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異世界転生?いえ、元世界転生です!  作者: 剣原 龍介
青年の章

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第五話・将棋

 パチン。

 ……パチン。

 静かな室内に、駒を打つ音が響く。

 パチン。

 …………パチン。

 一頻りサロンで寛いだアレックス達は、その後で居住館の遊戯室へと場所を移していた。

 母キャサリンは、所用のために席を外している。

 遊戯室に移動したアレックス達は、午後のお茶を楽しみながら将棋に興じていたのだった。


「いよいよ来小月には、姉様とギルバートさんの結婚式ですね」


 パチン。


「そうだね。もう今から楽しみだよ」


 ……パチン。


「そうですか。しかし、姉様がわがままを言ったようで、申し訳ありませんでした」


 パチン。


「う~ん、そんな事は無いさ。君が気に病む様な事じゃないよ」


 ……パチン。


「そう言ってもらえると有難いです。結婚式の日取りを四月頭にしたのは、私が出席できるまとまった休暇の取れる日だからだと聞いていたものですから。……、王手です」


 パチン。


「あっ、それは……ちょっと……」


 アレックスの指した王手を見て、ギルバートは腕を組んで考え込んでしまった。

 やがて、ギルバートは溜息を吐くと組んでいた腕を解いた。


「やれやれ、参ったな……。投了だ、僕の負けだよ」


 ギルバートが投了すると、レスリーが嬉し気に声を上げた。


「流石、アル君!良くやったわ!」

「ありがとうございます、姉様」


 レスリーの称賛の言葉に、アレックスは素直に感謝の意を伝えた。


「連敗か。これでも、将棋の腕には自信があったんだけどな……。いやしかし、アレクサンダー君は、本当に将棋が強いね」

「ウフフ、そうでしょう?」


 ギルバートの感想に、レスリーは我が事の様に自慢気に応じていた。

 アレックスは、そんなレスリーの様子に苦笑を浮かべて答えた。


「我が家には、私よりも将棋の強い人がいますからね。色々と鍛えられたのですよ」

「そうなんだ。将棋の強いアレクサンダー君が言うんだから、その人もよっぽど強いんだろうね」


 アレックスの言葉に、ギルバートは感心した様に頷いた。

 そんなギルバートに、アレックスはニコリと笑顔で応じる。


「えぇ、本当に強いですよ」

「へぇ、それ程言う人なら、ぜひ紹介してもらいたいな」


 ギルバートが、興味津々といった風に身を乗り出した。

 アレックスは、そのギルバートの様子を見て背後の人物を振り返った。


「フフフッ……。だ、そうですよ?アラン」

「お褒めいただきまして、光栄でございます」


 アレックスに呼ばれたアランは、静かに一礼して答える。


「アランは、とても凄いんですよ。将棋が強いのも勿論ですけれど、三千五百年以上前の非常に古い棋譜等も蒐集しているんです」

「へぇ、それはまた……、すごいなぁ」


 ギルバートは、驚きの顔を浮かべてアランを見遣った。

 そんなギルバートの視線を受け止めたアランは、至って平然とした柔和な態度を崩す事は無かった。


「恐れ入ります。いやはや、お恥ずかしい限りですな」

「いやいや、そんな事はないですよ。三千五百年以上前となると、あの偉大な発明家、レスリー・アステトが将棋を発明した直後位の年代の代物という事ですよね?歴史的な資料じゃないですか!」


 ギルバートの言葉に、アレックスは今も数多くの分野にその名前を残す有名な発明家、レスリー・アステトの事を考えた。

 魔術道具の発明家として有名なレスリー・アステトではあるが、その功績は実に様々な分野にまで及ぶ。

 そのため、その功績の多様さから、レスリー・アステトは一人の人物ではなく、様々な知識人、技術者などの集まった一種の職能集団だったのではないかという説があるくらいだ。

 だが、アレックスの考えは違った。

 それは、アレックス自身が経験している事でもあるが、恐らくレスリー・アステトは転生者だ。

 それも、この世界での転生ではなく、異世界――それもおそらく日本――からの転生者だ。

 アレックスは、この世界に生まれ変わってから様々な歴史の本を読んでいる。

 それは、自分が死んでから生まれ変わるまでの間の歴史だけではない。

 その中には、今も世界中で広く使用されている大陸統一歴の制定される以前の歴史を書いた書籍も含まれるのだ。

 それに、アレックスは、自分だけが特別だとも思っていない。

 元々、この世界の基本的な教育水準は、元の世界で考えると中世後期から近世くらいの水準である。

 だから、例えば現代日本の様な高水準の教育を受けている場合、その内容次第ではこの世界では大きなアドバンテージ――いわゆるチート――になる可能性を秘めている。

 そして、幼少期から大人の意識と知識、経験を持っているとなれば、行動にそれが表れる可能性は極めて高い。

 そうなると、幼くして頭角を現した人物として知られることになるだろう。

 つまり、レスリー・アステトとは、そういった人物だったのではないかという事だ。

 そんな事をアレックスが考えている間にも、ギルバートとアランの会話は続いていたようだった。


「それじゃ、アランさんは、今度の僕とレスリーの結婚式を見届けたら引退されるんですか?」

「はい、ギルバート様。この事は、既に旦那様にも相談済みの事でございます。ただ、本来でしたらもっと早くに引退する予定でございました。ですが、レスリーお嬢様が、どうしても自分の結婚式まではと仰られるものでございますから、その後にとなった次第でございます」


 アランは、そう言うと静かに微笑んだ。


「アランさんはとても優秀な家令ハウススチュワードだったとお聞きしてますが、引退されたらその後はどうされるんです?」

「はい、ギルバート様。幸いな事に、息子が後を継いで家令としての仕事をしっかりと務めております。ですから、私は領都スプリングフィールドに屋敷を頂いておりますので、そちらで余生を過ごさせて頂こうかと……」


 アランの返事に、アレックスはわざとらしく溜息を吐いた。


「本当は、私が学園を卒業して独り立ちするまで傍に仕えていて欲しかったのですけれど……」


 アレックスの言葉に、アランは苦笑しつつも深々と一礼して答えた。


「坊ちゃまにそう言っていただける事は、この上なく光栄なことで御座います。ですが、私ももう八十、年を取りました。孫もお家で執事に昇進いたしましたし、ひ孫もお家にお仕えさせていただくことが決まりました。もうそろそろ、年寄りの出番はないものかと考えております」


 そう言うアランの顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた。

 それを見たアレックスも、笑顔を浮かべる。


「もちろん分かっていますよ、アラン。……、後もう少しだけしっかり働いて下さいね」

「畏まりましてございます、坊ちゃま」


 そんな二人の遣り取りが終るのを見て取ったギルバートは、話題を変えるように明るい調子でアランに話しかけた。


「それじゃ、アランさん。ここは一つ、これも仕事だと思って僕と一局指しませんか?」

「左様でございますね。私でよろしければ、お相手させていただきます」


 それを聞いたアレックスは、席を立って隣の席に移った。

 レスリーに手招きされてその隣座ることになったのだ。

 アレックスがレスリーの隣に座ると、レスリーは嬉しそうにアレックスを抱きしめてきた。

 そして、席の後に立っていたアランは、失礼いたしますと一言断ってからギルバートの対面に座った。

 アランは、背筋をピンと伸ばしてソファに腰掛ける。

 それからアランは盤上の駒を手に取ると、ギルバートに向き直った。

 そうして、二人で次々と駒を並べていく。


「ですが、ギルバート様。このまま普通に指したのでは、失礼ながらあまり良い勝負にはなられないかと……。先程までの坊ちゃまとの勝負を見ますに、これくらいが丁度良いかと思われます」


 そう言ったアランは、四枚の駒を手に取った。


「飛車角香車の四枚落ちですか?まぁ、アレクサンダー君が自分より強いと言ったんですから、彼に負けた僕では手合割りが必要と仰るのは分かりますが……。良いでしょう、勝負をさせてもらうのは僕の方ですから、精々失望させない様に頑張りますよ」


 そう言うと、ギルバートは早速駒を手にして盤上に指した。

 対するアランも、落ち着いた雰囲気で一手指す。


「どっちが勝つのかしら?」

「さぁ?まだ始まったばかりですからね」


 レスリーの疑問に、アレックスは素直に分からないと答える。

 二人の勝負はそれからしばらく続いた。

 アレックス達は、メイドを呼んで午後のお茶を準備させると気楽な調子で観戦する。

 勝負の行方は、結局四枚落ちで二度勝負をして二回ともギルバートの負けとなって終わった。


「なかなかに良い勝負でございました。この調子でございましたら、その内に手合割りの枚数を減らす事が出来るやもしれませんな」

「そうですか?てんで良い所がなかったようにも思いますが……」

「いえいえ、ギルバート様はまだお若いですからな。もう少し手を深く読まれる様になられれば、直ぐにでも上達いたしますとも。そうですな……。まぁ、十手も読めるようになれれば十分かと」


 にこやかに笑い合う、アランとギルバート。

 そんな二人の様子を見ながら、レスリーはアレックスに疑問を投げかけた。


「アランはあんなこと言ってるけど、十手も先を読む事なんて出来るの?」

「さぁ?出来るから言っているんではないですか?私だって、普通に七、八手くらいは先を読んで指しますから……」


 控えめに表現したアレックスだが、その気になれば十手先も読める事は言わないでおく。

 アレックスの返答に、レスリーは驚いたように目を見開いた。

 私は二、三手くらいしか分からないんだけどと口の中でブツブツと呟く。

 そんな彼らの遣り取りをそれと無く横目に見やったアランは、困惑気味のギルバートに声を掛ける。


「棋力を上げたければ、詰め将棋をお勧めいたします。よろしければ、良い本がございますのでお譲りいたしましょうか?」

「アランさんの勧めとあれば、是非いただきたいものです」

「畏まりました。今夜にでもお届けいたしますので、楽しみにお待ちください」


 ギルバートの答えに、アランは目を細めて微笑を浮かべた。

 こうして、遊戯室での一時は穏やかに過ぎていった。

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