第二十四話・入学式本番
アレックスが大講堂の最前列の指定席に着いてから暫くして、舞台上に入学式の司会をする学園職員が姿を現した。
「皆様、ご静粛に!これより、王立アウレアウロラ学園初等部アウロラの入学式を開始いたします」
司会の男性が舞台上で声を上げると舞台端に控えていた楽団が奏楽を始め、大講堂は徐々に静かになっていった。
頃合いを見計らった司会の声を、拡声魔道具が大講堂の隅々まで届けていく。
「ローランディア選王国国王、ロザリアーネ・ジャネット・ローランディア女王陛下の御臨席です」
大講堂の灯りが落とされ、三階席にスポットライトが当てられる。
それと同時に、舞台上に広げられたスクリーンに三階席の様子が映し出される。
スクリーンに映し出されたのは、スポットライトで照らされた席上に一人の人影が歩み寄る姿だった。
その姿はスラリと背が高く女性らしい優美な曲線を描き、鮮やかな赤髪は真紅のドレスと一体となってまるで炎の女神と言わんばかりに美しい。
切れ長の瞳と面長のきりりとした顔立ちが、気高く凛々しい雰囲気を醸し出している。
スポットライトの灯りの元に現れたその姿は、正にローランディア選王国の国王であるロザリアーネ・ジャネット・ローランディア陛下その人であった。
姿を現した女王陛下に、大講堂に集まった人々から万雷の拍手が巻き起こる。
「ローランディア選王国万歳!」
「女王陛下万歳!」
「ローランディア選王国に栄光あれ!」
「女王陛下に栄光あれ!」
大講堂には、ロザリアーネ女王陛下とローランディア選王国を讃える拍手と歓声が響き渡る。
席上に姿を現したロザリアーネ女王陛下は、片手を振って笑顔で人々の歓喜の声に答えていった。
暫くして、ロザリアーネ女王陛下が手を下げて人々に静まる様に促すと、人々の歓声は先程までの熱狂が嘘のように静まり返っていった。
楽団による奏楽も止み、皆がロザリアーネ女王陛下のお言葉を待っているのだ。
ロザリアーネ女王陛下は、階下を見下ろすと一つ頷きマイクを手に取り口を開いた。
「今日、この良き日に王立アウレアウロラ学園の入学式に参列する事が出来て、大変嬉しく思います。この場にいる皆が、栄えある今日という日を迎えられたことを、心より祝福したいと思います……」
ロザリアーネ女王陛下による祝辞が始まった。
スクリーンに映るロザリアーネ女王陛下を見ていたアレックスは、背後からの視線を感じて振り返った。
見上げれば、自分を見ているロザリアーネ女王陛下と目線があったように感じた。
アレックスには、ロザリアーネ女王陛下が頷いたように見えたのだ。
そうしている間も、ロザリアーネ女王陛下による祝辞は続いていた。
「……。皆が、このアウレアウロラ学園の学び舎にて健やかに成長することを期待しています」
ロザリアーネ女王陛下による祝辞が終ると、万雷の拍手が巻き起こる。
それに片手を挙げて応じると、ロザリアーネ女王陛下は席に着いた。
それから、大講堂の灯りが再び灯されて司会が声を上げる。
「続きまして、アウレアウロラ学園学園長イザベラ・ケレスによる入学許可宣言及び祝辞!」
司会の紹介を受けて、一人の女性が舞台上に姿を現した。
長い黒髪に柔和な印象の目元をした穏やかな雰囲気の夫人だった。
女性は壇上に上がると、一度三階席を見上げてから一礼した。
「本日、ここに集った千五十一名の新入生の入学を許可する事をここに宣言します。……皆さん、ご入学おめでとうございます。これから皆さんの学ぶ事になるアウレアウロラ学園は、誰にでもその門戸を開いた学園です。ですが、それ故に卒業する事は容易ではありません……」
アレックスとケレス学園長の視線がぶつかる。
アレックスには、その瞬間ケレス学園長が笑ったように見えた。
祝辞を述べるケレス学園長の様子を見ながら、アレックスは数日前の出来事を思い出していた。
ケレス学園長が王都スプリングフィールド選公爵邸を訪れたのは、入学式の行われる数日前の事だ。
用件は、アレックスの入学式についてだった。
応接間に通されたケレス学園長に最初に応対していたのは、母キャサリンだ。
アレックスは、キャサリンに呼び出されて応接間に行った。
そこで、ケレス学園長から自己紹介を受けたのだった。
「さて、アレクサンダー君……。今日こちらに伺ったのは、今度行われる入学式について、あなたに伝えたいことがあったからなの。先ずは、ご入学おめでとうございます。貴方が、今年の初等部アウロラの首席入学生ですよ」
そう言って、ケレス学園長は笑顔を浮かべた。
「それで、貴方には入学生代表として、入学式での新入生総代による宣誓及び答辞をお願いしたいの」
その日、そうして暫くの間アレックスはケレス学園長と共に、入学式での対応を細かく打ち合わせたのだった。
アレックスがそう言ったあれこれを思い出していた間も、式典は滞りなく進んでいく。
入学式は、初等部アウロラの学部長による祝辞、在校生総代による祝辞と続いていった。
「続きまして、新入生総代による宣誓及び答辞!新入生総代、アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド!」
「はい!」
司会の言葉に、アレックスは元気良く返事をして起立した。
そうして、堂々としっかりした足取りで舞台に上がっていった。
舞台上に上がったアレックスは、舞台脇に並ぶ学園長達に一礼して振り返る。
そうして、大講堂の全体を見回し、三階席に目を遣ってから一礼して壇上に立った。
「宣誓!私達新入生一同は、アウレアウロラ学園の学園生としての自覚と誇りを持ち、仲間と共に互いに協力しながら、常により高みを目指して日々精進し、輝かしい未来に向けて成長し続ける事をここに誓います!」
アレックスの宣誓が終ると、大講堂全体から拍手が鳴り起こった。
アレックスは一礼して拍手に応じた。
そうして、答辞の言葉を続けていく。
「春の息吹を感じられる今日、私達は王立アウレアウロラ学園への入学の日を迎える事が出来ました。本日は、私達のために盛大な入学式を挙行していただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼の言葉を述べさせていただきます……」
アレックスの答辞の言葉は続いていく。
その間、大講堂は静まり返り、マイクで拡大されたアレックスの声は大講堂中に響いていた。
「学園長先生を初め先生方、在校生の先輩方、どうか温かいご指導を賜りますようによろしくお願いいたします。以上をもちまして、新入生総代の挨拶とさせていただきます」
アレックスは壇上から一歩下がって一礼した。
そうして、拍手の中で舞台を降りて自分の席へと戻っていった。
拍手が鳴りやみ、司会が舞台上に進み出てきた。
「ローランディア選王国国王、ロザリアーネ・ジャネット・ローランディア女王陛下の御退席です」
舞台上では再び楽団が奏楽を始めた。
それに合わせて、入学式の出席者は全員が席を立ち、揃って首を垂れて一礼した。
その様子を見たロザリアーネ女王陛下は、階下に手を振って三階席から退室していった。
「それでは、以上を持ちましてアウレアウロラ学園初等部アウロラの入学式を終了いたします。新入生はこの後各教室で最初の指導がありますので、担任教師の誘導に従って移動してください」
司会の言葉の暫く後に、ローブ姿の女性教師がアレックス達の座る最前列の座席へとやって来た。
その女性教師はスラリとしていて背が高く、緑髪を後ろで一括りにしている。
緑髪と先端の尖った耳という特徴が、彼女が妖精人族の一種族であるエルフであることを示していた。
「はぁい、最前列の座席に座る皆さん、注目してください!今から貴方達の教室に移動しますので、私の後についてきてください」
アレックス達新入生は、教師の言葉に従って移動を開始した。
その人数は五十人。
新入生――つまりは第一学年——の学術成績上位五十人からなるクラスであった。




