第三十三話・武具店にて①
アレックスがエドウィン達と武術の自主訓練をした翌日の放課後。
午後の授業が終わった後、アレックスは約束通りにマリーを迎えに行った。
「それで、何で皆さんがついて来るのですか?」
アレックスの視線の先には、昨日一緒に自主訓練をしたメンバー――エドウィン、ヴァレリー、レオン、リリー――がいた。
アレックスの視線を受けたエドウィンがニカッと笑って答えた。
「そりゃ、お前。これから店に行って木剣を見るんだろ?丁度、俺の今使ってる木剣が痛んできたから、買い替えようかと思ってさ!」
「僕は、また今度にしようって言ったんだけどね?」
ヴァレリーが苦笑を浮かべる。
すると、リリーが悪びれることなく笑顔で口をはさんできた。
「何よ。別にいいじゃない?今日一緒に買い物をしても、問題があるわけではないでしょう?それに、エドウィンもレオンも木剣がボロボロじゃない。あれじゃ、いつ折れたり割れたりしてもおかしくないわよ」
「まぁ、確かにそうなんだよな。いや、俺は折れてから買い替えるんでも、別に構わないとは思うんだけどさ……」
レオンは、若干歯切れの悪い口調でそう言った。
レオンの言葉に、リリーは反論していく。
「折れるだけなら構わないけど、それで怪我でもしたらどうするの?自分だけじゃなくて、相手が怪我することだってあるのよ?」
「そういわれるとなぁ……」
「そういう訳で、僕達も一緒に木剣を見に行こうってことになったんだよ。あぁ、マリーさんにはお昼休みの時に声を掛けてあるから、大丈夫だよ」
ヴァレリーは、そう言って話をまとめた。
アレックスとしては、別に断る理由があるわけでもないのだ。
ヴァレリーにそこまで言われたら、否とは言えない。
結局、五人は揃って、マリーのいる教室へとやって来たのだった。
アレックス達がマリーのいる教室までやって来ると、アレックス達の姿を認めたマリーが小走りで駆け寄って来た。
「アレックス様!それに、エドウィン君、ヴァレリー君、レオン君、リリーさん。わざわざ迎えに来たいただいてありがとうございます」
マリーは、一同の前に来ると深々と頭を下げた。
五人を代表して、アレックスが声を掛ける。
「頭を上げてください。そんなに気を使わなくても良いんですよ?」
「ですけど……」
「ほら、頭を上げて。それでは、マリーさんと合流できたことですし、お店の方に行ってみましょうか」
アレックスの言葉に、皆は元気よく答えたのだった。
初等部アウロラ第一学年の使う講義棟から出て、隣接する食堂区画に移動したアレックス達。
彼らが向かう先は、この食堂区画の中でも中心地に位置する商店街だった。
そこは、アウレアウロラ学園で学ぶ学生達のために、日用雑貨から私用の武具を扱う商店までが軒を連ねる場所である。
アレックス達は、今日の目的である木剣の購入のために、この商店街の一つである武具を取り扱う商店を訪れていた。
学生向けの商店であるこの武具店には、大小様々な武器――殆どが刃引きしてある――や防具が置かれている。
とは言え、その量はそれほど多いわけではない。
そもそもが学生向けであるため、実戦で使うための武具など置いてあるわけではないのだ。
店内で目立つ物といえば、大量に置いてある木製の武具である。
その大きさも種類も様々で、基本的な木剣の他にも槍や斧、戦棍といった物等も用意してある。
店内に入ったアレックス達は物珍しさも相まって、入り口で立ち止まったまま周囲を見回していた。
「おい、学生さん達。そんな入り口に突っ立ったまんまじゃぁ、他に入ってくるお客さんの邪魔になっちまうぞ。用があって来たんだろ?そんな所に突っ立ってないで、ちゃんと中に入んな」
そう声を掛けてきたのは、店の奥にあるカウンターに立つ中年の男性だった。
浅黒い肌は筋骨隆々として逞しく、短く刈り込んだ黒髪は天を衝くかの様に逆立っている。
その四角く厳めしい顔つきにニヤリと不敵な笑顔を浮かべて、店に入って来たアレックス達を見つめてきた。
「今年の初等部アウロラ第一学年の生徒さんだろ?」
「そうですけど、分かるんですか?」
カウンターに立つ男性の言葉に、ヴァレリーが返事を返した。
男性は見た目に似合う豪快な笑い声を上げてアレックス達を見返した。
「そりゃ、そうだろ。いかにも不案内って感じの様子を見れば、徽章を確認するまでも無いわな。それで、お前さん達が必要としているのはこっちだろ?」
男性は、店内の武具――刃引きされた鉄剣――を眺めていたエドウィンとレオンに声を掛けた。
振り向いたレオンが男性に応える。
「いや、おっさん。もしかしたらこっちの剣を見に来たのかもしれないだろ?」
「なんだ、坊主。校則をちゃんと読んでないだろ?アウロラの学生に、そっちの剣は売れないぞ。校則にちゃんと書いてあるだろう?アウロラの学生は訓練用の木剣……だけじゃねぇな、とにかく得物は木製と決まってるんだ。刃引きしてあるとはいえ鉄剣が持ちたけりゃ、高等部アウレアに進級するまで待ちな」
リリーがカウンター横の木製の武具が置いてある陳列棚に歩み寄りながら、男性に声を掛けた。
「おじ様が店主?で、会ってるのよね?それなら、こちらの木剣を見せてもらってもよろしいかしら?」
「おじ様って言われるほど偉くもねぇが、確かに俺がこの店の店主だよ、お嬢ちゃん」
おじさまと呼ばれて、店主は苦笑いを浮かべる。
それから、カウンターを出て木剣などを陳列してある棚に向かって歩いてきた。
そうして、棚の木剣を見比べて少し小ぶりな一本を選んで手に取った。
「お嬢ちゃん、もう剣の稽古はしてるんだな。だったら、この辺りの奴がおすすめだな」
「ありがとう、おじ様。でも、今日はこの子の訓練用の剣を見繕いに来たの」
そう言って店主の差し出した木剣を受け取ったリリーは、軽く木剣の握りを確かめはしたものの、そのまま木剣を棚に戻した。
そうして、アレックスの傍で成り行きを見守っていたマリーの手を取って引き寄せた。
店主の前に引き出されたマリーは、恥ずかし気に縮こまってしまう。
そんなマリーの徽章に一瞥くれた店主は、少し考える素振りを見せる。
「そっちのお嬢ちゃんは、武術第十一組か……。ってこたぁ、今までに剣なんて握った事も無いって所だろ?なら、こっちの嬢ちゃんみたく剣を振るうのは、いきなりじゃ無理だな。剣の持ち方から覚えるってんなら、こっちの剣がちょうどいいだろう」
そう言って、陳列棚の木剣の中からかなり小ぶりな一本を取り上げる。
「どれだけの腕前に上達するは、正直分かんねぇけどな?まぁ、最初に持つ一本としちゃぁ、こいつがちょうどだ」
店主の選んだのは、武器として言うなら短剣にあたる物だった。
子供と大人の体格とで比較するならば、子供には小剣くらいのサイズ感になるだろうか。
アレックスも、マリーに剣を教えるのなら最初は短剣からと思っていたので丁度いい。
何より、まだ八歳の子供の体格と筋力ならサイズ的にも丁度いい大きさだった。
「そうね。私が父様から剣を教えてもらい始めた時にも、そんな感じの剣を使っていたわ。丁度いいのではなくって?」
店主の選んだ剣を見て、リリーが納得した様にマリーに声を掛けた。
マリーは、その様子を後ろから見守っていたアレックスに振り返る。
「アレックス様、どうでしょうか?私には、剣の事は良く分からないんですけど……」
不安気なマリーに対して、アレックスは微笑み返した。
「私も、最初はそれが良いと思いますよ。マリーさんに聞いた武術の授業の様子だと、皆さん最初はそれくらいの短剣で授業をされるようですしね」
アレックスの言葉に、店主も頷いた。
「そうだな。剣の持ち方振り方を覚えるまでは……、そうさなぁ、下位の組だと、まぁ三か月くらいは皆そんなもんだろ」
なるほどとアレックスは頷いた。
そうするとマリーの自主訓練は、夏の実力試験が終わったあたりからもう少しサイズの大きな小剣を使った訓練に移行するくらいでいいだろう。
アレックス達の遣り取りに納得したのか、マリーは一つ頷くと店主に向き直った。
「分かりました。なら、これにします」
「おう!毎度」
カウンターに移った店主は、マリーから代金を受け取る。
「それで、名前はどうする?」
「名前?」
「あぁ、ここで取り扱ってる木剣は、どれも見た目が殆ど同じだからな。ちゃんと自分の物だと分かる様に名前を彫り込んどくんだよ」
「あっ、そうなんですね。それでは、マリー・タルックボです」
「あいよ。マリー・タルックボね。そいじゃぁ、ちょいと待ってな。直ぐに彫っちまうからよ」
そう言うと、店主はカウンター奥の作業台に木剣を置いた。
そして、その手に彫刻刀を持つとササッと手慣れた調子で木剣の刀身に名前を彫り込んでいく。
暫くして、店主が木剣を手にカウンターに戻ってきた。
「ほいよ、出来上がりだ。あまり乱暴に扱うんじゃねぇぞ」
「はい、大事にします」
店主から木剣を受け取ったマリーは、受け取った木剣を大事そうに胸に抱え込んだのだった。




