第十四話・お披露目会①
翌日。
朝はいつも通りに起きたアレックスは、これまたいつも通りに家族そろって朝食を食べた。
そうして、自室に戻って来たアレックスだったが、自室に到着する寸前でその足を止めた。
眼前、自室の扉の前には数人のメイドがずらりと並んでアレックスにお辞儀をしてきた。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま。それでは、お部屋でご準備をいたしましょう」
「準備ですか?」
「はい、左様でございます。今日は、お昼からのお披露目会に向けて私達一同が精一杯に頑張りまして坊ちゃまのお姿を磨き上げて御覧に入れて差し上げます。どうぞ、ご安心して全てをお任せくださいませ」
戸惑うアレックスに対して、メイドの一人が進み出てくる。
「それは必要な事なのですか?」
「左様でございます」
「必要な事なんですね?」
「もちろんでございます」
アレックスは、満面の笑顔を浮かべるメイドの様子に多少の不安を感じたものの、一先ずは大人しくメイドの誘導に従って自室へと入っていった。
「……。これは、何ですか?」
アレックスは背後のメイドを振り返った。
自室に入ると、施術台?らしきベッドが運び込まれていた。
アレックスに問われたメイドは、何食わぬ顔をしてベッドの横に立った。
後から部屋に入ってきたメイド達が、何に使う物なのか様々な品をカートに乗せて持ち込んでくる。
「お体を磨き上げるために必要な物でございます」
「本当に必要なんですか?」
「必要な事でございます」
「私は男なんですけれど?」
「もちろん存じ上げてございます。……、必要な事でございます」
暗に男にここまで必要かと問いかけるアレックスに対して、メイドは満面の笑顔を浮かべて答える。
結局、有無を言わさぬメイドの圧に負けたアレックスは、メイドに促されるままにベッドへと横になるのだった。
その後、全身の泥パックにオイルマッサージ、手足のネイルケア、洗髪とトリートメント、フェイシャルトリートメント等、昼前までたっぷりと時間をかけて丹念にアレックスの容姿は磨き上げられていくのだった。
……
…………
………………
昼前になり、今日のお披露目会に参加する貴族達が続々と館にやって来ていた。
早い者となると、朝食の終った頃合いから館に来ているくらいである。
早くから来ている者達は、騎士爵や準男爵等の階位の低い者達である。
昼近くになってお披露目会の開催まで間も無くとなった今では、館の前にそう長くはない列を成す馬車の主は公爵や侯爵、伯爵といった上位貴族に変わっていた。
馬車から降りる彼らは、待ち受ける執事達に先導されてお披露目会の会場となる館の大ホールへと案内されていく。
「ふむ。これだけの貴族が集まるとなると中々壮観であるな」
馬車から降りた男性は、がっしりとした体躯を落ち着いた黒のスーツに包み、豊かな髭は同じく豊かな髪と相まって鬣の様である。
いかつい顔の横から覗く耳が、周囲の音を探るかの様にピコピコと動いていた。
一通り周囲を見渡した男性は、振り返って女性が馬車から降りるのをエスコートする。
男性の手を取って女性が馬車から降りてきた。
馬車から降り立った女性はツイッと顔を上げると、男性の顔を覗き込む。
「貴方、何だか随分と楽しそうですね?」
女性にそう指摘されて、その男性――フォルティス伯爵――は自慢の髭を撫で付けた。
「そう見えるか?実際、そうなのかもしれんな。久しぶりにフレデリック……、いや、スプリングフィールド選公爵主催のお茶会……、もとい、お披露目会なのだからな」
「確かに、スプリングフィールド選公爵閣下が主催というのは珍しい事ですものね」
先導の執事に案内されながら、フォルティス伯爵夫妻は館の大ホールへと足を踏み入れた。
会場となる大ホールにはいくつものテーブルが並べられ、立食形式のパーティーが準備されているのが分かる。
そのまま、二人はホールの奥のテーブルへと案内されて行く。
案内されたテーブルでは、先に来た数人の貴族達が談笑していた。
テーブルに近付くフォルティス伯爵の姿を認めた一人の貴族が笑顔を浮かべて深々と礼をしてくる。
その貴族は、さらりとした金髪に柔和な面立ちをしたまだ年若い青年であった。
「これはこれは、フォルティス伯爵。本日はお日柄も良く、ご機嫌麗しく……御尊顔を拝謁賜り恐悦至極にございます」
「やぁ、これはウォーガン子爵。ご丁寧な挨拶を痛み入る。しかし、今は政治的な会合でもなければ公式の会議というわけでもない。スプリングフィールド選公爵家の私的なお茶会なのだから、そう畏まらなくても結構だよ」
鷹揚に頷くフォルティス伯爵に対して、ウォーガン子爵は困った様に苦笑いを浮かべる。
「ハハハハハッ!スプリングフィールド選公爵主催の集会で礼儀を気にしない等と言えるのは、フォルティス伯爵くらいのものですよ」
フォルティス伯爵の背後から声がかかる。
彼らの振り返った視線の先にいたのは、恰幅の良い二人の中年紳士だった。
「おぉ、サラーム公爵、ユニークロー侯爵。お久しぶりですな」
二人に向き直ったフォルティス伯爵は二人と順に握手を交わして挨拶する。
そしてフォルティス伯爵が一歩引いて、ウォーガン子爵や他に居並ぶ貴族達が二人に挨拶の口上を述べていく。
サラーム公爵とユニークロー侯爵の二人は、鷹揚に頷きながら貴族達の挨拶に返事を返していくのだった。
「それにしても、ユニークロー侯爵。先程の言葉は心外ですな。私だって、礼儀の一つくらいは気にしますとも」
フォルティス伯爵の言葉に、ユニークロー侯爵は笑顔を浮かべる。
「何をおっしゃるかと思えば、そんな事。私は本当のことを言っただけですよ。ローランディア選王国広しと言えども、選公爵家に忌憚なく直言出来る人物などはそうそうおりません」
ユニークロー侯爵の発言に、周囲の貴族達も同意する様に頷いていた。
「おぉ、然り然り。我がサラーム公爵家でさえ、スプリングフィールド選公爵家に意見するとなると相応の覚悟が必要になりますからな」
ユニークロー侯爵の言葉を肯定する様に、サラーム公爵も言葉を重ねる。
「そういうものですかな?スプリングフィールド選公爵は道理の分かる男ですから、腹を割って話せば良いではありませんか」
率直に物を言うフォルティス伯爵の様子に、周囲は困った様に曖昧な笑みを浮かべてお互いの目を見合わせる。
そうして話をしていると、大ホールのステージの端にスプリングフィールド選公爵家の執事が姿を見せた。
「お集まりいただきました紳士、淑女の皆様。大変お待たせをいたしました!」
執事が口上を述べると、ステージ脇に控えている楽団が曲を奏で始めた。
「スプリングフィールド選公爵家当主、フレデリック・ジョージア・スプリングフィールド様の御入場~~!」
執事の口上に合わせて、ステージ端の扉が開かれる。
扉の向こうから、フレデリックがキャサリンをエスコートしながら進み出てきた。
フレデリックの登場に合わせて拍手が起こる。
その拍手に、フレデリックは軽く手を上げて答えた。
続いて、ランドルフ、レスリー、アレックスの登場を執事が告げる。
しばらくして、フレデリックがステージの中央に立ち片手を挙げて拍手を制した。
フレデリックは、大ホールを見渡してからゆっくりと口を開いた。
「お集りの紳士淑女の皆様方。本日は、我が娘レスリー・ヴィクトリア・スプリングフィールドの結婚報告とその夫をご紹介する席にお集まりいただいた事、大変うれしく思う――」
フレデリックによる一通りの挨拶が終り、最後にフレデリックがステージ端の扉を指し示す。
「それではご紹介いたします。東方領の東部沿岸地域の要衝であるポルトゥースを治めるオルランド伯爵家の第一子、ギルバート・ラン・オルランド殿です」
フレデリックの口上と共にステージ端の扉が開く。
その扉から、礼装を着こなしたギルバートが堂々と胸を張って進み出てきた。
ステージに現れたギルバートは、そのまま歩みを進めてフレデリックの横に立つ。
フレデリックの横に立ったギルバートは、ステージの上から大ホールを見渡して口上を述べていく。
「お集まりの皆々様。スプリングフィールド選公爵閣下よりご紹介に預かりました、オルランド伯爵家の第一子、ギルバート・ラン・オルランドです。この身はまだ若輩ではありますが、ローランディア選王国のため、オルランド伯爵家のために奮励努力していく所存です。これからも、我がオルランド伯爵家と変わることなき友好関係を築いていただけることを切に願います」
ギルバートが挨拶を述べ終えると、大ホールに拍手が響く。
一頻り拍手が響くのを見守っていたフレデリックであったが、頃合いを見て片手を挙げて拍手を制した。
「さて、お集りの紳士淑女の皆様方。本日は我が娘の夫、ギルバート殿のご紹介の他に、もう一つ皆様にご報告いたしたい事があります」
そう言って振り返ったフレデリックは、アレックスを見据えると手招きした。
さて自分の出番が来たと覚悟を決めたアレックスは、フレデリックの手招きに応じてその横へと進み出たのだった。




