第三十七話・学生寮に帰ってきてから
夕方の鐘が鳴り魔術道具店を後にしたアレックス達は、そのまま学生寮まで戻って来た。
アウロラ第一学年二号棟の前までやって来たアレックスは、すぐそばを歩くマリー、リリー、レオンを振り返って声を掛けた。
「私達は一号棟ですから、ここでお別れですね。それでは、ご機嫌よう」
「はい、アレックス様。それでは、ご機嫌よう」
「えぇ。それじゃ、アレックス君、また明日ね!」
「おう、アレックス!エディとヴァレリーも、また明日な!」
アレックスの言葉に、マリー達は挨拶の言葉を返す。
エドウィンとヴァレリーも三人に挨拶を返した。
軽く手を振って、マリーとリリー、レオンが二号棟へと歩み去って行く。
そうして三人と分かれたアレックス達も、帰るべく一号棟へと歩み始めていた。
「それにしても、今日は剣を振る時間がちっとも無かったなぁ。夕食の後に素振りでもするかな?」
エドウィンは剣を振る仕草をしながら、アレックスとヴァレリーの方を振り返った。
「別に止めはしないけど、エドウィンは今日の授業の復習とか大丈夫なのかい?」
「ハンッ!あんな内容、どうってことないさ!」
「そんなことを言って、授業で遅れが出たら次の試験で下の組に落ちるよ?」
勉強の心配をするヴァレリーに、エドウィンは平気だと答えていた。
「なぁ、アレックスだってそうだろ?」
「いえ、私は、予習も復習もきちんとしていますから……」
「あっ、ひでぇ。裏切りやがった」
学術の予習も復習もきちんとしていると言うアレックスの答えに、エドウィンは裏切られたと言っておどけて見せる。
それを見たヴァレリーは、それ見た事かとエドウィンにお説教を始めるのだった。
そうして、三人は賑やかに笑いながら、一号棟へと歩みを進めていった。
……
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………………
アレックス達三人が一号棟のロビーに到着すると、丁度上階から降りてきたシェリー・ランズベルクが三人を認めて声を掛けてきた。
「あら?スプリングフィールド君ではないですか。それに、ストームエッジ君とヒューエンデンス君も。今、帰って来たのですか?遅かったのですね」
シェリーはロビーに置かれている柱時計を一瞥すると、アレックス達三人の元へ歩み寄って来た。
「ランズベルクさん、こんばんは。今日は、放課後に皆で食堂区画の商店街を見に行っていたのですよ」
歩み寄って来たシェリーに、アレックスが答えを返した。
エドウィンとヴァレリーの二人も、そのアレックスの言葉に頷いて見せた。
「お三方で行かれたのかしら?」
「いえ、他に三人いたのですけど、その三人は二号棟ですから、途中で別れてきたんですよ」
「あら、他の組の方々ですか?でしたら、私もお誘いくださればよかったのに……。私は、まだ食堂区画の商店街は、見に行っていないのですわ」
「そうだったんですか。それでしたら、また機会があったらご一緒しましょう」
「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いいたしますわ」
アレックスとシェリーが話をしていると、エドウィンが横から声を掛けてきた。
「なぁ、こんな所で立ち話なんかしていないで、食堂の方に行かないか?俺は、もう腹が減って仕方がないぜ」
「まぁ、確かにロビーで長々と立ち話も何だよね。もう夕食の時間になるんだし、話なら食べながらでもいいんじゃないかな」
エドウィンの言葉に、ヴァレリーも同意の言葉を上げた。
アレックスとシェリーの二人は、顔を見合わせると頷き合った。
「それもそうですね。ランズベルクさんは、構いませんか?」
「えぇ、私はそれで構いませんわ。と言うよりも、私はスプリングフィールド君のお話が聞きたいのですわ」
「大したことがあったというわけでは、ありませんよ?」
「それでも、なのですわよ」
「まぁ、そういう事なら……」
アレックスとシェリーが話していると、食堂へと向かっていたエドウィンが振り向いて三人を急き立てた。
「ほら!行こうぜ?いつまでもそんな所で話し込んでないでさ!」
「分かったよ、エディ!ほら、アレックス君もランズベルクさんも行こうか?」
そう言って、ヴァレリーはエドウィンの後に続いて歩きだした。
アレックスとシェリーも、遅ればせながらそんな二人の後に続いたのだった。
……
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………………
「そう言えば、皆さんは、お互いの事を家名ではなくて名前で呼び合っておられるのですわね?」
学生寮の食堂で夕食を食べている最中に、シェリーがそんなことを言った。
アレックス達は、互いに顔を見合わせる。
そうして、代表する様にエドウィンが口を開いた。
「まぁ、俺達は友達だしな……。仲良くなった相手なら、名前で呼んでも別におかしくはないだろ?」
何をいまさらとばかりにエドウィンが答えると、シェリーは不満げな顔をした。
「あら?仲良くなったらとおっしゃいますけれど、私はまだ皆さんに名前で呼んでいただいた事は無いのですわよ」
「いや、いきなり名前を呼ぶのはどうなんだ?」
シェリーの言葉にエドウィンは困惑してアレックスとヴァレリーの方を振り返った。
ヴァレリーは少し考えてから、シェリーに答えた。
「やっぱり、そこはお互いに認め合う必要があるんじゃないかな?」
「あら!でしたら、私は名前で呼ばれても一向に構いませんわよ。さぁ、どうぞ。皆さん、名前でお呼びになって!」
「お、おう……、シェリー?」
「ええっと、シェリーさん?」
「はい!えっと、エドウィンさん、ヴァレリーさん」
明るく笑うシェリーに押されて、エドウィンとヴァレリーがシェリーを名前で呼ぶ。
アレックスはそんな三人の様子に苦笑を浮かべる。
「シェリーさん、随分と嬉しそうですね」
「はい!えっと、アレクサンダーさん。私、名前で呼び合うお友達って、初めてですのよ。とっても嬉しいですわ!」
「そうなのですか。それなら、私の事はアレックスと呼んでいただいて構いませんよ?」
そういったアレックスの言葉に対して、シェリーははにかんだ笑顔を浮かべると顔を赤らめた。
「ア、アレックス君?」
「はい、何ですか、シェリーさん」
「い、いえ、呼んでみただけですの」
顔を赤らめてもじもじとするシェリーの様子に、エドウィンが声を掛けた。
「俺の事も、気軽にエディって呼んでいいぜ!」
「あら、そうですの?それではエディとお呼びしますわね」
「……なぁ、ヴァレリー、アレックスと俺で扱いが違くね?」
「ハハハッ、さぁ?何でなんだろうね」
スンとした顔でエドウィンに対応するシェリーの態度に、不満顔のエドウィンがヴァレリーに問いかける。
しかし、ヴァレリーは苦笑いを浮かべるだけだった。
「それで、何の話をしていたんでしたか……」
アレックスは、話を元に戻そうとして三人を見渡した。
それに答えたのはエドウィンだった。
「あぁ、確か、レオン達と一緒に武具店と魔術道具店に行ったって話したよな」
「そうそう、マリーさんに自分の木剣を持った方が良いって話たんだったね」
エドウィンの言葉に、ヴァレリーが続く。
そこに、シェリーが食いついてきた。
「それですわ!私も、自分の木剣は持っていないのですわ」
「まぁ、王立アウレアウロラ学園では、武術と魔術は必修科目ですからね。自主訓練をすることも考えたら、自分用の木剣と魔法の発動体はもっておいた方が良いでしょうね」
シェリーの言葉に頷いたアレックスが、話を継いだ。
「木剣も魔法の発動体も、食堂区画の商店街で買えますからね。あぁ、魔法の発動体は気軽に買える値段ではありませんから、一度お店で品物を確かめてから買った方が良いでしょうね」
「それでしたら、アレックス君!今度、一緒に品物を見に行きませんか?」
シェリーは勢い込んで、アレックスを買い物に誘ってきた。
シェリーの顔が期待に輝いているのが、アレックスには見て取れた。
それを見て、アレックスは少しだけ考える素振りをすると、シェリーに向き直った。
「えぇ、構いませんよ。ですが、木剣を買うとなるとシェリーさんの腕前次第で変わってきますね。シェリーさんは武術第九組でしたか。うん、それなら一度、一緒に自主訓練をしましょう。それで当たりを付けてから、武具店で木剣を選んだほうが良いでしょう」
それを聞いたエドウィンが、はしゃいだように声を上げた。
その言葉に、ヴァレリーも頷いた。
「おっ、それじゃ、明日からの自主訓練には、シェリーも一緒に参加だな!」
「そうだね、エディ。シェリーさんは下位組だから、マリーさんと丁度いい訓練の相手になるかもね」
そうして、アレックス達は明日以降の自主訓練について話し合った。
それは、武術の訓練はもちろん、魔術の自主訓練も含むものだった。
「まぁ、魔術の自主訓練に関しては、マリーさんやリリー、レオンの意見も聞いておいた方が良いでしょうね」
そうして、アレックスは今後の予定を考えてみた。
今日は4月中小月九日目で、小月十日目の明日は学園の授業はお休みになる。
学園の授業のカリキュラムでは、今日までが各授業のオリエンテーションだった。
来小月からは、本格的な授業の開始だ。
「明日は授業もお休みですし、自主訓練の時にシェリーさんの事を紹介して、それから三人の意見も聞いてみましょう」
アレックスのまとめの言葉に、エドウィンとヴァレリーは頷いて答えた。
シェリーは少し不安気に三人を見つめる。
アレックスは、シェリーを安心させるために微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。マリーさんもリリーさんも、もちろんレオンさんも皆さん良い人達ですから」
それから、アレックス達は授業の事や学園の施設の話をしたり将棋の話で盛り上がったりと、楽しい時間を過ごしていった。




