第十五話・お披露目会②
大ホールのステージ上では、フレデリックが片手を挙げると居並ぶ貴族達の拍手を制止した。
そうして、一頻り大ホールを見渡してその口を開く。
「さて、お集りの紳士淑女の皆様方。本日は我が娘の夫、ギルバート殿のご紹介の他に、もう一つ皆様にご報告いたしたい事があります」
そう言ったフレデリックは、背後を振り返る。
振り返ったフレデリックの視線が、アレックスの姿を捕らえた。
フレデリックの視線に頷いたアレックスは、静かにその隣へと歩みを進める。
それを見たギルバートは、数歩下がってアレックスのために場所を譲った。
「こちらの我が息子、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドは、皆様ご存じの事とは思いますが王都にて王立アウレアウロラ学園初等部アウロラに通わせておりました。そして本年、無事に我が息子は卒業生総代として、非常に優秀な成績にて初等部アウロラを卒業いたしました」
大ホールは沈黙に包まれ、皆がフレデリックの言葉に注目していた。
「そこでこの度、この子には王立アウレアウロラ学園高等部アウレアへと進学をさせまして、引き続き王都にて学ばせる事と致しました」
フレデリックの言葉は、事情を知る貴族達にとっては予想の範囲内ではあった。
しかし、それでも多くの貴族達の間に少なからずざわめきを引き起こしたのだった。
ステージ上に貴族達の視線が集まる中で、フレデリックがアレックスの背をポンと押す。
それを合図にして、アレックスが一歩前へと進み出た。
「お集まりの皆様方。ご紹介に預かりましたアレクサンダー・アリス・スプリングフィールドです。本日は我が姉、レスリー・ヴィクトリア・スプリングフィールドの結婚報告と新郎であるオルランド伯爵家第一子ギルバート・ラン・オルランド殿のご紹介の会にお集まりいただきありがとうございます」
そこまで言って、アレックスは大ホールを見回した。
「そしてまた、この場を借りまして私の王立アウレアウロラ学園初等部アウロラの卒業と高等部アウレアへの進学のご報告の機会を与えていただけた事を、大変うれしく思っています。これからもなお一層勉学に精励してまいりたいと思います」
そうして、アレックスは一礼するとフレデリックの後へと下がっていった。
すると、どこからか拍手の音が聞こえ、それはやがて大ホール全体へと広がっていった。
「いやはや、堂々とした態度と挨拶ではないか!」
「学術のみならず、武術も魔術も主席の成績だとか……」
「流石はスプリングフィールド選公爵閣下の御子息だ!」
「なんと凛々しくて立派なお姿か……」
「とてもお綺麗ですわ……」
「なんて尊い……」
巻き起こる拍手の音に紛れて、貴族達がアレックスを話題のネタに盛り上がる。
その様子を見ていたアレックスは、何とも居た堪れない気持ちにさせられた。
そんなアレックスの様子を知ってか知らずか、フレデリックは片手を挙げて貴族達の拍手と噂話を制した。
「さて、お集りの皆々様。本日はこの喜ばしい日を祝うために、いくつかの余興も準備しました。是非ともお愉しみ頂ければ幸いです」
ステージ脇からやって来た執事が、フレデリック達にグラスを配っていく。
大ホールでも、メイド達が居並ぶ貴族達にグラスを配って回っていた。
グラスを受け取ったフレデリックは、大ホールを見渡すと手にしたグラスを掲げて見せた。
「それでは皆様。前途ある若者達の未来を祝して……、乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
そうして乾杯の音頭を取ったフレデリックは、グラスの酒を飲み干した。
居並ぶ貴族達も、次々とグラスを傾けていく。
こうして、ギルバートとアレックスのお披露目会が始まったのであった。
……
…………
………………
それから、ステージを降りたフレデリックと入れ替わる様にして、この日のために呼び寄せられた大道芸人達がステージに上がっていった。
ステージを降りたフレデリック達の下には、早速とばかりに貴族達が挨拶のために列を成していく。
アレックスはと言えば、フレデリック達の前に居並ぶ貴族達の列を少し離れた位置から見ていた。
とは言え、アレックスも暇というわけではなかった。
フレデリックに挨拶を終えた貴族の中には、アレックスにも挨拶をしようとする者が少なからずいたのである。
アレックスはそんな貴族達を相手にしているのだ。
そうして、しばらくは忙しなく貴族達との挨拶を続けていく。
そんなアレックスの様子を見て、ギルバートは隣で貴族の挨拶を受けているレスリーに声を掛けた。
「ねぇ、レスリー。アレクサンダー君は、あっちで大人達に囲まれているようだけど、堂々としたものだね。まだ小さくとも、流石はスプリングフィールド選公爵家の子息だよ」
「そうでしょう?アル君はとっても立派なんだよ」
ギルバートの言葉に、レスリーは嬉しそうに頷いた。
そうしている間にも挨拶に訪れる貴族は後を絶たず、ギルバートは本日の主役の一人として笑顔で挨拶を交わしていく。
上位貴族との挨拶が終っても、その列が尽きる事は無い。
ともすれば、疲れが顔に出てしまいそうになるギルバートだった。
しかし、むしろここからが苦行なのだと、ギルバートは内心で気合を入れ直したのだった。
貴族達は挨拶を終えると大ホールの思い思いの場所に散っていく。
そしてこれからが、貴族達の戦場とも言える社交の時間の始まりだった。
「アレクサンダー君は、こんな所にいて大丈夫なのかね?」
「これは、フォルティス伯爵様。ご無沙汰をしております」
「うむ。君も息災な様で何よりだな。それよりも、スプリングフィールド選公爵家主催のお披露目会なのだから、主役の一人である君が壁の花と化していて良いのかね?」
「今日の主役は、あくまで姉様とギルバートさんですよ。私の事はついでの事にすぎません」
「ふむ。そう思っているのは、君だけかもしれんぞ?」
フォルティス伯爵が大ホールへと視線を向ければ、こちらを窺う貴族達の様子が見て取れた。
「まぁ、これも社交を学ぶ場だと思って、若いうちから壁の花なぞ気取らずに頑張りなさい」
「……。はい、ご忠告を感謝いたします」
そう言って、フォルティス伯爵はアレックスの下を去って行った。
それと入れ替わる様に、夫人の一団がアレックスに近付いて来る。
その夫人達の中から、鮮やかな赤が目を引く瀟洒なドレスに身を包んだ上品な雰囲気の淑女と淡いピンクの華やかなドレスを着た若い女性が進み出てきた。
「まぁ、アレクサンダー様は今日の主役のお一人なのに、こんな会場の端にいるなんて事があってはなりませんわよ」
「そうですね。さぁ、こちらにいらして、私達に王都の学園生活のお話でも聞かせて頂けるかしら?」
アレックスは二人の夫人に誘われて、少々戸惑ったものの笑顔を浮かべて招きに応じた。
「パルチェ公爵夫人、ゲーモ女子爵様、お久しぶりです。8歳の時のお披露目会以来でございますね」
「まぁ、私達の事を覚えておいでなのね。とても嬉しいわ」
「本当ですね。4年も前の事なのに……。私もこうしてお話できて嬉しいわ」
「ありがとうございます。しかし、お話させていただくのは一向にかまわないのですが、ご夫人方にご満足いただける様なお話が出来るかどうか……」
アレックスの戸惑うような物言いに、周囲を囲む夫人達の間にクスクスとした笑いが起きる。
「そんな風に構えなくても大丈夫ですのよ?王都のお話をしていただくだけで、本当に大丈夫でございますからね」
「そうですわよ。別に取って食おうというわけではないのですからねぇ。それにしても、とてもお綺麗な御髪だ事……」
「そうですわねぇ。それに、お肌もとってもきめ細かくてお綺麗です事よ」
アレックスを囲んだ夫人達は、アレックスの容姿の美しさを話題に盛り上がる。
そんな夫人達の中心にいたパルチェ公爵夫人がパンパンと手を叩いて、周囲の夫人たちの耳目を集める。
「皆さん、アレクサンダー様がお困りですわよ。さぁさぁ、アレクサンダー様、あちらで王都のお話を聞かせていただけるかしら?」
パルチェ公爵夫人に手招きされて、アレックスは大ホールへと歩みを進めた。
それからしばらくの間、アレックスは夫人達の求めのままに王都での学園生活について話をするのだった。




