第二十九話・武術の授業
アレックス達が王立アウレアウロラ学園に入学した翌日から、早速本格的な授業が始まった。
午前中には国語や算数、礼儀作法やダンスと言った基礎的な教養科目の授業が行われ、午後からは兵学や魔法学、武術や魔術と言った専門的、応用的な科目の時間に充てられる。
特に、武術と魔術の科目については、それぞれの科目専用の組み分けがされている程だ。
アレックスは、周囲を見渡しながら考える。
今、アレックスのいる場所は、武術の訓練用に整備された修練場の一つだった。
周囲には、自分と同じく武術の授業を受ける武術第一組の生徒達がいる。
既に昼休みも終わり、皆が運動着に着替えて修練場に集まっていた。
そうして時間の来るのを待っていると、始業の鐘が鳴るのが聞こえた。
その鐘の音に合わせるかの様に、修練場に一人の男性が姿を現した。
その姿は、黒髪黒目で角ばった彫りの深い顔立ちをした背の高い偉丈夫である。
その姿を認めた学生達は、男性の前に集合して整列していく。
当然、アレックスもその列に並んでいる。
男性は、大きな声で学生達に呼びかけてきた。
「よーし、全員集合!皆、適当でいいから整列しろ!!……よし、良いな。これより、武術の授業を始める。っと、その前に自己紹介だな。これから、お前達武術第一組の武術の授業を担当するスティーブン・セルガーだ。お前達が武術第一組から落ちる事が無ければ、これから四年間お前たちを教える事になる」
男性――セルガー先生は、自身の眼前に並ぶ学生達をぐるりと見まわした。
そうして、セルガー先生は腰の刀をポンッと叩いた。
「よし!それでは、最初に打ち込み稽古のための組み合わせを発表する。あぁ、とは言っても、いきなり打ち込み稽古を始めるわけじゃないぞ。最初は、基礎訓練からだ。打ち込み稽古の組み合わせは、皆の状況を見て後から変えていくからな」
そう言って、セルガー先生は腰のポーチから組み合わせ表を取り出して、打ち込み稽古の組み合わせを発表していく。
「とりあえず、最初は武術試験の成績順に組んでいくぞ!……、それでは一組目、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド、前に!」
「はい!」
アレックスは、元気良く返事をして一歩踏み出した。
「レオン・グランツ、前に!」
「はい!」
アレックスの隣に立つ様にして、背の高い少年が列から一歩進み出てきた。
金髪を短く刈り込んだ背の高い少年であり、丸っこい愛嬌のある顔立ちをしている。
二人は、セルガー先生の指示する位置に移動していった。
続いて、セルガー先生は二組目の名前を読み上げていく。
「二組目、エドウィン・ストームエッジ、前に!」
「はい!」
「リリー・フレメントール、前に!」
「はい!」
二組目が呼ばれて、アレックス達の隣に立った。
続いて、三組目、四組目と呼ばれていく。
その様子を横目に見ながら、レオンは傍に立つアレックスに声を掛けてきた。
「なぁ、君が、第一学年総代のスプリングフィールドなんだろ?武術も首席なんだな。……、俺は、レオン・グランツ。グランツ騎士の第一子だ。よろしく」
「えぇ、私は、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールドです。スプリングフィールド選公爵家の第三子です。こちらこそよろしくお願いしますね」
アレックスの自己紹介に、レオンはニカッと笑顔を浮かべた。
そうして、差し出されたアレックスの手を取って握手を交わす。
「その内に、絶対追い抜いてやるからな。覚悟しとけよ」
「はい、私も、追い抜かれないように頑張りますね」
「あら、二人とも余裕の態度ね?」
そんな二人に隣から声がかかった。
アレックス達の隣に並ぶ生徒の一人、リリー・フレメントールだ。
薄緑色の髪をポニーテールに纏めた少女は、その勝気そうな切れ長のブラウンの瞳をきらりと輝かせた。
「私は、フレメントール準男爵家の第二子で、リリー・フレメントールよ。余裕ぶってると私が追い抜いてやるから、覚悟しなさいよね」
「余裕ぶっているつもりは、全然ないのですけどね……」
「剣で負けるつもりなんて、これっぽっちも無いからな!」
三人が話していると、エドウィンの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「お前ら、この俺を忘れるなよ。俺の名前はエドウィン・ストームエッジ。西方領のストームエッジ子爵家の第三子だ。いずれは、学年総代にだってなってやるんだからな!」
アレックス達が話をしていると、セルガー先生から声がかかった。
「お前達!少し静かにしなさい。……、それでは、以上の二十五組で一旦分かれてもらう。今日の組み分けはこれからの授業でも同じだが、時期を見て組みなおす事もあるからな。それでは、授業を始めていくぞ。先ずは、基礎体力の訓練からだ。今日は天気も良いし、鍛錬場の外周に沿って走り込みを行う。さぁ、ついて来い」
「「「「はい!」」」」
学生たちの元気の良い返事が修練場に響き渡る。
学生達の返事を聞くと、セルガー先生は鍛錬場の出入口へと歩いていく。
アレックス達生徒も、セルガー先生の後について、鍛錬場の外に出ていくのだった。
そうして、鍛錬場の外周に沿って走り込みを行い、暫くの時間が過ぎた。
「ようし!走り込みは、ここまでだ!!」
3、40分程だろうか。
走り込みをしていたアレックス達学生に、セルガー先生からの号令がかかった。
セルガー先生に遅れじと奮闘していた学生達は、セルガー先生の終了の合図に気力が抜けたのか、その場に崩れるかのように座り込んでいった。
アレックスが見回せば、半分程の学生は途中で脱落しているようだった。
跪いて懸命に喘ぐ学生達を眺めていると、セルガー先生がアレックスの元へ近付いてきた。
「おう!スプリングフィールド!!最後まで、良く走り切ったな。まぁ、武術試験の結果は聞いていたから、出来るだろうとは思っていたが……、息を乱した様子も無いとは、大したものだ」
「ありがとうございます、セルガー先生。これくらいの走り込みなら、家でもしていましたから……」
アレックスは額に浮かんだ汗を一拭きした。
アレックスのその言葉に、セルガー先生は納得の表情を浮かべていた。
「あぁ、そうか。まぁ、何だな。お前さんが気を使いこなしているのは、見ていて十分分かった。修練しているのは確かなんだろうが、そもそもの才能がなけりゃ無理な話だな」
セルガー先生は、額に浮いた汗を軽く拭うと未だ地面に座り込んでいる学生達に向き直った。
「全員注目!暫く休憩だ。少し休んで息を整えたら、次は素振りを行うぞ。休むのなら、そんな所に座り込んでいないで修練場に戻れ!!」
セルガー先生の号令に学生達は力無く立ち上がって、よろよろとした足取りで修練場に戻っていった。
その後は軽く休憩を取ってから、鍛錬場にて素振りが始まった。
セルガー先生は、生徒達の素振りをする様を確かめながら、時折、素振りをする生徒の構えを注意しては指導していく。
「よし、ここまで!皆、武術第一組になるだけあって、なかなか構えが様になっているな。初日にしてはまあまあだ。今後もこの調子でビシビシ指導していくからな」
セルガー先生の言葉に、学生達からは悲鳴にも似た声が上がった。
「それでは、ここからは絶技の修練に移るぞ。まぁ、いきなり全員に気を使えなどとは言わんから、安心しろ。この学園で武術の修練をする四年間の間に、武術第一組の全員が『纏』を習得するくらいが目標だと思っていろ」
そうして、セルガー先生の指示で学生達は先生を中心に車座になって座る。
「いいか、お前達。絶技とは、魂の発する霊力を元にした力である気を利用した超常現象を引き起こす技術の事だ。同じく超常現象を起こすという点では、魔術とは近しい関係にあるとも言える。この武術の授業では、武術の鍛錬はもちろんの事、絶技の習得を目標とした気の訓練も同時に行っていくぞ。『気を使う』という行為自体が、あらゆる絶技の基本となる基本技法として初級の絶技に分類されているので、覚えておくように。それでは、まず最初の訓練だ」
そう言って、セルガー先生は周囲を囲む学生達を見渡した。
「皆、心を落ち着けて、自分の体の隅々にまで意識を張り巡らせるんだ。そうして、体から滲み出る力の流れの様なものを感じ取るんだ」
セルガー先生による気の訓練の説明が続いていく。
「まぁ、最初から霊力を知覚できるなんてことはない。今はまだ、その前段階である心を落ち着けて瞑想する訓練からだ」
セルガー先生の指導の元、学生達は各々瞑想の準備に入っていく。
セルガー先生は車座に座った学生達の周囲を巡りながら、一人一人に声を掛けて姿勢を正していく。
こらえ性の無い生徒がムズムズと動く度に、セルガー先生は根気よく声を掛けて瞑想の姿勢を整えていく。
こうして、暫くの間は瞑想の練習に時間を費やしていくのだった。
(静かに瞑想しながらの霊力の知覚。まぁ、穏やかな気の習得技法の基本ですね)
アレックスは、周囲の学生達と同じ様に静かに呼吸を整えて瞑想に入る。
そうして、自らの内へと意識を向けていく。
体から滲み出る暖かな流れを知覚して、その流れが身の回りに留まる様に意識を向ける。
そこから、呼吸に合わせてその暖かな流れが体の内を巡る様に意識を保つ。
アレックスのしているそれは、気の訓練でいう所の『練』であった。
アレックスは己の内を流れる霊力を体の隅々に行き渡らせ、身に纏っている霊力を動かして気として練り上げる。
皆が瞑想を行う中でも、アレックスは静かに自分の訓練に集中していった。
そうして、学生達が瞑想を行う事で、修練場では静かに時が流れていった。
瞑想を始めてから幾らかの時間が過ぎた所で、セルガー先生が学生達に声を掛けてきた。
「よぅし、皆、今日の瞑想はここまでだ。授業としてはこれで一旦終了する。皆、毎日この瞑想法を練習する様に。今後の武術の授業でも行っていくからな」
セルガー先生の言葉に疎らに返事の声が上がる。
「それでは、本日の授業はこれにて終了する。では、解散!」
授業を終えた学生達は、修練場に備え付けの浴場へと移動していった。
修練場には、汗を流すためのシャワーが設置してあるのだ。
アレックスも、軽くかいた汗を流すために浴場へと向かった。
その日の武術の授業は、こうして終わったのであった。




