第十二話・マスターソン兄弟①
午後からは予定が入っているため、午前中だけでもと街へ出たアレックス。
館から出た馬車は、領都スプリングフィールドの大通りを少し進んで支道の一つに入っていった。
その道は、領都スプリングフィールドの中では職人が多く店を構える職人街と言われる一角を貫く比較的大きな道である。
馬車が通りを進み街の中心部から離れていくと、だんだんと寂れた雰囲気になってくる。
活気のある大通りとは違い道も人でごった返しているという事も無く、馬車の進みはスムーズだった。
アレックスは馬車の中から外を見る。
外を見れば、道を行く人々が馬車が来るのを見つけて次々と道の端によって馬車に向かって礼をする様子が見えた。
その人々の服装には、ある特徴があった。
道を行く人々の多くが何らかの武具を身に着けているのが、見て取れるのである。
大半は軽装で帯剣している程度だが、中には派手な装飾のついた鎧兜に身を包んだ様な者もいる。
パッと見てもガラの良いとは言えない雰囲気の人々だった。
アレックスの目的地に近付く程、そういった武装した人の数も増えていく。
そんな人々の見守る中、アレックスの乗った馬車はその道を悠々と進んでいった。
やがて、馬車は一軒の店の前で止まった。
「ここに来るのも久しぶりですね。一人で来るのは初めてです」
アレックスが馬車を降りると、道行く人々の視線が集まっているのが感じられる。
とは言え、それで何か問題が起こるという事は無かった。
職人街でも街外れに近いこの辺りは一見するとガラの悪い人が多いため、治安が悪いような印象を受ける。
しかし、実際にはこの辺りは他と比べても治安が良い場所であった。
その理由は、この辺りにある店にあった。
実はここには、ローランディア選王国でも有名な職人が武具を取り扱う店を構えているのである。
その顧客には荒事を仕事にする冒険者や傭兵が多いため、この辺りはガラの悪い人をよく見かけるのである。
ただ、有名な職人だけあり、この店には懇意にしている騎士や兵士、衛士も多く、その分だけ騎士や兵士、衛士の出入りも多い。
そのため、ただでさえ腕っぷしの強い輩が多い上に官憲の出入りの多いこの地区で、わざわざ揉め事を起こそうという馬鹿はそうそういない。
だから、この辺りはかえって治安が良いのである。
アレックスが周囲を見回していると、アランがそばに寄って声を掛けてきた。
「坊ちゃま、親方を呼び出しますか?」
「いえ、呼び出しても無駄でしょう。普通に客として店に入った方が早いですよ」
「……、左様でございますな。差し出がましいことを申しまして、申し訳ありません」
アランは一瞬だけ眉を顰めるだけで、アレックスに一礼をする。
アレックスは改めて目の前の店に目を向ける。
目の前には、三つの店の間口が並ぶ。
それぞれの店の看板には剣と弓、鎧兜、指輪の絵が描かれている。
左から順に剣と弓の看板が『マスターソン武器屋』、鎧兜の看板が『マスターソン防具屋』、指輪の看板が『マスターソン装身具屋』と書かれている。
アレックスは、三つの看板を見比べて左手にあるマスターソン武器屋の扉を開いた。
カランと乾いた音がして扉が開く。
「「「いらっしゃいませ!」」」
店に入ると、店内は外から見た時には想像できない程に広かった。
実は、この店には間口が三つあるのだが、中では三軒の敷地がつながって一軒の店の様になっているのだった。
その店内の左手の壁には様々な種類の武器が並べられており、フロアの中央には板金鎧を着たマネキンと騎士鎧に騎士盾を携えたマネキンの計二体が堂々と鎮座している。
その向こう側には商品を陳列するための棚が据えられていて、こちらにも様々な装身具が並べられていた。
店の奥には三つのカウンターがあり、そのそれぞれに女性が陣取っていて、店内に入って来たアレックスに笑顔を向けていた。
三人は、アレックスと目線の高さが変わらない位の背丈で横に太いがっしりとした体躯をしたドワーフだ。
手前――位置的にはマスターソン武器屋――のカウンターに陣取る明るい茶髪を肩口で切り揃えた女性が、店内を見回すアレックス達に声を掛けてきた。
「あら?アラン坊やじゃぁないかい!今日はどうしたんだい?剣の研ぎを注文しに来たってわけじゃないんでしょ?」
女性に声を掛けられたアランが丁寧にお辞儀をして答えた。
「御無沙汰しております、ジョアンナさん。今日は、坊ちゃまのお付で来ております」
「こんにちわ、ジョアンナさん。今日は、親方に剣を打ってもらいたくて来ました」
アレックスは一礼してジョアンナに声を掛けた。
「スプリングフィールドの坊ちゃんじゃないか!ウチの人に用事だったのかい。それじゃ、呼んでくるからちょっと待っていてくれるかね?」
アレックスが頷くと、ジョアンナは店の奥へと消えていった。
「おやおや、用事があるのはガルドの旦那だけなのかい?どうせなら、ウチの人にも仕事をおくれよ」
「そうだよ、スプリングフィールドの坊ちゃん!何ならドルドさんの防具だけでなくて、ウチの旦那のアクセサリーなんかも買っておくれよ!」
隣のカウンターでアレックスを見ていた女性達が、アレックスに声を掛けてくる。
一人は金髪を刈り上げた短髪、もう一人は伸ばした黒髪を後ろの高い位置でまとめたポニーテールにしていた。
アランは一瞬だけ渋い顔をしていたが、アレックスは努めて気付かない振りをして明るく言葉を返した。
「ヨハンナさん、マドンナさん。心配しなくても、ドルドさんとムルドさんにも頼みがありますよ」
アレックスの答えに、ヨハンナとマドンナの二人は喜色を浮かべる。
「「それじゃ、私もウチの旦那を呼んでくるよ。ちょっと待っていておくれ!」」
そう言って、二人はそれぞれの店の奥に入っていった。
「あぁ、三人とも奥に行ってしまって、お店の方はどうするんでしょうね?」
三人がそれぞれの旦那を呼びに行ってしまいカウンターに人がいなくなったのを見て、アレックスは呆れた様に声を上げた。
……
…………
………………
「これはこれは、アレクサンダー坊ちゃんじゃないか。よく来てくれたねぇ」
店の奥から顔を見せたドワーフの男性が、カウンターから声を掛けてくる。
背丈の程はアレックスより頭一つ高い程度、肩幅の広いどっしりとした体形で短衣の裾から覗く腕は筋骨隆々とした見事な物だった。
ぼさぼさの黒髪に対して綺麗に手入れのされた長い顎ひげを片手で撫で付けながら、厳つい顔に笑顔を浮かべる。
「こんにちわ、ガルドさん。今日はよろしくお願いしますね」
アレックスがガルドと挨拶を交わしていると、店の奥から妻達に押し出される様にして二人のドワーフが現れた。
二人とも先に現れたドルドと同じ様に豊かな顎ひげを蓄え、がっしりとした体付きは筋骨隆々としていた。
「やぁやぁ、珍しい客じゃないか。いらっしゃい、坊ちゃん」
「うむ。よく来た。歓迎する」
「こんにちわ、ドルドさん、ムルドさん」
奥から現れた二人に、アレックスは挨拶を返した。
見た目もそっくりな三人はそれぞれのひげを長兄ガルドは赤いリボン、次兄ドルドは青いリボン、末弟ムルドは黄色いリボンでまとめている。
「そんで、今日はどういった用件だい?坊ちゃん」
無遠慮なガルドの言葉に、アランが抗議の声を上げた。
「ガルド親方、いくら何でもスプリングフィールド選公爵家の第三子であるアレクサンダー坊ちゃまに対して、あまりにも失礼ではございませんか?」
アランの抗議を、ガルドは鼻で笑った。
「こちとらぁ、お貴族様相手のお上品な商売なんぞ、しちゃぁいねぇのよ。文句があんなら、御免状を出した王様にでも言いな。まぁ、ランの旦那はもう死んじまってるけどな!ンガハハハハッ!!」
高笑いを上げるガルドを弟のドルドとムルドがたしなめる。
「いやいや、兄さん。親しき仲にも礼儀ありって言うじゃないか」
「うむ。礼儀は大事」
三人の遣り取りを見ていたアレックスは、クスリと笑う。
御免状というのは、ローランディア選王国初代国王であるラン・ディアがマスターソン三兄弟に出したもので、簡単に言うと貴族に対する無礼を赦すという内容のものだ。
一代限りのこの免状があるから、彼らは国王相手でさえも頭を下げない。
彼らは、たとえ貴族と言えども頭ごなしに呼びつける事は出来ない者達であり、それ故にアレックスは自ら出向いたのである。
「私は、構いませんよ。ガルドさんに畏まられても、変な感じですしね」
「おう!坊ちゃんが話の分かる貴族で助かるぜ」
そのやり取りに、アランは呆れた様に小さく溜息を吐いた。
「坊ちゃま、そろそろ本題に入られてはいかがでしょうか」
アランの提案に、アレックスは頷いた。
それを見たガルドが、アレックスに問いかける。
「ジョアンナからちょっと聞いたが、剣を打ってほしいんだって?ようやく、坊ちゃんも帯剣の許可が下りたって事かい?」
「えぇ、実家の方では。まだ王立アウレアウロラ学園内での帯剣の許可は出てないのですけれど、高等部アウレアに入ったら許可されますので……」
それを聞いたガルド達はうんうんと頷いた。
「まぁ、坊ちゃんの腕前なら当然だな。許可が出たってんなら、約束通り剣を打ってやるよ」
「それじゃ、僕は君にピッタリの鎧を準備するよ」
「うむ。約束。一級品の装身具を作る」
それぞれに了承の意を告げるガルド達に、アレックスは一礼して姿勢を正した。
「それじゃ、坊ちゃん。ご注文を聞こうじゃないか」
姿勢を正したアレックスを見て、ガルドも真面目な表情を浮かべる。
こうして、アレックスはマスターソン三兄弟への注文を始めるのだった。




