第十一話・翌日
フレデリックの昔話が一段落して昼食の終った後、フレデリックは執務に戻るために食堂を後にしていた。
ランドルフも、フレデリックの執務を手伝うためにその後に続いた。
フレデリックが食堂を出ていったのを機に、残されたアレックス達もそれぞれに食堂を出て行った。
アレックスは、午後は勉強のために自室へと戻っていった。
レスリーも、スプリングフィールド選公爵家の政商が結婚式で着るドレスを持ってくるため、その出迎えの準備ために自室に引き上げていた。
そのため、残されたギルバートはキャサリンに案内されて居住館にあるサロンへと場所を移していた。
サロンではお茶が準備され、キャサリンが接待主として来賓であるギルバートを持て成していた。
サロンへと移ったギルバートは、部屋を見回して小さく溜息を吐いた。
「あら、ギルバートさん、何か気になる事でもあったのかしら?」
キャサリンが自ら入れたお茶を受け取ったギルバートは、慌てた様に頭を振った。
「あぁ、いえ、大した事ではないんです。皆さん用事でお忙しい様子なのに、僕だけ暇を持て余すような感じになってしまって何だか申し訳ないなと……」
「あらあら、そんなこと気に病む必要はないのよ?今の貴方は、スプリングフィールド選公爵家にとって大切なお客様なのだから」
ニコリと笑うキャサリンに、ギルバートも遠慮がちに笑顔を浮かべる。
「それに、私達は明日にはオルランド伯爵領へ行くのだし、そうなったら結婚式で忙しくなるのではなくて?今日は結婚式前の最後の休暇と思って、のんびりされたら良いのよ」
キャサリンのその言葉に、ギルバートは静かに頷いた。
「そうですね。そう思う事にします」
そう言って、ギルバートは手にしていたお茶を飲み干した。
「まぁ、まだまだね。将来はオルランド伯爵家を継ぐ事になるのだから、もう少し図太いくらいでなくては駄目よ」
「はい、頑張ります……」
キャサリンの言葉にタジタジとなるギルバートを見て、キャサリンはクスリと笑うと話を振った。
「それでは、オルランド伯爵領の……、そうねぇ、ポルトゥースのお話でも聞かせていただけないかしら?」
「そんなことで良ければ、喜んで!」
そう言って、ギルバートは咳払いして姿勢を正すと、生まれ故郷であるポルトゥースの街について語り出した。
……
…………
………………
翌日の朝、いつも通りに起きたアレックスは、やはりいつもと同じように朝食の席に着いていた。
その日の朝食は、皆でそろって食事をするところまでは同じだった。
しかし、いつもと少し違い朝食を終えると皆は慌しく席を立って、それぞれの用事のために立ち去っていった。
そのため食堂に一人残される形となったアレックスだったが、慌てることなくゆっくりと食後のお茶を飲んでいた。
そうして一息つくと、アランから今日の予定を聞いていた。
「坊ちゃま、本日の昼には明日のお披露目会の準備と打ち合わせの予定が入っております」
「……お披露目会ですか?」
アレックスは、食後のお茶を飲む手を止めると背後に控えるアランを肩越しに振り返った。
「はい。この度無事に王立アウレアウロラ学園初等部アウロラをご卒業なされた坊ちゃまの卒業と高等部アウレアへの進学を、東方領の貴族へ周知する事が目的の一つでございます。それと同時に、お嬢様の結婚とそのお相手を紹介するのがもう一つの目的となります」
アランの言葉に、アレックスは怪訝そうに首を傾げた。
「姉様の結婚式はオルランド伯爵家で行われるのですから、スプリングフィールドではその結婚相手であるギルバートさんを紹介する場を設ける事にするというのは分かります。ですが、私の卒業と進学を周知するためというのは、必要な事なのですか?」
アレックスが疑問の声を上げると、アランは優しく微笑んだ。
「坊ちゃまは、ご自分の置かれた立場というものをもう少しお考えになった方が宜しいかと愚考いたします。それで言いますと、お嬢様は今回の結婚によってスプリングフィールド選公爵家からオルランド伯爵家に籍をお移しになられます。それによって、お嬢様は王位継承権を失う事になります。また、ランドルフ様は、次期スプリングフィールド選公爵として当家をお継ぎになる事が決まっております」
アランは小さく咳払いをして話を続ける。
「もちろん、それで旦那様やランドルフ様の王位継承権が消失するわけではございません。ですが、選公爵家の当主がローランディア選王国の王位についた事例は、ローランディア選王国の歴史上にはございません。失礼ながら、そうなりますとスプリングフィールド選公爵家における王位継承権所持者は、実質的に坊ちゃまお一人という事になります」
「えぇ、アランの言う通りですね」
アランの話に、アレックスは小さく頷いた。
ローランディア選王国における王位継承権は、他国のそれとはその意味が異なる。
この国における王位継承権とは国王に選ばれる権利――つまりは被選挙権――なのだった。
これに対して、国王を選ぶ権利――選挙権――を持つのは、東方領のスプリングフィールド選公爵家、南方領のサマーベイスン選公爵家、西方領のフォールプレイン選公爵家、北方領のウィンターヒル選公爵家の四つの選公爵家の当主と国王陛下の計五人である。
アレックスが頷いたのを確認したアランは、話を続けた。
「現在王位についておられるロザリアーネ女王陛下は、御年とって五十歳となられます。もう数年もすれば次の国王陛下、つまりは王太子殿下をお決めになられるでしょう。その時には、坊ちゃまもご成人なさっておられる時期でございますから、王太子として選ばれる可能性は十分にございます。そういうわけでございますので、スプリングフィールド選公爵家に有力な王位継承権所持者がいる事を内外に示すためにも、今回のお披露目会において坊ちゃまの初等部アウロラ卒業と高等部アウレア進学を周知する必要があるのでございます」
アランの説明に、そう言う事ならとアレックスは頷いた。
もっとも、アレックス自身はローランディア選王国の国王となる事を、殊更に目指しているわけではない。
どちらかと言えば、国王になるためのあれやこれやのしがらみや苦労、選公爵家や王家の思惑といったものからは距離を取りたいと思っている方だ。
貴族のしがらみでも面倒だと思っているくらいなので、それ以上は勘弁してもらいたいというのが本音なのだ。
ただ、その生まれから、そういった望みがかなうはずもないという事も理解している。
スプリングフィールド選公爵家に生まれて貴族として生きている以上は、それ相応のしがらみや責務といったものが付きまとうのは仕方のない事だ。
しかし、仕方がないで諦めるつもりはなかった。
何しろ、今世では精一杯生きると決めているのだから。
「午後からの予定は分かりました。それでは、午前中の内は自由にできるという事ですね?」
アレックスが確認する様に質問すると、アランは少しばかり渋い表情を浮かべた。
しかし、アランが渋い顔をしたのはほんの一瞬だった。
「それでは、坊ちゃま。午前中は何をなさいますか?」
アランの問い掛けに、アレックスはしばらく考え込んだ。
「明日はお披露目会がある……。明後日以降の予定は、今の所どうなっているのですか?」
アレックスの問いに、アランは淀みなく答える。
「はい、明後日六日の朝にはオルランド伯爵領へ向けて出発いたします。到着は夕方でございます。予定では七日に当家を内々に歓迎する宴が催され、八日と九日はフレデリック様はポルトゥースにある港湾管理隊の支署の視察と指導を行われます。十日には周辺の貴族も招いた晩餐会が執り行われる事になっております。四月上小月一日が結婚式当日となっておりまして、二日にはスプリングフィールドへ帰ってくる予定でございます」
「それで、私が王都に戻るための魔導飛行船が出るのが四月上小月八日ですね」
「左様でございます」
アレックスは、飲みかけのお茶を飲み干すと席を立った。
「なら、学園から出ている課題は、オルランド伯爵領から戻ってからでも十分間に合いそうですね。今日は久しぶりに、街に出てみるのも良いかもしれません。アラン、付き合いなさい」
「畏まりました、坊ちゃま」
一礼して畏まるアランを一瞥したアレックスは、アランを後ろに引き連れて食堂を後にした。




