第二十六話・学生寮へ
王都に着いたアレックス達は、その足で一路王都選公爵邸へと向かった。
そうして王都選公爵邸に一泊したアレックスは、翌日には王立アウレアウロラ学園の学生寮へと移動しようと準備を始めていた。
学園の寮に移るべく身の回りの荷物を整理していたアレックス。
その部屋に来客があったのは、そんな時だった。
「アリー、もう学園に行く準備をしているのかい?」
「えぇ、兄様。来小月には学園も始まってしまいますし、学生寮に入るなら早い方が良いかと思って……」
部屋にやって来たランドルフは、メイド達に用意させた品々を検分するアレックスに声を掛ける。
アレックスは一先ずその手を休めると、ランドルフに向き直った。
ランドルフは、その端正な顔に微苦笑を浮かべるとアレックスの下へと歩み寄ってきた。
「学園が始まるのは、来小月の春の季節祭が終ってからだろう?何も急ぐ必要はないんじゃないのか?」
「そうは言っても、高等部アウレアの学生寮への入寮自体は四月上小月一日目から始まっていますからね。まぁ、初等部アウロラの学生寮の引き払いは終わっていますから、入寮を急ぐ必要はそれほどないのですが……」
急ぐ必要はないのではないかと問うランドルフに対して、アレックスは思案気に首を傾げてみせる。
確かにランドルフの言う通り、高等部アウレアの学生寮への入寮は急いで行う様なものでもない。
王都に戻るべき実家が無い、故郷へは事情があって帰れない――旅費を工面するのが難しい地方から来た平民の学生に多い――といった者達でもなければ、初等部アウロラの卒業後の長期休みまで学生寮で過ごしている者は少ない。
とは言え、そういう学生がいないわけではないのだ。
「だったら、春の季節祭が終ってからでもいいんじゃないのか?」
迷う素振りを見せるアレックスの様子に、ランドルフは再び急がなくても良いと言う。
しかし、アレックスとしては出来れば早めに学生寮に入寮してしまいたかった。
「いえ、やはり早めに入寮してしまおうかと思います。学生寮には独特のコミュニティがありますし、あまり直前ではごたごたしてしまって慌しくなりますからね」
「そうか、確かにそういうものはあるだろうな……。貴族と平民でグループが分かれていたり実家通いと寮生活している学生でグループが分かれたりといった事は、僕も学生時代に経験しているからなぁ」
アレックスの言葉に、ランドルフは思い当たることでもあるのか渋い表情で頷いた。
「貴族同士だけでなくて平民の間にも派閥が出来たり、リーダーになると各派閥間の交流を調整したりするのが面倒臭いんだよなぁ……」
学生時代のあれこれを思い出したランドルフは若干遠い眼をして一人呟いた。
そんなランドルフに、アレックスは声を掛ける。
「まぁまぁ、兄様、春の園遊会には私もちゃんと出席しますから。寮に入っても、こちらに顔を出さないわけではありませんよ」
「それは、そうだよ。スプリングフィールド選公爵家主催の園遊会で、その家族が出席しないなんて事は無いからね。まぁ、良いさ。アリーには自分の考えがあるようだから、無理に引き止めたりはしないよ」
その時、部屋の扉をノックする音が響いた。
部屋付きのメイドが来訪者を確かめて、ランドルフに用件だと告げる。
「あぁ、仕事の催促だな。春の園遊会が近いせいで、おちおち休んでもいられないよ。折角、アンジェリーナと王都に来たんだから、一緒に王都観光でもしたい所なんだけど……」
「春の園遊会が終ったら、ゆっくりと出来る時間もとれますよ、兄様」
「まぁ、そうだな。それを褒美とでも思って頑張るとしようか」
邪魔したねと一言断ってから、ランドルフは部屋を出ていった。
アレックスは、ランドルフを見送ると荷物の検分を再開する。
そうしてその日の内に入寮の準備を終えたアレックスは、翌日には王立アウレアウロラ学園の学生寮へと入寮したのだった。
……
…………
………………
大陸統一歴2317年、4月中小月一日
ローランディア選王国、王都セントラル
王立アウレアウロラ学園高等部アウレアの学生寮にて――
「さぁ、久しぶりに帰ってきましたね。それでは、とりあえず部屋に行って荷物を置いておきますか」
高等部アウレアの学生寮の前に立つアレックス。
朝の清涼な空気が、新生活を祝福しているかの様に清々しく感じられた。
学生寮を見上げれば、その外観は初等部アウロラの学生寮とさして変わらない。
玄関を潜り抜けて学生寮の玄関ロビーに入れば、玄関脇の掲示板にとりあえずの部屋割りが掲示されている。
今、ここに掲示されている名前は初等部アウロラからの進学組のものだけだ。
この掲示板の部屋割りは、六日の入学式が終わる頃には高等部アウレアからの入学組の名前を含めて正式な部屋割りが行われる。
それまでは、初等部アウロラの成績を基にした部屋割りで仮入居という事になる。
「さて、今年はいったい何人が学術第一組にそのまま残れるんでしょうね……」
アレックスはそう独り言ちると、一旦荷物を置くべく自分に割り当てられている部屋へと向かった。
アレックスの部屋は、初等部アウロラの時と同様に学術第一組の首席の部屋が割り当てられている。
ロビーの脇にある螺旋階段を使って四階へと上がると、四階の一番手前、東側の部屋に入っていった。
部屋に入ったアレックスは、辺りを見回して部屋の作りを確かめる。
高等部アウレアの学生寮と言っても、アレックスにはその構造はさしたる違いが無いように思われた。
アレックスは部屋に入ると、直ぐに必要な荷物を出すととりあえずはクローゼットに押し込んだ。
正式な荷解きは、入学式の後に回すつもりだ。
アレックスとて初等部アウロラ卒業時の成績には自信があるが、高等部アウレアの入学試験の結果次第では部屋が変わる可能性は否定はできない。
今全部の荷物を荷解きをしてしまうと、万が一にも部屋が変わる事になった時に面倒だという理由だった。
本格的な荷解きをしないとなると、授業も始まっていない学園と言うのは存外にやることがない。
アレックスは少し考えると、部屋を出て一階のラウンジに移動する事にした。
ラウンジに移動すると、数人の生徒が寛いでいるのが見える。
アレックスが適当な籍を探そうとして周囲を見渡していると、ラウンジの一角から声を掛けてくる人がいた。
桃色の髪をきらめかせ、大人びた面長のキリッとした顔立ちをアレックスに向けて微笑んでいる。
「あら?アレックスさん!ご機嫌よう。貴方もようやく学園に戻っていらしたのね」
「あぁ、シェリーさん、ご機嫌よう。そちらも、もう学園に戻っていらしたのですね」
アレックスは、シェリーの座る席へと歩み寄っていった。
彼女は、北方領のランズベルク伯爵家の三女である。
「確か、シェリーさんのランズベルク伯爵家は、北方領ですよね?もう少し向こうでゆっくりしているものかと思っていましたよ」
「あら?心外ね。王立アウレアウロラ学園の学生として、学業を第一に考えるのは当然の事ですわ。私、先小月の頭には学園に戻っておりましてよ。卒業の報告と進学の準備だけなら、さして時間も必要ではありませんもの。アレックスさんこそ、どうされてたのかしら?」
学園の課題もこなさないといけませんしねと、シェリーは笑いながら答えた。
確かに、シェリーの言う通り、出されていた課題を解くのに学園に居るのは好都合ではある。
シェリーに促されて席に着きながら、アレックスは少し考えて口を開いた。
「私は実家で姉の結婚式があったので、それに出席していましたから」
「まぁ、それはおめでとうございます。それで、お姉さんはどちらの方とご結婚されたのかしら?」
アレックスは、シェリーにせがまれて結婚式について色々と話を聞かせていった。
そうしている内に、しばしの時間が過ぎていた。
「あら?シェリー、誰と話してって、アレックス君!戻って来たのね!」
アレックスとシェリーが話し込んでいると、ラウンジに姿を現した生徒の一団から声を掛けてくる女子がいた。
彼女は生徒の一団に挨拶の言葉を掛けると、生徒達の輪を外れてこちらに歩み寄ってくる。
薄緑色の髪をポニーテールに纏め、ブラウンの瞳は切れ長で細面の大人びた顔立ちをした少女だ。
彼女は動きやすそうな軽装のズボンとシャツを着て手拭いを首にかけ、その手には木剣を携えていた。
彼女の正体はリリー・フレメントール。
フレメントール準男爵家の長女で、アレックスとは入学時からの顔馴染みだ。
王立アウレアウロラ学園入学時は学術第二組だった彼女も、アレックス達と一緒に勉強する様になって第一組に上がって来ていた。
もう一人、生徒の一団からこちらへやって来る男子もいた。
その男子は、ヴァレリー・ヒューエンデンス。
西方領にあるヒューエンデンス侯爵家の五男で、こちらもアレックスとは入学時からの顔馴染みだ。
明るい茶髪に垂目気味の目元が愛らしい、まだ幼さを感じさせる顔立ちのアレックスの同級生である。
この四年で背は大分伸びたものの、童顔を気にする年ごろの少年だった。
「リリーさん、ヴァレリー、お久しぶりです。剣の鍛練ですか?」
「えぇ、アレックス、久しぶりね」
「アレックス君、お久しぶり!今丁度、午前の剣の自主鍛練が終った所なんだ」
アレックスは二人と挨拶を交わす。
すると、リリーは用があるからと自室へと戻っていった。
残されたヴァレリーは、シェリーに勧められてアレックスの隣に腰掛けた。
「アレックス君は、今日戻って来たの?」
「えぇ、つい先程、寮に着いた所です」
アレックスはヴァレリーを交えて近況について話を始める。
「……。あれ?エディはこっちに来ないのですか?」
エディことエドウィン・ストームエッジはヴァレリーの幼馴染で、西方領のストームエッジ子爵家の三男でもある。
「うん、そうなんだ。何でもお父さん、ストームエッジ子爵が、エディが首席を取れなかった事に随分ご不満だとかでね……。ほら、エディはストームエッジ子爵家の跡取りだろう?それで、エディには首席の肩書が欲しいんだよ」
王都だと君がいるからねと、ヴァレリーは苦笑いを浮かべてアレックスを見遣る。
「だから、首席を取れるように地元の学校に通わせることにしたという事ですの?」
シェリーは、なんだそれはと言う様な驚きを顔に浮かべる。
シェリーの言葉に、ヴァレリーは頭を振る。
「流石に、地元の貴族立と王立アウレアウロラ学園じゃ、同じ首席でも格が違い過ぎるよ。エディは西方領のフォールプレイン選公爵立ノビリタス学園に進学する事になったんだ」
そうして三人が話をしていると、先程は用があると言って別れたリリーが再びやって来た。
先程までの動きやすそうな軽装と違って、今は瀟洒なスカートに着替えている。
「あぁ、やっぱりまだお喋りしてたのね」
間に合って良かったと、小さく零したリリーはアレックス達に向き直ると居住まいを正した。
「もうお昼になるでしょ?良かったら皆で一緒にお昼にしない?」
一応、寮にも食堂はあるのだが、学生寮の食堂は朝夕のみで昼はやっていない。
そこで、リリーの誘いに応じて、アレックス達は四人で揃って食堂へと行くことにしたのだった。




