第十三話・マスターソン兄弟②
「それじゃ、坊ちゃん。ご注文を聞こうじゃないか」
笑顔を消して真面目な表情になったガルドに対して、アレックスも真剣な表情を浮かべる。
「ガルドさんに打ってもらいたい剣は、細剣とソードブレイカーです」
「レイピアかぁ。こちとらぁ、お上品な決闘用の剣なんざ打つつもりはねぇぞ?」
ガルドの言葉に、アレックスは笑顔を浮かべる。
「えぇ、分かっています。こちらとしても、その様なつもりで注文しようとは思っていません。いざという時に相手の剣と打ちあえる様な実用的な剣でお願いします」
ガルドはニマリと笑った。
「てぇことぁ、決闘用のヤツとは違って身幅の太い剣になるな。刺突用に剣先を鋭くして切り合えるように刃を付ける感じか?そうしたら、坊ちゃん、護拳はどうする?」
「そうですねぇ……」
アレックスは立ち上がると、壁に立てかけてある剣を手に取った。
それから腰だめに剣を構えると、柄を逆手に持って剣を抜いた。
そうして引き抜いた剣をクルリと回す様に翻して持ち替えてみせた。
「なるほど、逆手で抜いて持ち替える事で刀身の長い剣でも抜けるって事か。しかし、そうなると護拳があるとかえって邪魔か……。その持ち方をするなら、柄には棒状鍔だけの方が都合がいいだろ?」
「そうですね。それでお願いします」
アレックスは剣を鞘に納めると、元の位置に剣を立てかけ直して席に戻った。
「うむ。だけど、スプリングフィールド選公爵家の者が持つ剣としては地味」
そう言うと、ムルドが問う様にアレックスに視線を向ける。
「鍔と柄、それから鞘についてはムルドさんにお任せしようと思っています」
「うむ。任された」
ムルドが鷹揚に頷く。
「黒薔薇の君が持つに相応しい装飾に仕上げる」
「あまり派手派手しく大仰な物にはしないでくださいね」
「うむ。実用品。分かってる」
ムルドの気合の入った様子に、アレックスは苦笑を浮かべる。
とは言え、そこはムルドのセンスを信じる事にした。
海千山千の顧客を相手にしている彼らの腕前とそのセンスの高さは、ローランディア選王国でも随一と名高いのだ。
「剣の方はそれで決まりだね?じゃぁ、防具の注文を聞こうかな?」
話が一段落したと見たドルドが口を開く。
「あまり大層な鎧兜を作ってもらうつもりはないんですよ」
アレックスは、店内に展示してある板金鎧をちらりと見やった。
「あぁ、剣の注文を聞いた時から、そうだろうなとは思っていたよ。そうしたら、どんな防具をご希望で?」
ドルトの質問に、アレックスは頷いて答えた。
「えぇ、野外での活動でも使いやすいような部分鎧の組み合わせになります」
「うん?そうすると……」
「鎧下にも使える丈夫なレザージャケットを一着、胸甲と手甲、脚甲を作ってもらおうかと思っています」
アレックスの注文に、ドルトは驚いたような表情を浮かべた。
「なんだか冒険者がする様な装備だね。もしかして、坊ちゃんは将来は冒険者にでもなるつもりなのかい?」
「ウーン、どうでしょう。今の所は考えていませんけど、六年先は分かりませんね」
アレックスの発言に、アランの表情が一瞬だけ驚きに歪む。
しかし、彼がこの事でアレックスに何か言う事は無かった。
ドルドは直立不動を維持するアランにチラリと視線をやったが、それ以上は追及せずに話を続けた。
「じゃぁ、腰鎧はどうするんだい?」
「それについては、素材ではない物の持ち込みで恐縮なのですが、これを使って欲しいんです」
アレックスは腰のポーチから四枚の布地を取り出した。
それは一辺が20センチメートルほどの四角い白い布で、中央には虹色に輝く金属糸で丸の中に十字が刺繍されており、布の縁は金糸で縁取りされている。
「拝見しても?」
「もちろんです」
ドルドは布を手に取ると、布を眺めて感嘆の声を上げた。
その声にガルドとムルドも興味を惹かれ、それぞれに布を手に持った眺めた。
「おいおい!こいつは、魔術道具じゃないか!!」
三人を代表するかのように、ガルドがアレックスに向かって声を上げた。
「そうです。それは遺跡からの発掘品で一見するとただの布ですが、魔力を込めると魔法的な力場を形成する魔術道具です」
ドルドが、感心した様に頷いた。
「なるほど。その力場が防具の役目を果たすわけだね?」
「えぇ、そういった使い方もできます」
アレックスの含みのある言い方に、ドルドは怪訝な表情を浮かべた。
「こうして魔力を流すと……」
アレックスは目の前に置いてある布に手をかざす。
すると、布の上に直径40センチメートル程の半透明の仄かに光る円盤型をした物体が浮かび上がる。
アレックスはそれに手をかざして、注目している三人に見せた。
「このように手吸い付く様にして動かす事もできるんです」
三人は揃って感心したような溜息を吐いた。
「なんだか面白そうな使い方が出来るみたいだね。まぁ、布単体で見ても魔術道具なら強度はあるんだろうし、布だから軽い。軽くて丈夫というだけで、防具の素材には十分なくらいだね」
ドルドが、ウンウンと頷いた。
「そうすると、帯を作ってこの四枚の布をぶら下げる形になるか。帯の作成とその装飾はムルドに任せていいのかな?」
「えぇ、ムルドさんさえよければ、そちらはお任せいたします」
「うむ。良い物を作る」
ドルドに話を振られたムルドは、アレックスに向けて鷹揚に頷いて見せた。
「そんで、坊ちゃん。ムルドの方には、剣と鎧の装飾を任せるだけなのかい?」
ガルドがアレックスに問いかける。
その問いにアレックスは頭を振った。
「ムルドさん相手に、そんな勿体のない仕事の振り方はしませんよ。もちろん、細工職人としての腕前は良く知っています。ですが、魔術道具職人としてのムルドさんにも頼みたい事はあるんです」
「うむ。何でも来い」
ムルドがドンと胸を叩く。
自信満々に胸を張るムルドの様子に、ガルドとドルドが呆れたような表情になった。
「お願いしたいのは、矢避けの御守です」
「うむ。任された」
ムルドは、即答で堂々と頷いて請け負った。
そこにガルドが口を挟む。
「坊ちゃん。武器も鎧も御守も、マスターソン兄弟の名に懸けて製作は承った。それで、素材はどうするね?」
言外に素材の入手難度を問いかける。
スプリングフィールド選公爵家の者が持つ武具である。
下手な素材を使うわけがなかった。
「オーダーメイドで注文する場合には、ガルドさん達が注文された品を作るための主要素材の持ち込みを推奨している事は知っています」
「まぁな。珍しい素材を使ってくれと言われても、それを用意する所からとなるとどれだけ時間がかかるかわからねぇ。素材が手に入らねぇと、俺達もどうしようもないからな」
ガルドの言葉に、アレックスはニコリと笑みを浮かべる。
「そうでしょうね。ですから、ちゃんとこちらで主だった素材は用意してあります。注文した品を作るのに十分な量があるはずです」
そう言って、アレックスは腰のポーチから幾つかの品物をカウンターの上に取り出した。
それは、銀色に輝く金属塊が四本と虹色に輝く金属塊が二本と大人の親指程の大きさのある鮮やかな水色の土耳古石、一巻きに巻かれた漆黒の毛皮の束だ。
そこに追加で前金の金貨が詰まった小袋をカウンターの上に置いた。
「ほぅ、ちょいとその素材を見せてもらうよ」
そう言って、ガルドはムルドと共に持ち込んだ素材の品定めを始める。
「兄さん達が確認をしている間に、防具の採寸をしようか」
ドルドが席を立って、カウンター奥から巻尺と記録用の紙を持って出てきた。
アレックスは、ドルドにされるがままに裾丈、袖丈、胴回り等身体の色々な部分を採寸されていく。
「おぅい、坊ちゃん。一通り、素材の鑑定をさせてもらったぜ。なかなか良いモンを持ってくるじゃないか。素材の量からして、武器と防具は銀と精霊銀の合金、真銀ってことでいいんだよな?それから、毛皮の方は狼系の魔物素材だろ?」
「えぇ、そうです。深夜狼の毛皮ですよ」
「やっぱりか。質も良いし量も十分ある。これなら良い仕事が出来そうだな」
「うむ。宝石の方も中々上質」
ガルドの言葉に、ムルドがウンウンと何度も頷く。
「大体用意してきた素材からして、欲しいのはただの武具じゃねぇんだろ。魔術武具となりゃ、細工にも手間がかかる。一体どんな魔術を付与して欲しいんだ?」
「奇抜な物が欲しいわけではありません」
「まぁ、そうだろうな。実用品が欲しいって注文なんだから」
「ですので、基本に忠実にしたいですね。耐久性の向上や特性の強化等でしょうか……」
アレックスの言葉に、ガルド達は唸る様にして考え込む。
「そうすると、剣の方は刀身の強度向上と刃の鋭さ強化って所か?」
「だったら、鎧も耐久性と防御力の向上くらいかぁ……。もっと色々できるかな?」
「うむ。魔術武具の魔力付与の内容としては物足りない」
難しい顔で唸る三人を前にして、アレックスは苦笑を浮かべた。
「基本はその方向でお願いしたいですが、細かい事はガルドさん達にお任せしようと思っています」
アレックスに言われた三人はお互いの顔を見合わせた。
代表する様に、ガルドが声を上げる。
「こっちに任せてくれるってのかい?そいつは、久々に遣り甲斐のある仕事になりそうだ……。納期はそんなに急ぎじゃないんだろ?まぁ、一月もくれりゃ、坊ちゃんの満足いく代物に仕立ててやるよ」
アレックスは、少し考えてからガルドに頷いた。
「えぇ、取り急ぎ必要になる物という事ではないですからね。それで構いません」
「話の分かる坊ちゃんで助かるぜ。たまにすぐ作れとか無茶言う馬鹿がいるからな」
すんなりと返事を返したアレックスに、ガルドはニンマリと笑顔を浮かべた。
「任せてくれ、坊ちゃん。きっと満足のいく品を作って見せるぜ。後金の請求はスプリングフィールド選公爵家の御当主に回していいんだな?」
「えぇ、許可はもらってあります。それでは、よろしくお願いしますね」
ガルドとアレックスはガッシリと固い握手を交わす。
こうして、アレックスはマスターソン三兄弟に新たな武具の作成を依頼して店を出たのだった。




