らない。
いっつも自席で難しそうな本を読んでいるのだ。
はしゃいでいるところなんて、見たことがない。
委員長はいわゆる、陰キャだった。
様々な備品が置かれたカビ臭くて狭い準備津に入ると、ホワイトボードはすぐそこにある。
「もっと早く言ってほしいよな。授業が始まっちゃうぜ」
「ほんとね」
準備室に入ると、俺の隣にいる眼鏡をかけた委員長が答えた。
そして案の定、授業を知らせるベルが鳴る。
「ねえ、聞こえた?」
「ああ、始まっちまったな。まあいいだろ、ゆっくりいこうぜ」
キャスターのついたホワイトボードに手を添えて振り返ると、委員長は俺の目の前にいた。
その左手はホワイトボードには触れておらず、着用した白マスクをつまんでいる。
「そうじゃなくて、低い耳鳴りがさ」
思わず後ずさろうとして、できなかった。
ガシャン! とガラスが揺れる音がした。
備品棚にぶつかったのだ。
逃げ場がない。ないが、しかし慌てちゃダメだ。
この準備室の左右には教室があるし、俺は今日、1人にはなってない。
俺が契約者だとバレてはいないはずだ。少なくとも、確信はないはずだ。
「み、耳鳴り? いやあ、聞こえねえな」
長い黒髪をゆっくりと右手でかきあげて、委員長が詰め寄ってくる。
その右耳に、6個を超える大小様々なピアスが付いているのが見えた。
――俺がイメージしていた委員長じゃない。
委員長は息がかかりそうなほど詰め寄ると、そこでようやく足を止める。
俺よりも20センチは小さいだろう委員長が俺を見上げ、ついで左手でマスクを下げる。
「ンばぁ」
そしていきなり、俺に向けて舌を突き出した。
委員長の舌の先端には、赤色のピアスが付いていた。
だけど何をしたいのか、俺に何を見せたいのか、まったく分からない。
どんな目的があって、こんな――。
「そんなに考えちゃダメ。理由なんて、ないかもしれないでしょう? だって悪魔は、異常者にしか憑かないんだもの」
そう言って委員長は、俺の心臓にナイフを突き刺して、笑った。