第二十二話・事件
アレックスが建ち並ぶ店をのぞきながら通りを進んでいると、その何軒か先の商店から我先にと人が飛び出してきた。
「きゃぁ!」
アレックスの耳に悲鳴が聞こえてきたのは、そんな時だった。
恐怖に歪んだ必死の形相で逃げる人と突然の悲鳴に困惑して訳が分からず立ち尽くす人の波が、ぶつかり合って混乱に拍車をかける。
アレックス達から見ると、混乱した人波がその視線を遮ってしまい、この先で何が起こっているのかを覆い隠してしまう。
そうしている内に逃げ惑う人波に押されて、アレックスとギルバート、その護衛達が引き離されてしまっている事に、アレックスは気が付いた。
「ギルバートさん!」
「アレクサンダー君!」
アレックスは周囲を見渡すが、押し合いへし合いする人々に阻まれてギルバートの姿は見えない。
どうするべきか逡巡したアレックスの耳に、再び悲鳴と怒号が聞こえてきた。
「きゃぁ!」
「どけぇ、邪魔だ!ぶっ殺すぞ!!」
緊迫した雰囲気の悲鳴と怒号を耳にしたアレックスは、素早く周囲を確認した。
混乱した人波は背の低いアレックスから視界を奪い、悲鳴と怒号はその緊急性をひしひしと伝えてくる。
やむなしと決断したアレックスは、ギルバートと合流する事は諦める。
右往左往する人ごみを、小柄なこの身でかき分けて進む事は不可能だった。
だからこそ、アレックスは力を込めて跳び上がる。
一瞬にして三階の屋根上まで届く程に高く跳躍したアレックスは、素早く現場を俯瞰した。
見れば、何軒か先の店先で数人の男達が刃物を振り回している姿が確認できた。
その内の一人が、路上で倒れ伏す女性に向けて手に持った刃物を振り上げている。
男の振り上げた刃物が、今まさに倒れ伏す女性に振り下ろされんとした時だ。
アレックスは、空を蹴った。
「剣技、鷲爪襲撃」
アレックスの体は、上空から獲物に襲い掛かる猛禽のごとくに地上へ向けて猛突進する。
彼我の距離を一呼吸も無い間で詰めたアレックスは、空中から刃物を持った男に襲い掛かる。
「うわっ!何だ、てめエギョ!!」
空から降ってくる瞬間、男と交差したアレックスは、手刀で男の手から刃物を叩き落とす。
そして、着地して沈み込んだ姿勢から一歩踏み込んで男の懐にその身を潜り込ませたアレックスは、勢いそのままに相手の鳩尾へ肘を叩き込む。
急所にキツイ一撃を受けた男は、呻きを上げながら崩れ落ちる。
倒れ込んだ男の脇をすり抜けて、アレックスは素早く二人目の男に向き合った。
「このがキャブゥ!」
男の振り回す刃物を頭を下げて搔い潜り、その懐に潜り込んで伸び上がる様に掌底を突き上げる。
顎を打ち上げられた相手の頭が仰け反って棒立ちになった所で、アレックスはさらに一歩踏み込んで肩から相手の鳩尾に当て身を喰らわせて吹き飛ばす。
「てめぇクソガキが!ぶっ殺してやルォグェ!!」
吹き飛んだ男の様子を見て頭に血を昇らせたらしき別の男が、刃物を振り上げてアレックスに襲い掛かる。
アレックスは半歩下がって振り下ろされた刃物を交わしながら、男の刃物を持つ手を払うとその手を掴んで引き寄せる。
引き込まれてバランスを崩した相手の足を払って、倒れ込んだ男の首筋に手刀を叩き込んだ。
その勢いのまま手刀を振り抜けば、相手の体はクルリと一回転して地面へ叩きつけられた。
「何なんだ、このガキ?チクショウが!逃げるぞぉ!!」
手早く三人の男を制圧したアレックス。
その有様を見ていた最後尾の男は、アレックスに背を見せると一目散に逃げだした。
男が刃物を振り回すと、その進路上の人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「きゃぁ!」
「助けてぇ!」
そうして開けた道をめがけて男が走り出す。
アレックスと背を見せて逃げ出す男の間には少々の距離があった。
「万物に宿りし魔素の力よ、その力を滞らせその働きを止めよ、そは彼の者の身を縛る枷となれ、抵抗貫通力最大化魔技、身体拘束」
アレックスは、背を見せて逃げる男にその手をかざす。
不可視の力が逃げようと足を踏み出した男にまとわりつくのが、魔技を放ったアレックスには感じられた。
次の瞬間、逃げ出した男の足が止まる。
「なんだ?体が動かない?……チクショウ!何しやがった?」
慌てた男が罵声を上げる。
アレックスは、落ち着いて辺りを見回した。
幸いにして、最初に男に襲われそうになっていた女性に怪我は無い様子だ。
アレックスが制圧した男達をどうまとめようかと考え始めたその時、周囲の人垣を割ってギルバートが現れた。
「一体何の騒ぎだ?何があった?……アレクサンダー君?そいつ等は一体?」
「武装して暴れていた男達です。……武装強盗の類でしょう」
アレックスは、地面に落ちた男達の持っていた袋を検める。
袋の中には、乱雑に金品が放り込まれている。
「強盗?……おい!この不埒者どもを捕らえろ!」
ギルバートは、人垣を割って遅れて現れた護衛の男達に指示を飛ばす。
ギルバートの指示を受けて、護衛の男達はキビキビとした動作で制圧された男達を拘束していく。
アレックスは制圧した男達の持っていた刃物を一瞥すると、男達の出てきた――強盗に入られた――店に駆け込む。
地面に転がる複数の刃物。
その内の一つは、血に塗れていたのだ。
アレックスが店内に入ると、血を流した男性を囲むように人が集まっていた。
男性の傍らで、女性が縋り付いて声を上げている。
「店長、しっかりしてください!」
「あぁ、あなた、しっかりして!誰か、誰か助けてちょうだい!誰かぁ!」
アレックスは、すぐさま怪我人の下に駆け寄る。
「こら、子供が近寄るもんじゃないぞ!」
「怪我人の容体を、こちらに見せてください!」
「誰?何を?」
アレックスは懐からフェルネス教団の聖印を取り出して見せる。
それを見た女性は驚きに目を見張った。
「フェルネス様の神聖術士の方ですか!お願いします、主人を助けてください!」
アレックスに縋り付く様にして、女性が懇願してくる。
アレックスはそれを押しとどめると、落ち着いた声で語り掛けた。
「落ち着いて、怪我人を見せてください」
「あぁ、お願いします」
アレックスは怪我をして呻く男性の傍らに跪くと、注意深くその容体を確認した。
男性は、背中をバッサリと切られている。
傷は深いものの、幸いな事にまだ治療は間に合う。
アレックスは、傷付いた男性を抱え起こすとその手が血に汚れるのも構わずにその傷に手を当てる。
そして、意識を集中して祈りの言葉を唱える。
「法と秩序の神フェルネスよ、慈悲深き御手にて癒しを与えたまえ、彼の者を苛む深き傷を消し去り給え、神聖術、大治癒」
店内の人々の見守る中で、男性の背中の傷がみるみる塞がっていく。
やがて、カハッと音を立てて男性は大きく息を吸い込むとその目を開いた。
「ここは……。私は一体……?そうだ、いきなり男が刃物を取り出して!」
意識を取り戻した男性は、ガバッと勢いよくその身を起こす。
それを見た人達から歓声が上がった。
「あなた!あぁ、良かった、無事で……」
身を起こした男性に、傍に寄り添っていた女性は抱き着いて喜びの涙を流した。
いまだ事態を飲み込めない男性は、当惑した様に女性に声を掛けた。
「おい、お前、苦しいじゃないか。一体、何がどうなっているんだ?」
「こちらの方が、あなたを助けて下さったのよ」
女性から話を聞いた男性は、女性に支えられながら立ち上がるとアレックスに向き直った。
「危ない所をお助けいただきまして、ありがとうございます」
「いえ、手当てが間に合って何よりです」
男性の話によれば、彼はこの店の店主であった。
来店客の応対に出た妻が突如正体を現した強盗に切り掛かられそうになって、咄嗟に庇って怪我を負ったという事だった。
ひとしきり、店主や彼の妻、従業員達から感謝の言葉を受けている所に、外の強盗犯どもを拘束し終えたギルバートが店内へとやって来る。
ギルバートの後に続いて、衛士と思しき武装した男が一人追随している。
「アレクサンダー君。こっちは、駆け付けた衛士達に連中を引き渡し終えたよ。そちらは?」
アレックスは、ギルバートに店主を紹介すると店内の状況を説明した。
「なるほど、危ない所だったね。しかし、アレクサンダー君が神聖術士だったとは知らなかったな」
「まぁ、わざわざ喧伝して回る様な事ではありませんから……」
「ともあれ、そのおかげで大切な領民の命が救われたんだから、そこは感謝をしないとね。ありがとう、アレクサンダー君」
ギルバートの感謝の言葉を、アレックスは素直に受け取ることにした。
そうして、事情を聴くためギルバートに続いてきた衛士の様子に、アレックスは正直に状況を話して聞かせた。
犯人も、全員を取り押さえる事が出来ている。
アレックスやギルバートの立場も鑑みて、衛士詰め所に同行を求められることもなく二人は解放されることになる。
衛士からも感謝の言葉を受けながら、アレックスはギルバートと共に店を出た。
立ち去り際に店主の妻からズシリと重い心付けを渡されたのだが、アレックスは少し考えてからこれを受け取った。
「さて、ちょっとごたごたしてしまったし、そろそろ城に帰ろうか?」
ギルバートが、アレックスに問いかけてくる。
その言葉に、アレックスも頷いた。
「そうですね。こんな事があって、ゆっくり市内観光という気分にもなれませんから……」
いまだに、事件のあった店先では野次馬の人だかりで溢れている。
アレックスは、流石に今から呑気に観光の続きをという気持ちにはならなかった。
結局、アレックスの希望で少々の寄り道だけ済ませて、二人は城へと戻ったのだった。




