第三十五話・魔術道具店にて①
武具店を出たアレックス達は、その足で隣の魔術道具店へと向かった。
武具店の隣に建つ魔術道具店は、その間口が武具店の三分の二程であり、周囲の店の中ではこじんまりとした建物という印象だ。
アレックス達は、正面の玄関ドアを開けて店内へと入っていく。
ドアベルのチリンチリンというそれ程大きくない音が、やけに大きく感じられた。
「はい、いらっしゃい」
店舗中央のカウンターに座っている初老の男性が、アレックス達を出迎えた。
彼は、店内へと入ってくるアレックス達の胸元の徽章を一瞥すると声を掛けてきた。
「ん?お客さん達は、アウロラ第一学年だね。そうすると、このお店は初めてかな?」
「はい、そうです。今日は、こちらでどんなものが取り扱ってあるのかを見に来ました」
初老の男性――店主の問い掛けにアレックスが代表して答える。
「そうかい。この店では、アウレアウロラ学園の学生達が使う事になる魔法の発動体や魔法薬なんかを主に取り扱っているよ。まぁ、たまに先生達なんかも、ご来店なされるけどね」
そう言って、店主は眼鏡をクイッと持ち上げた。
「大体今の時期だと、学生さん達が魔法の発動体を新調したりする時期だねぇ。お客さん達もその口かね?」
「いえ、私はまだ……。今日は、このお店にどんな商品があるのかを見に来ただけなのです」
店主の言葉に、アレックスは思案気に答えた。
エドウィン達は、店内を興味深そうに見ている。
店内には、様々な種類の長杖や短杖、棒が並べられている。
その他にも、首飾りや指輪、腕輪の様な装飾品と思しき物も陳列されている。
店の奥の大棚には、こちらも様々な種類の液薬の入っていると思しき瓶や色とりどりの結晶等が並べられている。
「俺は、自分の魔法の発動体って持ってないんだよなぁ」
レオンが、様々な杖を眺めながら言った。
「あら?レオン、貴方もなの?私もそうなのよ。やっぱり、自分の魔法の発動体って必要なのかしらね?」
リリーが、レオンの隣に並んで杖を眺める。
二人の言葉に、店主が話を始めた。
「お二人さんとも、魔術の組はそんなに上位じゃないだろう?上位の組の学生さん達だと、自分の魔法の発動体を持っている人は多いねぇ」
店主の言葉に、アレックス、マリー、エドウィン、ヴァレリーは頷いた。
「もっとも、アウロラ第一学年の学生さん達だと、親兄弟のお下がりを使っている学生さん達も多いけれどね」
店主は、アレックス達の顔を順繰りに見つめてから話を続けた。
「魔法の発動体は、魔素の知覚や魔力の制御を補助する魔術道具の一種だよ。一般的には、ね。ただ、魔法の発動体で補助する効果はそれだけじゃないから、魔術を使いこなそうと思ったら自分用に調整した魔法の発動体を用いた方が良いね」
店主は、アレックスとマリーを指差した。
「そっちの二人は、今、魔法の発動体を持っているんだろう?」
アレックスは、静かに頷いてみせた。
しかし、マリーは驚いて店主に尋ね返した。
「そうです、何で分かったんですか?」
「魔法の発動体は魔術道具だって言ったと思うんだけど、つまり、魔術道具としての魔力をわずかに感じるってことさ。まぁ、他にも魔術道具を持っていると、良く分からなくなる程度のものなんだけどね」
そう言って、店主はニコリと微笑んだ。
「そうすると、後の二人は親兄弟のお下がりを使っているって所だろう?」
店主の言葉に、エドウィンとヴァレリーは頷いた。
その様子に満足気に頷いた店主は、二人に告げる。
「今度、使っている魔法の発動体を持っておいで。二人に合っているかどうか見てあげようじゃないか」
店主の言葉に、エドウィンとヴァレリーは顔を見合わせた。
「俺もヴァレリーも、魔術なら使えるぜ?なのに、魔法の発動体が自分に合ってるかどうか、見た方が良いのかよ?」
「そうさなぁ。そもそも、魔術っていうのは、魔法を用いて魔素を操って超常現象を起こす技術の事だ」
店主の話に興味を引かれたレオンとリリーも、アレックス達の元へと集まってくる。
店主は六人の耳目が集まっていることを確認すると、話を続けた。
「魔術を使う時は、具体的な魔術のイメージを形にして、そこに魔力を込めて発動させるもんだ。魔法の発動体って言うのは、それを補助する魔術道具なんだよ。だから、使用者が魔法の発動体にどんな効果を期待するかで、魔法の発動体っていうものは様々に調整する事が出来るのさ」
店主は、よっこらせと声を上げると立ち上がった。
そうして、カウンターから出てくると、陳列されている杖の一つを手に取った。
「もっとも基本的な魔法の発動体は、魔術適正の補正、魔素感知の精度向上、魔力放出量の安定化、魔力制御力の向上といった能力をある程度均一に補助してくれるものだ。学園側で、授業中に学生に貸与している魔法の発動体が、それだな。だが、授業中だけとはいえ無償で貸与されるだけあって、学園側の用意している魔法の発動体というのはそれ程精度の高いものじゃない」
そう言って、店主はアレックス達を見回した。
「だから、本当に魔術を使いこなしたいなら、魔法の発動体は自分の力量に合わせた物を使うべきだな。例えばこの杖は、魔素感知の精度向上の能力がある。こっちの短杖は、魔力の制御力向上の効果だ。こっちの棒だと、魔力放出量の安定性向上の効果だね」
そう言って、店主は次々と魔法の発動体を見せていく。
「魔術を使うには、何よりまず魔素を適切に知覚する必要がある。知覚できなけりゃ、放出も制御も関係ないからね。だから、まず最初に魔術を学ぶ者が選ぶべき魔法の発動体に必要な能力は、魔素感知の精度向上だね。安定した魔素の知覚が出来る様になったら、より繊細な魔素感知を求めるか、魔力の制御力向上や放出量の安定化を考えると良いよ。まぁ、そのあたりの加減は、術者の力量や適性によって変わってくるから、一概にこれとは言えないな」
店主は説明を終えると、手に持っていた杖や短杖をカウンターの上に置いた。
「へぇ、そうなのか。俺は、剣の方が得意だからなぁ。そうすると、右手に剣を持って左手に杖を持つことになるのか?」
「それって、なんだか変な感じね」
レオンの言葉に、リリーも疑問の言葉を述べた。
二人の態度に、店主はクスリと微笑んだ。
「魔法の発動体は、その能力さえ得られれば何も杖や短杖、棒といった形状にこだわる必要はないさ。そっちの二人は、そうだろう?」
そう言って、店主はアレックスとマリーに目を遣った。
「そうですね。私の魔法の発動体は、この腕輪です」
「私は、お爺様に頂いた首飾りが魔法の発動体です」
アレックスとマリーは、それぞれに自身の魔法の発動体を掲げて見せた。
それを、レオンとリリーは興味深そうに見てくる。
エドウィンとヴァレリーは棚に陳列されている首飾りや指輪、腕輪に目を遣っていた。
「俺は、武術の授業中は剣、魔術の授業中は短杖と使い分けてるけど、ヴァレリーはどうなんだ?」
「僕も、使い分けてるかな。でも、実際に使いこなそうと思ったらどうなんだろう?やっぱり、レオンの言うような感じになるのかな?」
顔を見合わせて相談を始めたエドウィンとヴァレリーを見て、店主は声を上げて笑った。
「ハハハッ、坊ちゃん達、この学園ではまだまだ学び始めたばかりなんだろう?だったら、そんなに焦って考える必要はないさ。初等部アウロラの内は、武術の授業と魔術の授業はしっかり分けて、それぞれ勉強すればいい。高等部アウレアに入ったら、武術も魔術も、授業の内容がより実践的になっていくって聞くからね」
「ウーン、それでも話を聞いてると、自分の魔法の発動体が欲しくなるなぁ」
店主は急ぐ必要はないというが、エドウィンは自分用の魔法の発動体を購入するのに前向きになっていた。
ヴァレリーとレオン、リリーも言葉にこそしないものの、エドウィンと同じ様な心境だった。
そんなエドウィン達の心情を察したのか、店主が話を続ける。
「まぁ、早いうちから自分の魔法の発動体を持つのは悪い事じゃないね。ただ、自分に合わせた魔法の発動体を一から作ろうと思ったら、それなりの値段がするよ?けど、この店で並べてある物だったらそれ程の値段はしないな。その分一から作ったものに比べると、自分の癖にピッタリ合うかどうかは分からないね。魔術の習い初めの内は、店に並べてあるような既製品の魔法の発動体を使って練習して、上達してからこだわるようにするのが良いさ」
それに手持ちだってないだろうと問い掛けてくる店主の言葉に、エドウィン達は顔を見合わせた。
確かに、魔法の発動体は魔術道具の一種というだけあって、相応の値がする。
ただ、店内に陳列されている魔法の発動体は、それほど強力な物ではない。
したがって、値段もまだ何とか学生が買う事が出来る物だった。
とは言っても、予定には無かった買い物でもあるので、衝動買いをしてもいい様な値段ではない。
そのため、エドウィン達は、今回は魔法の発動体の値段を確かめるだけであきらめる事にしたのだった。




