第四話・帰郷③
居住館の玄関を通りエントランスロビーへ入ると、アレックス達を二組の男女が出迎えた。
「お帰りなさい、父様、母様、アリー」
「お帰りなさいませ、お義父様、お義母様、アレックスちゃん」
アレックス達を出迎えた一組目は、一年前に結婚したばかりの兄ランドルフとその妻、アンジェリーナ・ローレン・スプリングフィールドだった。
アンジェリーナは、ランドルフの一つ下の十九歳。
黄色みがかった明るい茶髪に愛くるしい笑顔の可愛らしい美人である。
彼女は、東方領の領都スプリングフィールドにある選公爵立エクウェス学園を非常に優秀な成績で卒業した才女でもあった。
「うむ。ランドルフ、アンジェリーナ、今帰った」
「ただいま、ランディ、アンジェ」
「ただいま戻りました、兄様、義姉様」
ランドルフとアンジェリーナの出迎えに、アレックス達は三人三様に帰宅の挨拶を返した。
そうしている間も、二人は仲睦まじく腕を組んで寄り添い合っている。
仲の良さを見せつける二人の出会いは、選公爵立エクウェス学園だ。
選公爵立エクウェス学園の生徒会で、先輩後輩として長らく一緒だったのである。
そんな二人は、実は恋愛結婚であった。
それは、選公爵家の地位とランドルフの立場からすると、貴族としては珍しい事ではある。
もっとも、その結婚を承認したフレデリックもキャサリンとは恋愛結婚である。
そのため、息子であるランドルフの恋愛に口出しし難い面があったのも事実であった。
その上、成績優秀な上位貴族――彼女の実家は東方領のラビアン侯爵家――とあって、政略としても申し分なかった。
結果として、選公爵家としても満足のできる結婚だったため、家族関係は良好なのだった。
そんな、にこやかに挨拶を交わし合うアレックス達に向かって、もう一組の男女が歩み寄ってくる。
「お帰りなさいませ、父様、母様、アル君」
「御無沙汰しております、スプリングフィールド選公爵閣下、選公爵夫人。久しぶりだね、アレクサンダー君」
そう声を掛けてきたのは、アレックスの姉レスリーとその婚約者であるギルバート・ラン・オルランドだ。
サラサラの金髪に鼻筋の通ったスッキリとした顔立ちで、にこやかな笑顔をアレックスに投げかけていた。
ギルバートはレスリーと同い年の十八歳で、ランドルフ達兄妹とは幼馴染の間柄だ。
また、彼の実家は、東方領有数の港町として有名なポルトゥースを領地に持つオルランド伯爵家である。
「あぁ、ただいま、レスリー。それと、よく来たね、ギルバート君」
「ただいま、レスリー。いらっしゃい、ギルバートさん」
「はい、ただいま、姉様。ギルバートさんも、お久しぶりです」
レスリーとギルバートの挨拶に、フレデリックとキャサリン、アレックスはランドルフ夫妻にしたのと同様に挨拶を返した。
「あぁ、アル君!会いたかったわ!」
アレックスが挨拶を終えると、それを待っていたかの様にレスリーがアレックスに駆け寄って抱きしめてきた。
「ぎゅぇ!姉様、ちょっ、苦し……」
レスリーは、アレックスを胸元に抱え込むと力一杯抱きしめてきたのだった。
「あらあら、レスリーったら、はしゃいじゃって」
キャサリンは、微笑まし気にレスリーを眺めている。
男達三人は、アレックスを抱きしめて放さないレスリーの姿に顔を見合わせていた。
アレックスがレスリーの背中をポンポンと叩く――勿論苦しいからだ――と、感極まったレスリーは益々力を込めてアレックスを抱きしめていく。
そんな二人の様子を見かねて、ランドルフが代表する様に声を上げた。
「いやいや、母様も、そんな悠長に笑ってないで。ほら、レスリー、アリーが何だか大変な事になってるぞ?」
レスリーに力一杯抱きしめられているアレックスは、下手に振りほどくわけにもいかずに締め上げられて窒息していた。
レスリーの腕の中で、力なく項垂れるアレックス。
ランドルフに言われて、自身の腕の中にいるアレックスの様子に気が付いたレスリーは慌てて抱きしめていたアレックスを解放したのだった。
……
…………
………………
屋敷のエントランスロビーでの一騒動の後、アレックス達親子は食堂へと場所を変えていた。
昼食時となった食堂には、アレックスの帰郷を祝って料理人が腕を振るった数々の料理が並べられて食卓を大いに賑わせている。
食事の席には、家族だけではなくレスリーの婚約者であるギルバートも招かれており、アレックスの学園での話だけではなく東方領の賑わい、特にギルバートの実家が治めている港町ポルトゥースの様子等が話題に上がっていった。
「沿岸地域の状況については報告で承知しているが、こうして実際にそこで生活している者の話が聞ける事は随分とためになる」
フレデリックは、ギルバートの話に相槌を打ちながらそう言った。
そのギルバートはというと、フレデリックにためになるとまで言われて恐縮しきりだった。
「東部から南部にかけての沿岸地域の治安維持活動については、青龍騎士団の方でも金船兵団とは連携を密にせねばならんな……。ポルトゥースは金船兵団の寄港地の一つでもあるし、後程オルランド伯爵宛の書簡を準備しよう」
フレデリックの言葉に反応したのはランドルフだった。
「父様、沿岸地域の治安が悪化しているのですか?」
「そうだな……。最近は魔物や怪物の活動が活発で、船が沈む被害まで出ていると聞く。このままでは、東方のヴァルミス島との交易路にまで影響が出ないとも限らん。個別の船の護衛ならば冒険者ギルドの管轄だろうが、大規模な討伐となると国が動かなければな」
「冒険者ギルドですか?護衛の依頼なら、傭兵ギルドの領分だと思うのですが……」
ランドルフの疑問に、フレデリックは頭を振った。
「そうではないぞ、ランドルフ。確かに野盗や強盗、山賊、海賊の類ならば傭兵ギルドの領分ではあるが……。しかし、今回の話では、魔物や怪物が相手だ。そういう人外の相手となると、色々と勝手が違うものだ。だから、今回の話では、護衛の依頼は冒険者ギルドの領分というわけだ。まぁ、傭兵ギルドにも登録している冒険者も多いものだが……」
フレデリックは、ため息を一つ吐くとグラスの水を一口含んだ。
そうして口を湿らせると、ランドルフに向き合って言葉を続ける。
「さて、情勢によっては、私は青龍騎士団団長として沿岸地域の治安維持に出動しなければならんかもしれん。その時は、スプリングフィールドでの領主の仕事を名代としてお前に任せる事になるな。昼食の後で、私が不在の間の仕事ぶりを確認するが、これからは次期領主としてより一層励んでもらわねばならん」
「はい、父様。ご期待に違わぬ様に精一杯努めます」
ランドルフは、フレデリックを正面から見据えて神妙に頷く。
そんな二人の様子に、キャサリンが苦言を呈してきた。
「まぁ、二人とも、折角の楽しい昼食の席でお仕事のお話なんて、野暮な事はよしてくださいな。必要なお話なのでしたら、お食事が終った後に執務室ですればよい事でしょう?」
「あぁ、それはそうだな。せっかくの食事の席でする様な話ではなかったか……。ならば、ランドルフ、後で執務室に来なさい」
「はい、分かりました、父様」
話はそれで終わりとばかりに、その後は和やかに食事の席は進んでいった。
そうして、昼食が終るとフレデリックは王都に行っていた間の仕事の確認をするために執務室へと去って行った。
ランドルフも、その後を追う様にして執務室へと向かった。
後に残されたアレックス達は、客人であるギルバートをもてなす為に場所をサロンへと移した。




