第十九話・歓迎会の席で
走り込みを終えた後は、素振りと打ち込み稽古、掛かり稽古の順番で鍛練を行う事になった。
いよいよアランから指導を受けられるとあって、オルランド伯爵家諸侯軍の軍兵達は皆勢い込んで鍛練に励んでいた。
素振りと打ち込み稽古が終り、掛かり稽古が始まるまでだった。
軍兵の男達が、アランを前に構えを取る。
そうしてアランに打ち掛かっていくのだが、構えに少しでも隙があるとアランは容赦なく打ち返していく。
掛かり稽古が始まって、アランが打ち込みをする様になるとその鋭い打ち込みを受けきれずに打ちのめされる者が続出した。
次々とアランに打ちのめされていく軍兵の男達。
朝の鍛練が終る頃には、中庭は死屍累々と言った有様になっていた。
ギルバートも、汗だくになって地面に座り込んでいた。
そうして、アランの指導によって散々に打ちのめされて地面に座り込む軍兵の男達の様子を、ギルバートはアレックスと共に眺めていた。
「我が家の軍兵の練度は並みじゃないと思っていたんだけど、これを見ると自信を無くすなぁ」
ギルバートが嘆息すると、アレックスは彼らをフォローするように言葉を紡いだ。
「アランのしごきについていこうという気概だけでも、大したものですよ?並の相手なら、掛かり稽古にもなりませんから」
「僕も気を使われているようじゃぁ、駄目だね。アレクサンダー君相手に、ただの一本も取れなかったわけだし……」
そう言って、ギルバートは勢い良く立ち上がった。
そばに寄ってきたメイドから水と手拭いを受け取ったギルバートに、アレックスは少し考えてから声を掛けた。
「どうします?もう少し続けますか?」
「いや、残念だけど、もう終わりかな?」
アレックスがギルバートの視線の先を辿ると、アランが二人の下に歩み寄って来ていた。
「アラン、もう終わりですか?」
「はい、坊ちゃま。この辺りでおしまいにしておいた方が宜しいでしょう。皆様、もう立つこともままならない有様のようでございますから……。無茶をしても良い事など一つもございません」
アランの言葉に、ギルバートは苦笑を浮かべた。
「いや、その割には走り込みなんかは、結構無茶だったと思うんですが……」
「無茶ではありませんとも。自分がどこまでやれるのか、限界を知っておく事も戦士としての必要な知識でございます」
「そう言われると、返す言葉もないですね。さて、それじゃ僕は彼らと後片付けをしますから、アレクサンダー君とアランさんは、先に上がっていてください」
そう言うと、ギルバートは未だに中庭の一角でうずくまっている軍兵の男達の方に歩み去って行った。
アレックスの下には、彼を呼びに来た城のメイドとアランが残された。
アレックスがメイドの方に振り向くと、メイドは深々と一礼する。
「お客様、間も無くお昼の準備が整います。お食事の前に、お体を清められてはいかがでしょうか?」
「そうですね。少しばかり汗もかいた事ですし、そうしましょうか」
「それではお客様、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
そうして、城のメイドに案内されて、アレックスとアランは浴場へと移動をするのだった。
……
…………
………………
その日の晩は、オルランド伯爵家によるスプリングフィールド選公爵家の歓迎会が開かれた。
とは言っても、内々のものである。
周辺領地の貴族達を交えた正式な晩餐会は、後日別に開かれることになっている。
城の食堂にはフレデリック達スプリングフィールド選公爵家の面々と、その対面にオルランド伯爵夫妻とギルバートが並んで座っている。
その食卓には、港町ポルトゥースらしく様々な種類の魚介料理が並んでいた。
「……という感じだったんです。アランさんの鍛練は本当に厳しかった様で、鍛練に参加した軍兵の皆は鍛練の終った後もしばらくまともに動けなかったんですよ」
そう言って、ギルバートは午前に行われた鍛練の様子を話し終えた。
「ふむ、それはいかんな。我がオルランド伯爵家諸侯軍の軍兵は金船兵団の兵士にも劣らない、青龍騎士団の騎士にも聞けを取らぬ精兵ぞろいと思っていたが……」
ギルバートの話を聞いて、オルランド伯爵は渋い表情になった。
「全く、私がいればそんな無様は晒させなかったものを……」
そう言って難しい顔になったオルランド伯爵を見て、フレデリックは苦笑を浮かべて口を開いた。
「まぁ、こういっては何だが、アランの剣の鍛錬は並ではない。オルランド伯爵家諸侯軍の軍兵が精強な事は有名だが、それでもアランの鍛錬を耐え抜くにはそれ以上の腕前が必要なのだ。掛かり稽古までやり切ったのであれば、十分に称賛に値する」
「そうですか?まぁ、閣下がそうおっしゃるのであれば、そうなのでしょうな」
フレデリックの言葉に、オルランド伯爵は渋々といった表情で頷いた。
二人の遣り取りに、ギルバートはウンウンと頷いて口を開く。
「そうですよ、父様。僕も鍛錬を受けましたが、あれはキツイですよ。正直に言って、今までの自分の鍛錬は何だったのかと思ったほどです」
ギルバートのボヤキともとれる発言に、オルランド伯爵が興奮した様に声を上げた。
「おぉ、それだそれ!聞けば、領都スプリングフィールドに行っている間にアラン殿から直接の指導も受けたそうではないか!」
「いや、あれはアレクサンダー君の鍛錬のついでに相手をしてもらっただけだよ、父様」
オルランド伯爵の問い詰めるような物言いに、ギルバートは苦笑を浮かべる。
そんなギルバートの態度に、オルランド伯爵の表情が怪訝なものになる。
「うん?そうなのか?しかし、そうするとスプリングフィールド選公爵家のお子達は、皆アラン殿の鍛錬を受けておられるという事かな?」
オルランド伯爵の問いかける様な視線を受けて、フレデリックは鷹揚に頷いて見せた。
「まぁ、多かれ少なかれアランが剣の鍛錬に関わっているのは確かですな。ランディとレスリーの鍛錬に関しては、私もかなり積極的に指導をしたものだが……。しかし、アレックスの鍛錬はほとんどアランに任せていたからな。そういう意味では、みっちりとアランの鍛錬を受けているのはアレックス位のものだな」
そう言って、フレデリックはちらりとアレックスの方に視線を動かした。
その様子に、オルランド伯爵は感心した様子でアレックスを見遣った。
「ほぅ、そうなのですか。そうすると、アレクサンダー君は相当な腕前なのでしょうなぁ」
「そうですな。親の贔屓目と思われるかもしれませんが、相当な腕前ですよ。どうだ?アラン」
フレデリックは、背後に控えるアランに問いかけた。
フレデリックの問いを受けて、食堂に集った一同の視線がアランに集まる。
それを見て、アランは一礼すると口を開いた。
「はい、旦那様。そうでございますな。私ではもはや坊ちゃまにお教え出来る事もないかと……」
「おぉ、かのアラン殿にそこまで言わせるとは!アレクサンダー君の腕前は、本物という事ですな!」
アランの発言を聞いて、オルランド伯爵は驚きの声を上げる。
それに比べて、ギルバートは納得したような表情を浮かべて頷いていた。
「そうなのよね!アル君ってば本当にすごいんだから!」
レスリーが、嬉しそうに隣に座るアレックスを抱きしめる。
「こらこら、レスリー?食事の席ではしゃぐだなんて、レディとしてはしたないでしょう?」
「良いのよ、義姉様。今日は内々の会なんだし」
そう言って、レスリーは益々アレックスを強く抱きしめた。
「全く……」
そう言うと、アンジェリーナは呆れた様に溜息を吐いた。
アレックスはと言うと、レスリーのなすがままにされていたのだった。
その様子を見たフレデリックは、一つ咳払いをするとオルランド伯爵に向き直った。
「我が娘がみっともない所をお見せしている様で、いやはや面目もない……」
眉間に皺を寄せるフレデリックを見て、オルランド伯爵は苦笑を浮かべる。
「いえいえ、家族の仲が良いのは、大変良い事ではないですか。我が家は息子が一人ですからな。私もオルランド伯爵家の継承に絡んで兄弟とは色々ありましたから、仲が良いのは羨ましくもあります」
そう言うと、オルランド伯爵はレスリーとアレックスの様子を見遣る。
いまだにレスリーはアレックスを抱きしめて可愛がっていた。
アレックスも慣れた――諦めているとも言う――もので、大人しくレスリーに抱き締められ続けていた。
その様子に、オルランド伯爵は気分を害することなく笑顔を浮かべる。
オルランド伯爵の寛容な態度に、アンジェリーナは安堵のため息を吐くと笑顔を浮かべ、フレデリックは眉間の皺を解いた。
そうして、話は剣の鍛錬の話からポルトゥースの街の様子等へと話題を変えていく。
その後も一同の笑顔が絶える事は無く、オルランド伯爵によるスプリングフィールド選公爵家の歓迎会は和やかな雰囲気で進んでいったのだった。




