第十七話・オルランド伯爵領、到着
アレックス達の乗った魔導飛行船は、その日の夕方には東方領東部沿岸地域の要衝の一つ、港町ポルトゥースへと到着していた。
アレックスはというと、レスリーとギルバートと共に魔導飛行船の展望室へとやって来ていたのだった。
展望室からはポルトゥースの街を見下ろす事が出来る。
その町並みは楕円を長径で二つに割った様な形で、細長く海岸線に張り付く様に立ち並ぶ形をしているのが見て取れる。
ポルトゥースの街は三重の城壁と堀で区切られており、街の中央やや北側に位置する場所には城壁に囲まれた小さな丘がある。
城壁で囲まれたその丘の上には、立派な城が建っているのも見えた。
海岸線の方はというと幾つかに区切られた港として整備されており、いくつもの大小様々な船が係留されていて、上空からでも人々の行き交う人波の多さが望める。
そして、街の北側――一番外側の城壁と二番目の城壁の間――と中央――二番目の城壁の内側――の港には一際大きな船が幾つも停泊しており、北と中央の港のそばには大きな建物が立ち並んでいるのが見えた。
「わぁ、あれがポルトゥースの街なのですね?聞いていた通り、とても大きな街なんですね」
「あぁ、そうだよ、アレクサンダー君。街の北側に見える大きな港とそのそばの建物が建っている大きな敷地が金船兵団の使っている軍港と駐屯基地で、中央側に見える大きな港は北回り航路を主軸とした商業港になるんだ。それと、街の中央近くに城があるのが見えるだろう?あれがオルランド伯爵家の城だよ」
そうしてアレックスとギルバートが話をしていると、魔導飛行船が徐々に高度を下げているのが分かる。
高度を下げた事で、遠くに見下ろしていた街の様子がよりはっきりと分かるようになった。
ここから遠目に見えるだけでも、街には多くの人々が行き交っているのが良く分かる。
「ポルトゥースの第二外壁の外側、街の北西方向に広い空き地があるのが分かるだろ?あそこがポルトゥースの魔導飛行船発着場なんだ」
魔導飛行船は徐々に高度を下げながら、その進路を街から北西に変えた。
魔導飛行船が進路を変えた事で、展望室からの眺めでもポルトゥースの街と魔導飛行船発着場の位置関係が良く分かるようになる。
それと同時に、ポルトゥースの第二外壁の城門から外へ出てきた馬車の列が発着場へと向かっているのが見える。
「あぁ、迎えの馬車も来ているようだね」
「そうなのね?そうすると、もうすぐ着陸だわ。それじゃ一旦、部屋へと戻ろうかしら?アリーは先に戻っていてくれるかしら?」
ギルバートの言葉を聞いて、レスリーがアレックスに部屋へ戻る様に促してくる。
「はい、分かりました、姉様。それでは、お部屋に戻ります」
「そうね。」
「あぁ、僕達も直ぐに行くよ」
そう言うと、アレックスは展望室を出ていった。
「レスリー?」
「あぁ、ギルバート……。ポルトゥースは、とても大きな街なのね。人々の行き交う様子が、ここからでも良く分かるわ」
「あぁ、身内贔屓かもしれないけど、賑わっていてとても良い街だと思うよ」
「そっか……」
「あぁ、そうだよ。君もきっと気に入るさ」
レスリーとギルバートは、しばらく黙って外の景色を眺めていた。
「さて、レスリー。それじゃ、僕達も部屋に戻ろうか。あんまり遅いとみんなが心配する」
「そうね、ギルバート。そろそろ戻りましょうか」
二人はそう言って頷き合うと、静かに展望室を後にした。
魔導飛行船がポルトゥースの魔導飛行船発着場に着陸したのは、それから程無くしてだった。
……
…………
………………
スプリングフィールド選公爵家の一行は、ポルトゥースの魔導飛行船発着場に着くとオルランド伯爵家の迎えの馬車に分乗して街へと入った。
ギルバートは、フレデリック達に先行して城へと戻っている。
迎えの馬車には、一台目にフレデリックとキャサリン、二台目にレスリーとアレックスが乗っていた。
馬車が街中に入ると大通りを行き交う人々が通りの端によっていき、馬車は行く手を阻まれる事無くスムーズに通りを進んでいく。
アレックスは、馬車の車窓から外の景色を眺めていた。
「人が多いですね。通りの賑わいは、スプリングフィールドの街並みと比べて見ても遜色がないように思います」
車窓から車内へと視線を戻したアレックスに、レスリーが頷いて答えた。
「そうよね……。私も資料で読んだだけだけれど、東方領東部沿岸地域の港町としてはポルトゥースは最大規模の街になるんだって。金船兵団の駐屯基地もあるし、青龍騎士団の港湾管理隊の一番大きな支署もあるわね」
「そう言えば、明後日と明々後日には、父様は青龍騎士団の視察をなさるんですよね?」
アレックスの疑問に、レスリーは頷いて答えた。
「そうよ。父様は青龍騎士団の騎士団長でもあるから、この機会に港湾管理隊の近況を確認していきたいのだと思うわ。私は結婚式の準備があるのだけれど……。後は、金船兵団の駐屯基地を表敬訪問する事になっているわね」
レスリーは笑顔を浮かべた。
「結婚式の準備なんかより、アル君と一緒にポルトゥースの街の観光がしたい!」
そう言うと、レスリーはアレックスをギュゥッと強く抱きしめた。
「ウグゥ……。姉様、苦しいですぅ……。それに、姉様。わがままを言うものじゃないですよ?」
「わがまま……。ウゥ……、それはそうだけど……」
アレックスに注意されたレスリーは、アレックスの頭に顔を埋めて唸った。
苦しくなったアレックスがレスリーの背中をポンポンと叩くと、レスリーは諦めて抱き締めていたアレックスを放した。
「ほら、そんな顔をしないで、姉様。外を見てください。もうすぐオルランド伯爵家の城に着きますよ」
そうしてアレックス達が話をしている間にも、馬車は通りを進んでポルトゥースの街の中心地に辿り着いていた。
そこからさらに少し進めば、オルランド伯爵家の居城は直ぐである。
馬車が城へと近付くと既に城門の跳ね橋は降ろされており、城門の大きな門扉も開かれて馬車を受け入れる体制が整っていた。
馬車が城門を潜ると、城の前庭に出迎えの人だかりが出来ているのが見て取れた。
城の玄関前に、馬車が速度を緩めながら近づいていく。
それを見た玄関前の人だかりの中から、四人の人物が進み出てくる。
やがて、馬車の車列は城の玄関へと辿り着く。
馬車が止まると、御者台から使用人が素早く降りてきて足台を準備した。
足台を準備すると、使用人は馬車の扉を小さく開いて中の人物に声を掛ける。
少しして馬車の扉が開かれた。
最初に馬車から降りたのはフレデリック、続いてキャサリンが馬車を降りる。
二人が馬車を降りると、使用人は足台を片付けて馬車に合図を送る。
先頭の馬車が発車すれば、続いて二台目の馬車が玄関へとやって来た。
二台目の馬車も、使用人が足台を準備して扉を開く。
最初に降りたのはレスリーだ。
次いでアレックスが馬車を降りる。
そうして、二人はフレデリックとキャサリンの後ろに並んだ。
それを確認したフレデリックは、出迎えの人だかりの前に立つ四人に視線を送る。
「スプリングフィールド選公爵閣下、ようこそおいで下さいました。ご夫人も、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「出迎えをありがとう、オルランド伯爵。ご夫人とギルバート殿も……」
フレデリックとオルランド伯爵は、互いに一歩進み出て握手を交わす。
そうした後で、出迎えに出ていたもう一人と向き合う。
そのもう一人とは、先にオルランド伯爵領を訪れていたアンジェリーナだ。
「アンジェリーナも、先触れの使者の役目をご苦労様だったな」
「はい、いいえ、お義父様。私も、スプリングフィールド選公爵家の一員としての務めを果たしただけです」
アンジェリーナの言葉に、フレデリックは頷いて見せる。
二人が言葉を交わしたのを見たオルランド伯爵は、笑顔を浮かべてフレデリックに声を掛けた。
「さて、閣下。このまま立ち話も何ですな。色々と積もるお話もおありでしょう。城に部屋を準備してありますので、まずはそちらに落ち着かれてはいかがでしょう?」
「あぁ、そうですな。では、お言葉に甘えて、まずは部屋でゆっくりとさせていただこう」
オルランド伯爵の先導で、フレデリック達は城の中へと歩みを進める。
そうして、その日はオルランド伯爵の城に用意された客室に入って休む事になった。
用意された客室は、フレデリックとキャサリンで大きな部屋を一室、アンジェリーナとレスリー、アレックスにはそれより少し狭い部屋がそれぞれ割り当てられていた。
部屋には、客を持て成す為に部屋付きのメイドがあてがわれていた。
アレックスは、部屋に着くとメイドにお茶を頼んで窓際の椅子に腰掛ける。
「フゥ。とりあえずは、無事にオルランド伯爵領に着きましたね……。さて、歓迎会は明日という話ですし、それまではゆっくり過ごすとしましょう」
アレックスが腰のポーチから読みかけの本を取り出すと、丁度メイドがお茶を用意してきた。
テーブルに差し出されたお茶を一口飲んだアレックスは、夕食の時間までその本を読みながら時間を潰す事にしたのだった。




