第一話・卒業式を終えて
王立アウレアウロラ学園の正面門から続く大講堂の前庭には、多数の馬車が列をなしていた。
アレックスは学生寮で荷物をまとめると、多数の馬車で賑わう前庭の一角にやって来た。
居並ぶ馬車の列を見回して、目的の馬車を探すアレックス。
そんなアレックスの元に、一人の身なりの整った男性が近付いてきた。
「坊ちゃま、お久しぶりでございます。お迎えに上がりました」
「アラン、久しぶりですね。では、よしなに……」
「イエス、ユアハイネス」
アレックスに深々とお辞儀をしたアランは、片手を挙げて一振りした。
すると、前庭に列をなしている馬車の中から、一台の瀟洒な馬車が進み出てきた。
馬車には、スプリングフィールド選公爵家の紋章が掲げられているのが見て取れる。
馬車がアレックスの前まで来て停車すると、アランが踏み台を出して馬車の扉を開いた。
アレックスは手荷物をアランに預けると、アランの手を借りて馬車に乗り込んだ。
手荷物を荷台に収めたアランが御者台に乗り込み、馬車はアレックスを乗せて王立アウレアウロラ学園を後にしたのだった。
……
…………
………………
王立アウレアウロラ学園を出た馬車は、その進路を王都の貴族街へと向けた。
市民街から貴族街に向けて進むと、市民街と貴族街を隔てる内壁が見えてくる。
内壁の内側――貴族街へと続く内門へと近付いていくと、内門の詰所から衛士が出てくる。
「ご苦労様です」
馬車の上から、御者が身分証を提示する。
「ご苦労様です。それでは拝見いたします……。それでは、規則に則り確認をいたしますので、ご協力をお願いいたします」
衛士は、テキパキと検査を進めていく。
それほど時間をかけることなく、検査は終了した。
「ご協力をありがとうございます。検査は無事に完了いたしました。それでは、どうぞお通り下さい」
衛士の合図で貴族街へと続く内門の扉が開かれ、馬車は静かに出発していった。
馬車は、貴族街の大通りを真直ぐに進む。
やがて、馬車は王城テネブリスのそびえ立つ丘の麓に建つ王都スプリングフィールド選公爵邸へと到着した。
アレックスの乗る馬車が正門に近付くと、正門脇に作られている詰所から門番が出迎えに出てきた。
「ご苦労様です。今、扉を開けるので少し待ってください」
「はい、ご苦労様です。よろしくお願いします」
それに車上からアランが応じて、門番が正門の門扉を開くのを待った。
直ぐに屋敷の正門が開かれ、馬車は静かに正門を潜り抜けていった。
馬車がロータリーを回って玄関前階段に着けると、館の使用人が出迎えのために並んでいた。
馬車が停車して、御者台から降りたアランは馬車の前に乗降台を置く。
アランが扉を開いて、アレックスの下車を手伝う。
馬車から降りたアレックスを前に、使用人は揃って礼をした。
「「「お帰りなさいませ、アレクサンダー様」」」
使用人が玄関扉を開き、アランが先導する形でアレックスは屋敷に入る。
屋敷に入ると、エントランスロビーに両親――フレデリックとキャサリンの姿があった。
「お帰り、アレックス」
「お帰りなさい、アレックス」
「はい、ただいま戻りました、父様、母様」
アレックスは両親の元へと歩み寄る。
抱擁を交わし、三人は食堂に移動した。
そうして、三人は少し遅めの昼食を取りながら、しばらくの間今日の卒業式の感想を語り合った。
夕方が近くなり、東方領行きの魔導飛行船の便の時間が近付いてきた頃、三人は揃って王都スプリングフィールド選公爵邸を出発した。
貴族街を通り内壁を越え、市民街を通り向けて王都を囲む外壁に近付いていく。
王都の目抜き通りの先、外壁の大門を潜ればその先に王都のメディーム空港が見えてくる。
空港の巨大なターミナルには、四隻の大型魔導飛行船が接続しているのが遠目にもハッキリと見て取れる。
その内の一隻は、既に乗客の乗船が始まっているのか桟橋を渡る乗客の姿が見えた。
「父様、母様。魔導飛行船の乗客が乗船しているのが見えます!」
アレックスの言葉に、フレデリックが答える。
「あぁ、もうそんな時間なのだな。順番的には、恐らく北方領へ向かう便だろうな」
「アレックス。私達の乗る魔導飛行船はもっと後の便だから、心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと間に合う時間ですからね」
キャサリンは、そう言ってアレックスの頭を撫でた。
やがて、三人の乗る馬車はターミナルの玄関へ近付いていった。
ターミナルの玄関口では、多くの馬車が乗客の乗降のために列を成している。
馬車が行列に近付くと、玄関口で馬車の誘導をしている係員の一人が馬車へと近付いてきた。
「スプリングフィールド選公爵家の馬車でございますね。馬車の乗降口へご誘導いたしますので、こちらへどうぞ」
馬車に駆け寄って来た係員の誘導に従って、馬車は行列を通り過ぎてターミナルの玄関口へと案内されていく。
そうして、乗降口に停車した馬車の御者台からアランが降り立ち、足踏み台を取り出して下車の準備を整える。
それから馬車の扉が開かれて、最初に馬車を降りたのはフレデリックだった。
続いてキャサリンが下車をして、アレックスは最後に馬車を降りる。
三人が馬車を降りると、空港の玄関口から別の係員が進み出てきた。
「ようこそお越しくださいました、スプリングフィールド選公爵閣下。それでは、ラウンジのご用意が整っておりますので、ご案内させていただきます」
そう言って、係員の男性が三人を先導して空港のエントランスロビーへと進んでいく。
「では、行こうか」
「はい、貴方」
フレデリックが、キャサリンの手を取ってエスコートしていく。
アレックスはそんな二人の後姿を見ながら、その後について行くのだった。
……
…………
………………
「それでは、スプリングフィールド選公爵閣下。既にスプリングフィールド選公爵家のお荷物は魔導飛行船への積み込みをしておりますので、魔導飛行船の最終準備が整うまでこちらのラウンジにてしばしお待ちくださいませ」
「分かった。委細任せるので、よろしく頼む」
「畏まりました。それでは、私はここで失礼いたします。御用がございましたら、部屋付きのお世話係にお申し付けください」
ラウンジまで先導していた案内役の空港係員は、フレデリックにそう告げると部屋を後にした。
ここは、メディーム空港の貴族用ラウンジの一つだ。
そこは一部屋だけでも一軒家が軽く収まる程の広々とした空間で、この日のための護衛の騎士達を入れたとしてもアレックス達親子が寛ぐのに十分な広さがある。
フレデリックとキャサリンは部屋の中央に置かれた豪奢なソファに二人で腰掛ける。
アレックスはその二人の対面のソファに腰を下ろした。
クッションの良く効いたふかふかのソファが、座り込んだ体を優しく受け止める。
アレックスもソファーに腰を落ち着けた所で、フレデリックが片手を挙げて合図する。
それを見た護衛の騎士の一人が進み出て、部屋に備え付けられている呼び鈴を手にチリンチリンと鳴らした。
すると、部屋の扉――出入口とは別物――が開き、世話係の女性達が姿を現す。
「いかがいたしましたでしょうか」
「うむ、魔導飛行船の出立まで、まだ少し時間がある。お茶が飲みたい」
「畏まりました。すぐにお茶とお茶菓子を御準備いたしますので、しばしお待ちくださいませ」
フレデリックの要望に、世話係はそう言って一礼をして部屋へと戻っていった。
しばらくして、世話係が準備したお茶とお茶菓子を持ってきた。
世話係が、テーブルにお茶とティースタンドを置く。
すると、カップから立ち上る芳しい香りが漂ってきた。
「それでは、時間までゆっくりしようか。さぁ、いただくとしよう。せっかくだから、アレックスの学園生活の話でも聞かせておくれ」
フレデリックは、そう言うとカップを手に取りお茶を一口含んだ。
「そうですね。アレックスは、学園ではどんな生活を送っていたのかしら。お友達は出来たの?」
キャサリンも興味深そうに頷くと、アレックスに微笑みを向けた。
アレックスは二人の視線を受け止めて、静かに姿勢を正して話始めた。
「はい、母様。そうですね。入学式の終った後、教室に移動してオリエンテーションがあったのですが……」
アレックスはお茶で唇を湿らせながら、魔導飛行船の搭乗時間を知らせる係員が来るまで、ゆっくりと学園生活について語っていったのだった。




