第三話・帰郷②
王都を発った魔導飛行船は順調に航行を続け、翌日の朝には予定通り領都スプリングフィールドに到着していた。
アレックス達親子は、魔導飛行船の客室係の誘導でフルグファヴェノ空港に降り立った。
そこからは、空港の係員によって空港の待合室――貴賓用のラウンジ――へと案内される。
そうして、貴賓用ラウンジにアレックス達親子が到着して、しばらくした頃だった。
貴賓用ラウンジで寛ごうとしているフレデリックの元に、東方領方面航空管理局局長のカゼルノン・ヤッカミン法衣子爵が面会を求めて現れた。
「お久しぶりでございます、スプリングフィールド選公爵閣下。閣下におかれましてはご機嫌麗しく」
挨拶の言葉を述べると、カゼルノン局長は丁寧に礼をした。
「うむ。挨拶ご苦労」
「はい、閣下。何かございましたら、係の者にご遠慮なくお申し付けください。それでは、私は仕事がございますので、これにて御前失礼いたします」
カゼルノン局長は、そう言うと再び深く丁寧に一礼をして去って行った。
「父様、あの方は、いったい何がしたかったのでしょう?」
「さてな。大方、自分の顔を売っておきたいのであろう」
アレックスの疑問に、フレデリックは若干眉をひそめて溜息を吐いた。
カゼルノン局長は、この東方領に置かれたフルグファヴェノ空港を選公爵家が利用する度に、必ず顔を出しては挨拶してくる。
別にそんなことで、カゼルノン局長の評価が上がるわけではない。
しかし、挨拶にかこつけて何か陳情や要請をしてくるわけでもなかった。
要は選公爵家へのおべんちゃらの類の一つという事だ。
さらに言えば、カゼルノン局長の仕事ぶり自体は、大変にしっかりとしたものでもある。
そのため、挨拶に来るだけならば何ら問題にはならないのだ。
結果、彼の行動は毒にも薬にもならないとして、放置されている様な状況だった。
二人が話をしていると、貴賓用ラウンジの接客係が近付いてきた。
「失礼いたします、スプリングフィールド選公爵閣下。迎えの馬車が到着するまで、今しばらくかかるそうです。到着次第お知らせいたしますので、ご容赦願います」
「そうか、分かった。では、よろしく頼む」
「ありがとうございます。それでは、お待ちいただく間のお茶をご用意いたしますので、しばしお待ちくださいませ」
一礼をして接客係が下がっていく。
接客係が下がっていくと、それを見計らってラウンジにいる他の貴族達数人が、フレデリックに挨拶をするために集まって来た。
フレデリックが挨拶に訪れる貴族達と二言三言の会話をしながら、しばらくの時間が過ぎていった。
接客係によってお茶が用意され、アレックス達は暫しの休憩を楽しんでいた。
やがて、居並ぶ貴族の列が終ると、フレデリックは少し疲れた様な素振りでソファに座った。
フレデリックがカップに注がれた少し冷めたお茶を飲み干すと、キャサリンが労いの言葉を掛けた。
「貴方、お疲れ様。新しいお茶を頂きましょうか?」
「そうだな。頂くとしよう」
キャサリンは小さく手を上げて接客係を呼び、新しいお茶を淹れるように命じる。
すぐさま新しいお茶が用意された。
貴族達の挨拶も終わり、アレックス達はようやくゆっくりとお茶を楽しむ余裕が出来たのだった。
……
…………
………………
迎えの馬車が準備を終えて、連絡を受けた接客係がフレデリックに報告に訪れた。
案内係の空港職員がラウンジの前まで迎えにやって来て、フレデリック達を先導していく。
アレックスは、両親の後について歩く。
執事のアランがアレックスの後ろに付き従い、フレデリック達の周囲を護衛の騎士が囲む。
そうしてしばらく歩いて、空港の玄関口――馬車の乗り入れ口――までやって来る。
玄関口には数台の馬車が止まっていた。
その中で、案内係の案内した馬車は華美な装飾を排した、選公爵家が使う馬車としては質素ともいえる物であった。
もっとも、よく見ればそこかしこに細かな装飾が施され、見る者が見ればその価値が分かる様な瀟洒な逸品でもあった。
「それでは、スプリングフィールド選公爵閣下。本日は、フルクファベノ空港をご利用いただきましてありがとうございました。私はここで失礼させていただきます」
そう言って、案内係は一礼をする。
「うむ、ご苦労。下がってよい」
フレデリックの言葉に、案内係は再び礼をすると立ち去っていく。
それと入れ替わる様に、フレデリックの前にアランが進み出た。
アランは馬車の前まで進み出ると、踏み台を取り出して馬車の扉を開いた。
「どうぞ、フレデリック様、奥様」
フレデリックは一つ頷くと、馬車に乗り込んだ。
キャサリンもアレンの手を借りて馬車へと乗り込んでいった。
「さあ、坊ちゃまも馬車へどうぞ」
「ありがとう、アラン」
アレックスとしては、アランの手を借りずに馬車に乗りたい所であった。
しかし、いまだ子供で背の低いアレックスの場合は、アランの手を借りた方がきちんと――つまりは礼儀正しく――乗り込む事が出来るのである。
止む無く、アレックスはアランの手を借りて馬車に乗り込んだ。
最後に、アランが扉を閉めて御者台に上がり、周囲を確認する。
既に、護衛の騎士は用意されていた馬に騎乗を済ませ、出発の合図を待つばかりである。
出発前の確認を終えたアランが出発の合図を出せば、馬車はゆっくりとした速度で進みだした。
目的地は領都スプリングフィールドの領主館である。
空港を出た馬車は、領都スプリングフィールドを囲む外壁に沿って大門へと近付いていく。
大門の詰め所にいる衛士が、馬車に気付いて検問所に並ぶ人の列を整理していく。
馬車が大門の前に到着する頃にはすっかり場が整えられており、アレックス達を乗せた馬車は止まることなく大門を潜って市街地へと侵入していった。
馬車が人ごみで溢れる市街地に乗り入れると、馬車を目にした市民が道を開け平伏して馬車の通る道が出来上がる。
アレックス達の乗った馬車は、その道を悠々と進んでいった。
その様子は落ち着いたものであり、アレックスが王都に発った日の様な歓声とは程遠い。
それもそのはずで、行きに使った馬車はスプリングフィールド選公爵家の使う馬車の中でも特に豪華な物の内の一つであった。
それは、公式行事などの際に使用するために誂えられた馬車であり、特別な時にのみ使用されるものである。
つまり、アレックスの王都行きには、それだけの意味があったという事でもあった。
それに比べれば、高等部アウレアへの進学を控えるアレックスの帰郷は一時的な物である。
そう考えれば、王都行きと比べて質素な馬車になるのも当然と言えた。
馬車は粛々と市街地を通り抜けていく。
やがて、領都スプリングフィールドの中心に位置する丘の上の領主館の城壁が見えてくる。
領主館へと近付く馬車に気付いて、正門脇の守衛詰所から門番が姿を見せる。
馬車が正門前に到着すると、門番の一人が声を掛けてきた。
「お疲れ様です、アランさん。御館様の御帰還ですね。どうぞ、お通り下さい」
「えぇ、ありがとうございます」
門番の挨拶に、御者台に座るアランが応じる。
馬車が到着する頃には城門は開かれており、アランの指示で御者が鞭を入れて馬車を進ませた。
馬車は城門を潜ると前庭を外周に沿って進み、正面の執務館に隣接した居住館へ向かって進んでいく。
居住館の前には、エントランスから入り口前階段まで、館の使用人達が列を成して出迎えていた。
馬車はゆっくりとスピードを落として、階段前にぴたりと止まる。
馬車が止まると同時に御者台から降りたアランが、馬車から踏み台を取り出した。
アランが馬車の扉を開け、一歩引いてから礼をする。
その動きに合わせて、使用人達も揃って一礼して馬車の主達の下車を待った。
「「「お帰りなさいませ!」」」
「出迎えご苦労」
馬車から降り立ったフレデリックが、使用人達の列の間を進む。
キャサリンとアレックスも、フレデリックのその後に続いて館へと入っていった。




