第二十五話・王都へ
結婚式の翌日。
早くもアレックスの姿は魔導飛行船の船内にあった。
空港を発った魔導飛行船が徐々に高度を上げていく中、アレックスは魔導飛行船後部展望室に足を運んでいた。
展望室には、領都スプリングフィールドへと向かう商人や旅人等の姿がちらほらと確認できた。
アレックスが展望室の疎らな人波をぬうようにして窓際まで歩み寄ると、少しづつ小さくなっていくポルトゥースの街の様子が一望できた。
そうして、魔導飛行船の船窓からの景色を眺めながら、アレックスは昨日の事を思い返していた。
昨日は、結婚式の終った後に城の大ホールへと移動をして披露宴が行われた。
城の大ホールで行われた披露宴は、立食形式で執り行われた。
最初に新郎新婦による挨拶が行われ、続いてオルランド伯爵による挨拶と乾杯が行われた。
その後は、直ぐにオルランド伯爵家に挨拶を希望する貴族がオルランド伯爵の前に列を成していた。
結婚式に参列した貴族達が新郎新婦とオルランド伯爵へ挨拶を終えた後には、オルランド伯爵家の陪臣達が新郎新婦に挨拶と祝いの言葉を述べるべく列を成した。
その横で、新郎新婦へのお祝いを述べ終えた貴族達はスプリングフィールド選公爵家の面々に挨拶をするべく列を成していった。
披露宴としてはこのための立食形式ではあったとは言え、列を成す貴族を相手に愛想を振りまくのは、アレックスにとってはかなりの苦痛を伴う作業であった。
作り笑いの笑顔を張り付けてこちらを値踏みする様にうかがう貴族を相手に、失点を出さない様に無難に対処して列を捌いていくのは中々に神経をすり減らす作業だった。
「いくら形式的な物とは言え、披露宴の主役を差し置いてまでと言うのは……」
披露宴での貴族達の事を思い出して、アレックスは疲れた様にため息を零した。
アレックスがぼんやりと外の景色を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「アレックス君、こんな所に居たのね。……、ポルトゥースの街の様子が気になるのかしら?それとも、レスリーの事でも考えていたのかしら?」
「義姉様?う~ん、どちらもですかね。ところで、こちらにいらして大丈夫なんですか?」
振り向いたアレックスの眼前に居たのは、アレックスの義姉のアンジェリーナだった。
展望室へとやって来たアンジェリーナに、アレックスは疑問を投げかける。
「えぇ、義父様から、貴方の様子を見てくるように言われたのよ」
そう言って、アンジェリーナは肩をすくめてみせる。
「本当の事を言うと、この船に便乗してきた貴族達の相手なんかしたくなかったからなんだけど……」
「次期スプリングフィールド選公爵夫人としては、それで良いんですか?」
「良いのよ……。第一、招かれたわけでもないのにこんな船の中にまで押しかけてくるような貴族なんて、大抵はろくなものじゃないわ」
そうして、アンジェリーナはアレックスの隣に並び立つと眼下に望むポルトゥースの街の様子に目を留めた。
「今頃は、ポルトゥースの街ではお祭り騒ぎかしらね」
「そうでしょうね。お昼からは、新郎新婦の姿を民衆にお披露目するためのパレードもあるそうですからね」
アレックスはアンジェリーナの方に顔を向ける。
「義姉様達の時は、どんな感じだったんですか?」
アレックスの疑問に、アンジェリーナは少しだけ思案気に首を傾げて答えた。
「そうねぇ。スプリングフィールドの街全体がお祝いムード一色といった感じで、騒々しいくらいに賑わっていたわね。三日三晩くらいは、お祭り騒ぎが治まらなかったわよ」
アンジェリーナも外の景色からアレックスに顔を向ける。
「アレックス君には、本当なら私達の結婚式にも出席して欲しかったのだけれどね……」
「そうですね、正直に言えば少し残念です。学園の方でまとまった休みを取れたらよかったのですけれど……」
「仕方がないわよ。エクウェス学園なら実家通いでまだしも融通が利いたのでしょうけれど、王都に居たのでは気軽にスプリングフィールドまで帰ってくる事は出来ないものね」
アンジェリーナは、アレックスの言葉に苦笑を浮かべる。
二人はしばらくの間、遠くなっていくポルトゥースの街を眺めながらとりとめのない雑談に花を咲かせた。
そうしてしばらく時間のたった頃だった。
展望室へスプリングフィールド選公爵家の執事が姿を見せる。
執事は展望室を見回してアレックス達の姿を認めると、そっと静かに二人の下へ歩み寄ってきた。
アレックスの傍まで来た執事は、二人の脇に控えるアランに近寄ると声を上げた。
「失礼します。昼食の用意が整いました」
執事の言葉を聞いたアランは、一つ頷くとアレックスに声を掛ける。
「坊ちゃま、アンジェリーナ様。ご昼食の準備が整ったとの事でございます」
「そうですか、分かりました。それでは義姉様、行きましょうか」
「えぇ、そうね。行きましょうか」
こうして、執事に先導されながら、アレックスとアンジェリーナの二人はフレデリックやキャサリンの待つ食堂へと場所を移したのだった。
……
…………
………………
スプリングフィールド選公爵家の一行が領都スプリングフィールドへと戻った後……
アレックスは、王立アウレアウロラ学園から出されている幾つかの課題をこなしながら時を過ごしていた。
そうして時が過ぎ、四月上小月八日目。
その日は朝からよく晴れ渡り、春の日差しが暖かな日だった。
「いよいよ今日が出発の日ね」
朝食を取るために集まった食堂で、キャサリンがアレックスに言葉を掛けてきた。
「そうですね、母様。長い様で短いお休みでした」
「あなたの事だから心配はしていないけれど、学園から出ている課題はきちんと終わらせたのかしら?」
「はい、母様。問題なく終わらせてあります」
なら良いのよと頷くキャサリンの横で、フレデリックが口を開いた。
「アレックス。王都で行われる今年の春の園遊会には、私達の代わりにランドルフとアンジェリーナが行くことになった。お前が王都に戻る魔導飛行船の便に同乗して、二人も王都に行くことになる」
フレデリックの視線に促されてランドルフが頷いた。
「僕も次期スプリングフィールド選公爵として父様の名代を務められるようになったからね。今までは四年に一回の王都の園遊会の担当をする時には、父様が主催するか母様が代理を務めていたけれど」
ランドルフの言葉に、アンジェリーナが神妙な表情を浮かべる。
「私達にとっては、初めての大きなお仕事になるのよね。しっかりと務めを果たさないと……」
緊張した面持ちを浮かべる二人を見て、フレデリックは苦笑を浮かべてランドルフを見遣った。
「今からそんなに緊張していては身が持たんぞ。それに、王都館には王都詰めの者達もいる。何かあればその者達の力を借りれば良い」
「はい、分かりました、父様。それでは、王都では彼らの力を借りる事にします」
「うむ、そうしなさい。家臣を上手く使うのも、当主としての仕事の内だ」
それから、朝食を終えたアレックスは王都へ出発する前の最後の支度を整えた。
しばらくすると、出発の時間を告げる使用人がアレックスを呼びに来る。
アレックスが玄関に行くと、既にランドルフとアンジェリーナが待っていた。
「さぁ、アリー。出発しようか」
「アレックス君。王都までの道中もよろしくね」
三人は揃って馬車へと乗り込む。
フルグファヴェノ空港に到着すると、毎度の様に東方領方面航空管理局のヤッカミン局長が出迎える。
三人はヤッカミン局長の先導で貴賓用の待合室へと案内された。
三人を案内したヤッカミン局長が立ち去ると、アレックスが口を開いた。
「あの方……ヤッカミン局長は、私達のいつも出迎えに来ますけれど、それでいいんでしょうかね?」
「良いんじゃないか?あの人はあれで仕事はできる人みたいだし。多分、顔を売っておきたいんだろうね」
アレックスの疑問にランドルフが笑って答えた。
二人が話している間に、アンジェリーナが待合室の接客係にお茶を頼む。
すると、すぐさま三人のお茶が用意された。
その対応の速さに、アンジェリーナは感心して笑顔を浮かべる。
「随分と手際が良いのね」
「いや、それはヤッカミン局長が手をまわしているんじゃないかな」
素直に感心していたアンジェリーナに、ランドルフは苦笑を浮かべる。
アレックスは、そんな二人を横目にお茶を一口飲むと二人に声を掛けた。
「兄様、義姉様。魔導飛行船の出発まではまだ少し時間があるようですから、お茶を飲みながらゆっくり待ちませんか?」
アレックスの提案に二人は頷くと、テーブルの上のカップを手に取った。
「それもそうだな。……なんだ、結構いいお茶を使っているじゃないか」
「そうね。それにお菓子の方も良い感じだわ」
そうして、魔導飛行船の出発時間が来るまで、三人は取り留めのない話に興じるのだった。




