第七話・剣の修練①
修練場の中へと入ったアレックス達は、倉庫で各々が鍛錬に使う模擬剣を選んでいった。
「それでは、坊ちゃま、ギルバート様。訓練で使用する武具をお選びください」
「自由に選んでよいのですか?」
アランが武具を選ぶように言った事に、ギルバートは軽く驚きながら疑問をぶつける。
「はい、ギルバート様。当家の武術の訓練は、実戦を想定したものです。ですから、実際に使う事のある武具を用いて訓練しなければ意味がございません。どうぞ、お好きな物をお選びください」
「そう言う事でしたら……」
アランの説明に、ギルバートは少し考えながら倉庫に並べられている武具を見比べた。
やがて、一振りの剣を選んだギルバートは、手にした模擬剣を持ってアランの元に戻って来た。
「それでしたら、僕はこの剣を使わせてもらいます」
ギルバートの選んだ剣は、標準的な片手直剣より少し刀身の短いものだった。
その形状も騎士達の使う標準的な剣とは少々趣を異にしている。
それは、身幅の広い片刃の刀身に先端に掛けて反りが入った代物で、船乗り達が良く使うという曲刀――カトラスと呼ばれるものだった。
「おや、そちらをお選びですか」
「えぇ。我が家では、治安維持の一環で諸侯軍が海に出る事もあります。諸侯軍の軍兵は、金船兵団や船乗り達と一緒に戦う事もあるので、指揮官である自分達も自然と同じ得物を使うようになったんですよ。その関係で、我が家では陸の上でもこれを使っています。まぁ、貴族としてはあまり良い選択ではないかもしれないと思うんですけどね」
ギルバートの説明に、アランは左様ですかと静かに頷いた。
そんなアランとギルバートの会話を聞きながら、アレックスはローランディア選王国の軍制について思い出していた。
まず、『軍兵』という呼称は、ローランディア選王国独特のものである。
そもそも、ローランディア選王国には、常備軍として六つの騎士団と六つの兵団が存在する。
その内、騎士団に所属する者は、『騎士』と騎士を目指して修行中の『従士』に分けられる。
そして、兵団に所属している専業戦士が『兵士』と呼ばれる者達である。
また、領地貴族が領内の治安維持のために雇用する『衛士』と呼ばれる者達もいる。
そのため、貴族が戦時に臨時編成する諸侯軍の兵を指して、兵団の兵士と区別するための呼称として『軍兵』という呼び方が存在するのだった。
ギルバートは、領地貴族であるオルランド伯爵家の嫡子であるから、諸侯軍を率い軍兵を指揮する立場にある。
海上に出る事も考えれば、その装備が船上に適した物になるのも頷ける話である。
そうして、つらつらと考え事をしながらも、アレックスは自分の使う得物を探し出していた。
アレックスが訓練に使う武具を手に取った所で、丁度アランが声を掛けてきた。
「坊ちゃま。訓練に使う武具は、お決まりになられましたか?」
「えぇ、アラン。私は、これを使います」
そう言ってアレックスが掲げて見せたのは、二振りの剣だった。
アレックスの持つ二振りの剣の内の一振りは、片手直剣より少し細身で刺突に優れる細剣だ。
そして、左手に持つもう一振りは、細剣と共に使われる防御用短剣の一種であるソードブレーカーだった。
アレックスは、剣帯を腰に巻いて選んだ二振りの剣を腰に下げた。
用意を整えたアレックスがギルバートの方を見れば、ギルバートも剣帯を付け終えていた。
「左様でございますか。坊ちゃまも成長して背が伸びておられますから、本格的に剣をお使いになられてもよろしいかと存じます」
そう言うと、アランは手近な棚から一本の剣を取り出した。
アランの手に取った剣は、片手でも両手でも扱える片手半剣だ。
アランは剣帯に剣を下げると、アレックス達に向き直った。
「さて、坊ちゃま、ギルバート様。それでは、修練場にて剣の修練を開始いたしましょうか」
「分かりました、アラン」
「はい、アランさん。よろしくお願いします」
三人は揃って修練場へと移動した。
そこでは、既に数人の騎士達が訓練を行っている所であった。
騎士達は、アレックスの姿を認めると訓練を中断してアレックスに対して敬礼してくる。
アレックスはその騎士達に答礼を返して声を掛けた。
「皆さん、お疲れ様です。さぁ、どうぞ訓練を続けてください」
そうして、アレックス達三人は修練場の一角に移動する。
それを見て訓練に戻っていく騎士達だったが、彼らの興味がアレックス達に向けられている事が気配で感じられた。
アレックスはそれらを務めて無視して、目の前の訓練に意識を向けるのだった。
「それでは、坊ちゃま、ギルバート様。先ずは型の稽古から始めましょう」
アランの合図で並んだアレックスとギルバートは、それぞれ腰の剣を抜いて構えた。
ギルバートは、右足を前に出してカトラスを体の中心に重なる様に構え、左手は軽く拳を握って後ろ手に構える。
それに対して、アレックスは二振りの剣を抜く。
逆手に持って引き抜いた剣を、空中でクルリと翻して順手に握り直した。
ソードブレイカーは腰だめに構えて、細剣を前に出すように右足を踏み出して半身の構えを取る。
一通り二人の構えを確認してみて、アランは満足そうに頷いた。
「お二人とも、基本の構えは良く出来ておいででございます。それでは中段の切りを一本」
アランの合図で、二人はそれぞれ剣を振る。
「続いて突きを一本……。払いを一本……」
そうしてしばらく時間をかけて、中段の構えから始まって上段、下段と構えを変えて次々と剣を振る。
「……はい、そこまででございます」
アランが声を掛けて、アレックスとギルバートは残心を取ってから構えを解いた。
「ご苦労様でございます、坊ちゃま、ギルバート様。坊ちゃまは、王立アウレアウロラ学園でも良く修練をしておいでだったようですね。ギルバート様も、怠りなく修練を積んでおられるご様子」
そう言って、アランはギルバートの前に立った。
「ですが、ギルバート様。どうやらギルバート様には、剣を振るう時に切っ先がぶれる癖がおありのようでございますね」
アランの指摘に、ギルバートは驚きに目を見開いた。
「今のを見ただけで分かりますか……。流石はアランさんですね」
ギルバートの言葉に、アランは鷹揚に頷いて見せた。
「そうなんです。直そうとはしているんですが、なかなか上手く行かなくて……」
「ギルバート様は、剣を構える時に切っ先が開いて構えておいでです。攻守を考えて、攻撃の型では手首を返して脇を閉めて構えられると良いでしょう。一度構え直してくださいませ」
アランに言われて構えを取ったギルバート。
アランは、そのギルバートの構えを見て近寄ると腕と手首を持って構えを修正していく。
「わずかな違いではございますが、動き出しの違いで打ち込みの速さが変わります。以後はその点に注意を払って修練なさると良いでしょう」
「ありがとうございます、アランさん」
アレックス達は、その後アランの指導の下で素振りを繰り返した。
そうして素振りを繰り返していく内に、アレックス達の額にはジワリと汗が浮かんできた。
「はい、一旦そこまででございます。しばし休憩といたしましょう。先ずは汗を拭いて下さい」
アランの制止の声に、ギルバートはホゥと溜息を吐きだした。
そうして、アランに差し出されたタオルを手に取ると額に滲んだ汗を拭った。
同じ様に、アレックスもアランから差し出されたタオルで汗を拭っていた。
修練を見守っていたメイドが汗を拭ったタオルを回収し、用意したお茶を差し出す。
アレックスは、ギルバートと共に用意されていたお茶で喉を潤す。
「さて、一息つきましたら、ギルバート様は打ち込み稽古と行きましょう。先ずは坊ちゃまの掛かり稽古から……。ギルバート様はそのまましばらくお休みください」
「分かりました、アランさん」
アランに言われて、ギルバートはメイドの用意している椅子に腰掛けた。
それを見たアランとアレックスは、休むギルバートから少し離れた位置に移動した。
四五歩分の距離を開けて対峙する二人は、向かい合って剣を構える。
「さて、坊ちゃま。ご自由に打ち込んでいただいてよろしいですよ」
「分かりました、アラン。それでは行きますよ」
アレックスは、剣を構えながらアランを見据える。
アランはというと、一欠片の油断もなく片手半剣をオーソドックスに中段に構えて、アレックスの仕掛けるのを待ち構えていた。
隙なく構えるアランの様子に、意を決してアレックスは仕掛けた。
一足飛びに間合いを詰めると、鋭く中段に突きを放つ。
アランは軽く剣を動かして、アレックスの突き込んだ剣を捌く。
アレックスは、素早く剣を引いて二撃三撃と続けて突きを放つ。
アランは、アレックスの連撃を捌きながら返す刀でアレックスに切りかかる。
アレックスは右から切り払ってくる剣を一歩踏み込んで左手のソードブレイカーで受け止めながらクルリと回り、さらに踏み込んでアランの背後に回り込む。
アレックスは、回転の勢いを付けてアランの背後から切りつける。
アランはその場から一歩踏み出して体を入れ替えて、アレックスの剣を下から救い上げるようにして弾いた。
剣を弾かれたアレックスはそのまま一歩下がって剣を引き、アランが上段から切り下してきた剣をソードブレイカーの背で受け止める。
アレックスはそのままソードブレイカーでアランの剣を絡め捕ろうとする。
しかし、アランは一歩踏み込んで剣を押し込んでアレックスを突き放す。
押されたアレックスは、その力に逆らわずにそのまま後ろに下がって距離を取った。
「坊ちゃま、なかなかに腕を上げておいででございますな」
「アランにそう言ってもらえるのは、素直に嬉しいですね」
そう言って構えを取り直した二人は、さらに激しく剣を交わしていくのだった。




