第三十四話・武具店にて②
アレックス達が店主と話をしていると、その後ろから、エドウィンが店主に声を掛けてきた。
「そうしたらさ、おっさん!次は、俺達の剣も頼むよな!!」
エドウィンとレオンの手には、それぞれの木剣が握られている。
店主は、カウンターの前に進み出てきたエドウィンとレオンの徽章を一瞥した。
「なんだぁ、坊主共。そっちの嬢ちゃんのツレだから坊主達も同じようなモンかと思っていたら、一丁前に武術第一組なんじゃぁねぇか。……ならまぁ、その手に持ってるヤツでちょうど良いか」
店主は二人から代金と木剣を受け取ると、先程と同じ様に奥の作業台に向かう。
二人の名前を聞いて、手早く木剣に名前を彫り込んでいった。
そうしてカウンターに戻ってくると、名前を刻んだ木剣を二人へ手渡した。
それから、まだ木剣を買っていない三人に向き合う。
「そっちの三人は、どうするんだい?」
「僕は、まだ大丈夫かな。君は?」
「私もね。今使っている物は、学園に入学するのに合わせて新調したばかりだもの」
そう言ったヴァレリーとリリーの視線が、残ったアレックスへと向けられる。
アレックスは、少しだけ考えると棚から一本の剣を取り上げた。
それは、皆の持っている木剣とは少し形状が異なっていた。
皆の持っている木剣が、悪く言えばただの真直ぐな木の棒であるのに対して、アレックスの手に取った一本は緩やかに湾曲した形状をしてるのだ。
要は、アレックスの持ったそれは木剣ではなく木刀なのだった。
「せっかくここに来たのですし、私はこれを……」
アレックスの選んだ剣を見て、エドウィン達四人は怪訝そうな表情を見せる。
それに対して、店主は少々の驚きの混じった声を上げた。
「へぇ、嬢ちゃん、珍しい得物を選ぶんだな」
「そんなに珍しがるほどの物でしょうか?それと、私は男です。嬢ちゃんはやめてください」
「あらっ!?そいつは失礼したね。それじゃぁ、坊ちゃん……。ほんとにそいつを買うのかい?」
「はい。これは刀……、木刀ですよね。こちらで取り扱っているとは知りませんでした」
アレックスの言葉に、店主は一つ頷いた。
「坊ちゃんは、よく知ってるな。まぁな、セルガー先生がいなけりゃ、うちでも取り扱ってねぇ所だよ。武術第一組なら分るよな?セルガー先生」
「はい。武術第一組の担当教官ですから……」
店主の言葉に、今度はアレックスが頷いた。
「そのセルガー先生の修めている武術ってのが、万刀一刀流剣術って言うんだがな。まぁ、このローランディア選王国じゃぁ珍しい武術なんだが、それでその万刀一刀流剣術で使う得物ってのが、刀っていうちょっと変わった剣なんだよ」
「万刀一刀流剣術と言うと、シュテテドニス帝国中部が発祥の武術ですね。すると、セルガー先生はシュテテドニス帝国出身だったのでしょうか?」
「あら?なら何で、セルガー先生はアウレアウロラ学園の先生なんてしているのかしら?」
店主とアレックスの会話に、リリーが疑問の声を上げた。
しかし、店主はリリーの言葉に首を振る。
「さぁなぁ。セルガー先生が、何でシュテテドニス帝国じゃなくってローランディア選王国にいるのかは知らん。セルガー先生からも、アウレアウロラ学園の教師になった詳しい話を聞いた事があるわけじゃぁねぇしな」
「それで結局、その木剣を買うのか?アレックス」
レオンが、興味深そうにアレックスに問いかける。
レオンの問い掛けに、アレックスは頷いた。
「木剣ではなくて、木刀というのが正しいのですけれど……。そうですね。扱い方を知らないわけでもありませんし、折角ですからこれを買いますよ」
「扱い方って、剣と同じじゃないのか?」
「おいおい、坊主!そりゃぁ、違いがあるに決まってるだろ?でなけりゃぁ、万刀一刀流剣術なんて武術が必要なわけがねぇだろうが?」
レオンの発言を聞きとがめた店主が、呆れた声を上げる。
アレックスは、レオンには悪いと思いながらも苦笑いを浮かべた。
もちろん、刀を知らない人からしたら刀の扱い方など剣とどう違うのかと感じるかもしれない。
しかしながら、その重さで叩き切る直剣とは違い、鋭い刃で切り裂く刀は扱い方が全く違うのは事実だった。
アレックスは、刀の扱い方について記憶を遡って思い出す。
もちろん、今のアレックスとしての記憶ではなく、前世の桜ヶ埼一樹としての記憶である。
その一樹としての記憶――剣術の稽古を十年続けた経験――があれば、今世の自分でも十分に刀を扱えると確信する。
もっとも、今は体格の小さな子供の身体だ。
今の身体でも、すぐに十全に刀を振るえるという事にはならない。
今、刀を振るうのであれば、十分な鍛錬は欠かせないだろう。
とは言っても、緊急性があるわけでもない。
機会があれば、セルガー先生に相談してみるのもいいだろうという程度だ。
アレックスはそう考えると、それらの事を記憶の片隅に留めておいた。
「しかし、坊ちゃんはまだ小さいのに、刀の扱い方を知ってるとはな……。まぁ、武具屋に来てそいつを選ぶくらいだから、全然不思議じゃねぇってことか」
刀の扱い方を知っているという先程のアレックスの言葉に、店主は改めて驚きの言葉を呟いた。
そんな店主に、アレックスは気になっている事を尋ねてみた。
「木刀を置いているという事は、真剣……本物の刀も取り扱っているのですか?」
アレックスの見る限り、店内には片手直剣や大剣、戦斧に長槍など、本物の鋼の輝きを放つ武器の他、様々な盾や鎧といったものも店内に陳列されている。
しかし、その中に刀は存在しない。
そんなアレックスの疑問に対して、店主はあっけらかんとした口調で刀が無い事を話した。
「いや、んなもん、置いてるわけがないだろうが。大体、仮に置いといたってよぅ、見に来るのなんてセルガー先生だけなんだぞ?その上、売れるかどうかも分からねぇ。そんなもん、商売にならねぇだろうが」
そこで、店主はハァと溜息を吐きだした。
「第一、刀はシュテテドニス帝国でも一般じゃぁ、ちょいと珍しい武器扱いされててよぉ。しかも、べらぼうに高いと来たもんだ。その分、偽物も多いんだぜ?……、ちゃんとした刀を手に入れたけりゃ、信用できる武器商人の伝手を頼るか、シュテテドニス帝国のどこぞにあるとかいうドワーフの里に行く必要があるのさ」
だからここには無いのだと、店主はアレックスに説明した。
アレックスも、成程そんなものなのかと納得したのだった。
そうして話が一段落ついた所で、アレックスは木刀とその代金をカウンターの上に置いた。
店主は、代金と木刀を受け取って奥の作業台へと向かう。
「坊ちゃんの名前は?」
「アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドです」
「アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドね……。うん?ってことは、坊ちゃんが今年のアウロラ第一学年総代のスプリングフィールドさんかい?まさか、こんなに可愛らしい坊ちゃんだったとは思わなかったぜ!」
店主の言葉に、アレックスはむすっとした顔で抗議の声を上げた。
「可愛らしいっていうのは、やめてください」
「ハハハッ、悪い悪い……。いやぁ、しかし、スプリングフィールド選公爵家なら、刀よりカルディア騎士道の方だろう?」
そう言いながら、店主は名前の彫り終わった木刀をアレックスに差し出した。
アレックスは、店主から木刀を受け取りながら答えた。
「確かに、私の家ではカルディア騎士道を修めた者が多いのは事実ですけれど、それは初代様がカルディア騎士道を修めておいでだったからですよ?実際、私はカルディア騎士道を教わってはいませんしね」
「そうなのか?俺は、てっきりアレックスはカルディア騎士道を教わってるもんだと思ってたけど……」
アレックスの答えに、エドウィンが意外そうに声を上げた。
ヴァレリー達も、エドウィンの言葉に頷いていた。
分かっていないのは、レオンだけだ。
「初代様のいない今、カルディア騎士道を教えられる人は、スプリングフィールド選公爵家にはもういませんよ」
「そうだったのかい。じゃぁ、坊ちゃんは、アウレアウロラ学園で万古不朽流剣術を教わるのかい?」
「そうですね……。天地無窮流を修めたいと思っています。勿論、万古不朽流剣術を修めた上での話ですけれど」
アレックスの言葉に、店主は驚きの声を上げる。
それはエドウィン達も同様であった。
「天地無窮流だって!?いやぁ、そいつは……。まぁ、天地無窮流は習うものでなく開くものだって言うがよぉ」
そう言った店主は、アレックスの徽章に目を遣る。
「あぁ、武術も魔術も第一組の坊ちゃんなら、夢物語ってわけでもねぇのか?」
天地無窮流は、武術と魔術の両方を複合的に用いる総合戦闘術である。
その要諦は魔力と霊力の扱いにこそあり、それゆえに用いる武器を選ばない流派でもある。
店主の言うのは、そういう事だ。
アレックスは、記憶の糸を手繰る。
勿論、それは今のアレクサンダー・アリス・スプリングフィールドとしての記憶ではなく、前々世のアラム・サラームとしての記憶だ。
その記憶――アラム・サラームとして剣を修行し、自身の天地無窮流を開いた経験――があるのだ。
であれば、今の自分が天地無窮流を使える事に、何ら不思議はない。
とは言え全力を出すには、今の未成熟な身体ではその負荷に耐えられないだろう。
そのあたりは、様子を見ながら身体的成長を待つしかないのだった。
「そうしたら、この後は魔術道具店をのぞきに行くのかい?」
「そうですね……。学園のお店で取り扱っている魔術道具に、少しだけ興味もあります。ですから、皆さんが良かったら、この後で魔術道具店を見に行くのも良いですね」
アレックスがそう言うと、エドウィン達はそれでかまわないと返事を返してきた。
その後、一頻り店内を見て回ったアレックス達は、武具店を出るとすぐ隣の魔術道具店へと足を運んだのだった。




