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契約完了

「そんなことしても無駄だ。死んでるんだから」


 ふいに後ろから、悪魔の声がした。

 思わず振り返るが、どこにも姿が見えない。

 だけど、いるのだろう。見えないだけで。


「お前っ! 契約しただろう! 騙したのかッ!」


「騙しただなんて、とんでもない。契約の詳細を聞かなかったのは、お前の落ち度だろう?」


 ぞくりと背筋が凍る。

 そうだ、見た目に騙されるが、俺が契約したのは悪魔だ。

 そして俺は、家族が生き返るのならと、即座に了承してしまった。


「だが、お前は運が良い。わたしは慈悲深い悪魔として有名なのだ。お前が不利になる制約はかけなかったぞ」


 体温を失っていく母親をヒザから下ろして、前のめりに倒れた妹の脈を測る。

 喉元に手を当てるが、身体は冷たく、脈はない。


 ああ、いやだ。

 動悸がする。めまいがする。

 吐き気を催し我慢しながら、さっきまで悪魔がいた場所を注視する。


 泣き叫びたかったが、それも我慢した。

 昨日、悪魔が甘い声で唆してきたのはきっと、ただの気まぐれだ。


 今ここで対話しなければ。

 何としてでも、悪魔がここに居てくれるうちに、解決しなければならなかった。



「望月ミチル。お前が拒否したのは『家族の死』だ。お前とわたしの精神が繋がっている限り、お前の家族は死なぬ。切り刻まれても、どろどろに溶けても、必ず健康状態で生き返る」


 切り刻まれても、どろどろに溶けても、生き返る?

 果たしてそれは、人間と呼べるのか。

 生き返ってほしいという自分のエゴが、家族を怪物にしてしまった。

 そんな現実を拒絶したくて、できなくて、俺は血濡れた手で自分の頭を掻きむしった。



「いや、違う」



 妹は教師になりたいと言っていた。

 母だってやりたいことがまだあるだろう。

 俺は正しいことをした。

 未来を作った。

 これは正しい行いだ。


 自分を正当化して落ち着かせていると、悪魔が顔を歪ませて笑う。


「やはり、契約を迫ったのがお前で良かった。お前はあのとき最も可哀そうで、そして元より、異常者だ。清らかな心であれば、大切な家族をバケモノに変えてしまったことには耐えられまい」


 そして詰め寄り、俺の顔をのぞき込んで悪魔が言う。


「契約を反故にしようなどと思うなよ。その時点で、家族の魂は消えてなくなる。魂を守りたければ、寿命を全うしろ。……お前が拒絶したのは自然の摂理だ。不自然の摂理に囚われるのは、当然のことだろう?」


「もうやめてくれ。分かった、分かったから……!」


「そうか。ならば繋がりを戻そう。1度契約した以上、こう長く繋がりを断っては、わたしが罰せられるのでな」


 パチンっ! と音がすると、白目を剥いて口を開けたまま、妹と母が立ち上がった。

 俺の手から、頭から、ワイシャツから、地面から……。

 流れ出た血が宙に浮いて、列になって母の頭へと帰っていく。

 やがて流血した痕跡が無くなったところで、2人が意識を取り戻した。



「――帰ってきたところなの?」


 そして何もなかった様子で、母が続きを言った。





 悪魔から話を聞いて分かったことは、4つ。


 1つ目、悪魔・もしくはその契約者が許可した者にしか、悪魔の姿は見えない。


 2つ目、魂を喰われた者は自我がなくなり、転生ができなくなる。


 3つ目、悪魔は複数いて、その性格によって得意な『拒絶する事象』が違う。

 俺が契約したのは、慈悲深い悪魔のベル。彼女だったから、俺は家族を死なせずに済んだ。


 4つ目、契約を維持するために、俺は別の契約者と敵対することになる。



 俺は整理整頓された綺麗な自室で、ロリ悪魔のベルと対峙していた。

 シングルベッドに腰掛け、宙に浮いたままのベルに質問を投げかける。


「別の契約者と敵対するって、どういう意味だ」


「他者が交わした悪魔との契約を破棄させることで得られるエネルギー、それが必要なのだ」


「……他者の契約を、破棄させる?」


 それはつまり、俺の契約が破棄される可能性があるってことだ。

 寿命を半分失って得た結果を、失うかもしれないってことだ。


「ああ。お前も家族を守るために、わたしとの契約を破棄されないよう頑張るんだぞ。いいか、破棄させる条件は『契約者が何を拒んだか言い当てる』ことだ。お前は『家族の死を拒んだ』ことを、一生隠し続けろ」


 その条件を聞いて、俺は思わず微笑んだ。

 何も心配することはない。


 俺が『家族の死を拒んだこと』なんて、誰にも分かりはしないんだ。

 昨日の現実で事故現場を担当した警官も、当の本人たちも、誰も何も覚えていないんだから。


「俺しか知らない情報だ。この情報が洩れるわけがない」


「言っておくが、悪魔と契約した者には記憶が残るぞ。お前が『家族を失った過去』を忘れていないようにな。例えば敵が家族を殺した場合、蘇る家族を見て察するだろう。その対象が母か、妹か、その両方か……。言い当てるだけなら、当てずっぽうでもお前は負ける」


 悪魔のベルは器用に、空中で寝そべって言葉を紡ぐ。


「契約者にはそれぞれ、能力が与えられるのだ。お前が得たのは言うなれば、『自分を除く家族の不死身化』だ。お前自身には何のチカラもないから、戦闘になれば簡単に殺されるだろう。寿命以外の死は、契約の不履行。家族の魂は消えてなくなる」


 ……なるほど。

 悪魔の契約で実行される『拒む』とは、つまり事象の反転だ。


 不運を拒めば幸運に。

 金欠を拒めば金持ちに。

 拒んで反転させた事象がそのまま、契約者にとっての能力になるということだろう。


 そして『何を拒んだか』を言い当てられること、もしくは契約者の死で、拒んだ現実は元の状態に戻る。

 それを回避するために能力を使うべきだが、俺自身には能力がない。

 圧倒的に不利な気がするが、契約を維持するためには、俺は勝たなければならない。


「敗者の魂は、勝者の悪魔が捕食する。それが『拒絶』の効果を保つ唯一のエネルギーでな。最初の話に戻るが、それが必要なのだ」



「……悪魔と契約したヤツと普通の人間、見分ける方法は?」


「契約者が近くにいれば、重低音の耳鳴りがする。聞こえる範囲は、契約者によって異なるがな」


 ベルに言われて耳を澄ませると、意識すればするほど耳鳴りが聞こえる気がした。

 だが、高い音だ。低い音ではない。

 少なくとも、近くにはいないのだろう。


 俺は安堵しながらもこれからの日々を思い、自分の胸に手を置いて、ぎゅっと力をこめた。

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