第三十一話・放課後
魔術の授業が終わった後の教室で、アレックスは学生寮への帰り支度を始めた。
周りの学生達も、アレックスと同じように帰り支度を始めていた。
放課後の教室は、日々の学業からの解放感で賑やかな話し声で溢れていた。
そんな賑やかさの中にあって帰り支度をするアレックスに対しても、遠慮なく話しかけてくる相手がいた。
「おい!アレックス。今日はこの後どうするんだ?真直ぐ学生寮に帰るのか?」
鞄を肩に下げたエドウィンは、アレックスに放課後の予定を尋ねてきた。
アレックスは、鞄を机の上に置くと思案気に首を傾げた。
「そうですね……。今日の午後はずっと魔術の授業でしたから、少しは剣を振っておきたい所ですね」
剣の鍛錬をすると言うアレックスの言葉に、エドウィンは明るい笑顔を浮かべた。
「おっ、良いな!俺も一緒にいいか?」
「そういう事なら、僕もご一緒させてもらってもいいかな?アレックス君」
エドウィンとは反対側の席から、二人の遣り取りを見ていたヴァレリーが口をはさんできた。
アレックスは、二人を交互に見比べて頷いた。
「構いませんよ。……、そうだ、マリーさんもご一緒にどうですか?」
アレックスは、振り返って後ろの席で三人の様子を窺っていたマリーに問いかけた。
「えぇ!?わ、私ですか?」
困惑したマリーの視線がアレックスの胸元に注がれる。
次いで、エドウィンの胸元を見たマリーはヴァレリーの胸元にも視線を送る。
マリーが見たのは三人の胸元に付けられた徽章だ。
アレックスとエドウィンの武術の組は第一組、ヴァレリーの組は第二組だ。
対して、マリーの武術の組は第十一組である。
マリーは、そっと自らの徽章に手を触れる。
「私なんかがご一緒しても、皆さんのお邪魔にしかならないんじゃ……」
そんなマリーの不安気な態度を、アレックスは笑顔を浮かべて否定した。
「そんなことはありませんよ。人に教えるという事が、自分の勉強になるという事もありますからね。それに、マリーさんは武術第十一組でしょう?今まで、剣を持った事も無いはずです」
「はい、そうです。アレックス様の言う通り、剣なんて握った事も無かったです。」
マリーは、アレックスの言葉に頷いた。
マリーの返答に、アレックスは微笑みを浮かべた。
「だからこそですよ。この学園で学ぶ上で、武術の授業は避けては通れません。武器を持った事も無いような方が、下位の組になるのは仕方の無い事です。ですが、そのままで良くはありませんよ。学園にいる間に、剣の扱い方くらいは覚えなくてはならないのですからね。ですから、出来る時に自主訓練をしておくのは大事な事ですよ」
アレックスの言葉に、マリーは目を伏せて考え込んだ。
そんなマリーに対して、エドウィンとヴァレリーが声を掛けた。
「俺は別に一緒でも構わないぜ?」
「そうだね。僕も構わないかな。アレックス君の言う様に、自主訓練は大事だと思うよ?」
二人の言葉に、マリーは顔を上げた。
そうして、少しの間逡巡してから答えを出した。
「皆さんが言うのであれば、お願いします。私にも剣の扱い方を教えてください」
「勿論ですよ。それでは、一緒に頑張りましょうね」
アレックスがそう言うと、三人は頷いて見せた。
「それじゃぁ、早速行こうぜ!……って、どこでやるんだ?アレックス」
「そうですね。学生寮の一号棟と二号棟の間にある中庭でいいのではないですか?」
アレックスの提案に、三人は文句なく同意した。
「おっし!なら、俺は先に行ってるぜ。皆、自分の剣を持って中庭に集合な!お前らも遅れるなよ?」
「分かったよ、エディ。じゃぁ、僕も先に行ってるから」
「あっ、あの、訓練するのは良いんですけど……、私、自分の剣なんて持ってません。どうしましょう?」
マリーの発言に、先に行こうとしたエドウィンとヴァレリーの足が止まる。
「俺は、自分の木剣があるけど……」
「そうだね。僕も自分の分は持ってるけど、人に貸せる分は無いかな」
二人は、そう言って顔を見合わせた。
それには、アレックスが言葉を返した。
「私の予備がありますから、それをお貸ししますよ。それなら問題は無いでしょう?」
「そうだな、それでいいんじゃね?」
「そうだね。僕も問題無いと思うよ」
エドウィンとヴァレリーは、アレックスの発言に同意を示した。
マリーも、アレックスに頭を下げた。
「アレックス様、ありがとうございます。それではお借りしますね」
それじゃ行こうかと、エドウィンが三人に声を掛けた所で、教室に一人の女子生徒が現れた。
背が高く均整の取れた見事なプロポーションに、腰まで届く金髪をストレートに流した美しい女子生徒だった。
左腕には、金糸で縁取られた鮮やかな赤い腕章を付けている。
左胸の徽章は水平線に昇る朝日を意匠化したものであり、『1、1、3』と記されていた。
彼女の透き通る様なエメラルド色の瞳が、ゆっくりと教室内を見回していく。
「初等部アウロラ第一学年総代のアレクサンダー・アリス・スプリングフィールド君は、まだこちらにいるかしら?」
教室に疎らに残っていた生徒達の視線が、アレックスの方に集まってくる。
アレックスは、突然の来訪者に訝しげに首を傾げながらも一歩前に出た。
「私が、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドです。あの……、どちら様でしょうか?」
名乗りを上げたアレックスの元に、件の女子生徒が歩み寄ってくる。
「あぁ、そんなに警戒しなくても大丈夫だから……。私は、高等部アウレア第六学年総代のセリカ・ロビンソンよ。北方領のロビンソン伯爵家の第二子なの。今年の生徒会では、生徒会長も務めているわ。よろしくね」
アレックスの元まで歩いてきたセリカは、にっこりと笑って手を差し出してきた。
アレックスは、差し出されたセリカの手を取って握手を交わした。
「よろしくお願いいたします、ロビンソン生徒会長。アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドです。東方領、スプリングフィールド選公爵家の第三子です。……、それで、ロビンソン生徒会長が一体どの様なご用件なのでしょうか?」
アレックスに問われたセリカは、一度フッと笑うと真剣な表情を作った。
「今年の初等部アウロラ第一学年総代に、興味があったの。……というのは、半分冗談。実は、貴方にお話があって来たのよ。今から少しお話しできないかしら?」
セリカの言葉に、アレックスは三人の友人達を見回した。
アレックスの視線を受けたヴァレリーは、肩をすくめて言葉を返した。
「僕達の方は、気にしなくても大丈夫だよ。三人で出来る事をやれば良いんだしね」
「そうだよな。話が長くなるんなら、俺達は先に行ってるよ。用事が終ったら、アレックスも来ればいいさ」
ヴァレリーとエドウィンの発言に、マリーも黙って頷いていた。
「そうですか。分かりました。お話しが終って時間があるようだったら、私も中庭に行きますね」
「分かった。じゃぁ、先に行ってるからな!」
「それでは、失礼します。先に行ってるね」
「あ、あの、失礼します。そしたら、アレックス様、あの……、先に行きますね」
エドウィンはそう言うと元気に教室を飛び出していった。
ヴァレリーとマリーも、セリカに一礼するとエドウィンの後を追いかけていく。
三人の後姿を見送ったアレックスは、改めてセリカへと向き直った。
「それで、ロビンソン生徒会長。お話というのは、何なのでしょうか?」
セリカは手近かな椅子に腰掛けた。
セリカに手で示されて、アレックスも自分の席に腰掛ける。
「話というのは、他でもないの。実は、貴方に生徒会に入って欲しいのよ。とは言っても、別にあなたが特別というわけではないわ。各学年総代は、全員が生徒会に入るのが慣例なの。勿論、アウロラ第一学年である貴方に、いきなり生徒会役員としての仕事をしろなんて事は言わないわ」
「それでは、私は生徒会に入って何をするのですか?」
セリカの言葉に、アレックスは小首を傾げて問い掛けた。
「アウロラの学生達には、生徒会で決まった事柄のアウロラ各学年へのお知らせをしてもらう事になるわね。具体的には、小月毎にあるアウロラの全校集会で、生徒会からの連絡事項の告知といった事をしてもらう様になるわね」
そう言うと、セリカはアレックスを正面から見据えた。
「もちろん、小月毎にある生徒会の会合に参加してもらう事にはなるけれど、アウロラの内は参加することに意義があるのよ。勿論、何か意見があれば言ってもらって構わないけれどね」
「そういう事でしたら、分かりました。生徒会に入らせていただきます」
アレックスは、一つ大きく頷いた。
アレックスの返事を聞いたセリカは、ホッとため息をついた。
「ありがとう、スプリングフィールド君。そう言ってくれて助かるわ。……、そうしたら、生徒会役員に就任した人には渡す物があるから、一緒に生徒会室まで来てもらえるかしら?」
そう言って、セリカは立ち上がり教室の出口へと歩みを進めた。
アレックスも、立ち上がってその後に続く。
「貴方も、お友達との約束があるのよね?それじゃ、手早く済ませてしまいましょう」
「はい、分かりました」
そうして、返事を聞いたセリカは、アレックスを伴って廊下を歩み始めたのだった。




