第二十三話・入学式当日
翌朝、アレックスはいつもより早くに起床した。
外に目を向ければ空はまだ仄暗く、日の出までには少々の時間が必要な様だった。
「ハァ、寝直すには時間が……。仕方ありません、もう起きるとしましょうか」
アレックスは、ベッドから起き上がると、いつもの様に朝の日課を開始した。
ラジオ体操と共に気の基礎鍛錬を行い、それが終ると瞑想しての魔力操作の訓練に移る。
気を体内で循環させてその保有量を増大させるのと同様に、魔力を体内に循環させて自身の持つ魔力量の増大を図る。
どちらの訓練も地味で地道で見た目にも華やかさの欠片もなく、直ぐにはその効果を実感しにくい。
しかし、どちらも武術や魔術の基礎として重要で、術者の実力に影響するものだ。
だから、アレックスは手を抜かない。
それは、気も魔力も並みの大人を優に超えるに足るだけの保有量に達した今も変わらない。
むしろ、前々世の時よりも基礎訓練には重きを置いていると言えるだろう。
何しろ、気も魔力もその保有量に底が見えないのだから。
その日はいつもより早くに起きた事もあって、いつもより長く訓練を続けていた。
暫しの間、寝室の一角で黙々と基礎訓練に励んでいたアレックスだったが、人の気配を感じ取って訓練を中断した。
目を上げれば既に空は明るく、いつもの起床時間が訪れた事をうかがわせた。
アレックスは組んでいた坐禅を解くと立ち上がり、いつもの様にベッドの端に腰掛けた。
すると、ドアをノックする音がしてメイドが一人入室してきた。
「アレクサンダー様、おはようございます。今日もお早いご起床でございますね」
「はい、おはようございます」
メイドはそう言って部屋の片隅の鏡台へと移動した。
「本日が、アウレアウロラ学園へ入学する前の最後の身支度を整える練習でございます。アレクサンダー様、それではどうぞ」
メイドに促されて、アレックスは寝間着から着替え始めた。
事前に用意されていた服を手に取ると、手早く着替えを済ませていく。
着替えが終れば鏡台に置いてある櫛を使って髪を梳り、その長い髪を頭の後ろで一纏めにしていく。
「さて、これでどうですか?」
「はい、アレクサンダー様。十分でございます。もう立派にお一人で身支度を整えられる様におなりですね」
メイドの賛辞に、アレックスは曖昧に微笑みを返した。
なぜこんな事をしているかというと、アウレアウロラ学園が全寮制だからだ。
学生寮に入ったら、自分の事は自分でやらなければならなくなる。
だからこその身支度を整える練習なのである。
確かに、生まれながらに他人に身の回りの世話をされるのが当然の様な貴族に生まれれば、身支度一つ整えるのにも自分で出来るようになるのは褒められた事だろう。
しかし、前世の記憶を持つアレックスは違う。
むしろ、生まれ変わってからは服一つ着るにしてもメイドの世話を受ける今の状況の方が、慣れるまでに時間がかかったくらいである。
アレックスが身支度を整え終えた頃合いで、扉をノックする音が聞こえてきた。
アレックスがメイドに頷いて許可を出すと、メイドが扉を開いて訪問者を確かめる。
「アレクサンダー様、朝食の準備が整ったとの事でございます」
「分かりました。それでは、食堂に行きましょうか」
そうして、アレックスはメイドを伴って自室を後にしたのだった。
……
…………
………………
大陸統一歴2312年、4月中小月六日目
ローランディア選王国、王都セントラル
王立アウレアウロラ学園、大講堂にて――
この日、アウレアウロラ学園の大講堂には一千名余りの新入生達とそれに倍する数の保護者達が集まっていた。
もちろん、それは入学式のためである。
この大講堂は、常であれば初等部だけでなく高等部の全校集会等も行われるために三階建て、五千人規模の収容人数を誇る巨大建造物である。
その座席数は、一階に三千人、二階と三階に千人づつとなっており、講堂の中心にある舞台を囲むように半円形に座席が設置された形をしている。
今回の入学式では、その一階部分に入学式に参加する人々が居並び、二階と三階は貴賓席となっていた。
入学式での座席は舞台正面の席から成績順に扇形に広がる様に決められており、学園職員の誘導で新入生達が次々と指定された座席に着席している所であった。
アレックスが大講堂の中に入ると、新入生を誘導していた学園職員の一人が近づいて声を掛けてきた。
「新入生首席のアレクサンダー・アリス・スプリングフィールド様ですね。お席にご案内いたしますので、どうぞこちらにお越しくださいませ」
「はい、案内ご苦労様です。よしなに……」
アレックスは、舞台正面の席に案内されて着席した。
他の新入生達も職員の案内で整理されて次々と座席に着席しており、もう間も無く入学式が始まろうとしていた。
アレックスは興味を引かれて周囲を見回して観察してみた。
一階席の前列には新入生達が座っており、後列が一般人の保護者達の席となっていた。
二階に目を向けると、少なくない人数の貴族の姿が覗き見えた。
その中には、アレックスの両親の姿もある。
二階席を見るアレックスの姿に気が付いたキャサリンが小さく手を振る姿が見えて、アレックスも手を振り返していた。
三階席に目を向けると、数名の騎士が警護のために配置されているのが見える。
アレックスの目には、彼らの胸につけられた徽章がはっきりと見えた。
徽章から判断して、警護の騎士達の所属は王都騎士団、その中でも王家を直接警護する任務に就く近衛騎士隊であることが分かる。
この場に近衛騎士隊がいる事に、アレックスは驚いた。
彼らがいるという事は、この入学式に来賓として王家の者が出席するという事だからだ。
しかし、王家の者が直接入学式に参列した話はほとんど聞いた事がない。
アレックスの知る話では、王立であるアウレアウロラ学園には王城から大臣クラスの来賓が国王の名代として出席する事が普通である。
そもそも、ローランディア選王国は王家と四つの選公爵家による選挙によって次期国王が選ばれる。
そのため、普段の王家には皇太子――つまりは次期国王――が存在しない。
皇太子が選ばれるのは、国王が年を取ってきて政務に差し障りが生じたと判断されてからだ。
現在のローランディア選王国の女王は、御年とって46歳とまだ若い。
だから、王立施設の各種式典に国王の名代として出席するべき皇太子はまだいないのである。
したがって、アウレアウロラ学園の様な王立施設の式典には大臣――多くは内務卿である場合が多い――が国王の名代を務めるのだった。
ところが、今回に限ってはどうやら違うらしかった。
その証拠が、近衛騎士隊の存在である。
(どうやら、今回の入学式は王家でも注目しているようですね)
今回の入学式に女王自らがご臨席される事を、アレックスはまだ知る由もなかった。
アレックスが席に着いてから暫くして、舞台上に入学式の司会をする学園職員が姿を現した。
「皆様、ご静粛に!これより、王立アウレアウロラ学園初等部アウロラの入学式を開始いたします」




