第二十一話・フレデリック来たる
大陸統一歴2313年、4月中小月五日
ローランディア選王国、王都セントラル
スプリングフィールド選公爵邸にて――
アレックスが入学試験を受けた日から一月余りが経っていた。
今日は、領都スプリングフィールドからアレックスの父であるフレデリック・ジョージア・スプリングフィールドが、王都セントラルへとやって来る日だった。
そのため、王都選公爵邸は朝から忙しない雰囲気に包まれていた。
「母様、今日は何だか邸内が忙しないですね」
朝食の席で、アレックスは母キャサリンに問いかけていた。
「あら?アレックスには話していなかったかしら。今日の昼には父様、フレデリックが王都に到着するのよ」
「あぁ、そう言えばそうでしたね。それで皆、出迎えの準備をしていると……」
アレックスの言葉に、キャサリンは微笑みで答えた。
「えぇ、貴方が王都に来てから一月余り……。こちらに来てからそう日も経っていないけれど、色々とあったわね。父様が王都に来られたら、貴方からもしっかりとお話しをするのですよ」
「はい、母様。分かりました」
アレックスは、大きく頷いた。
そうして、父フレデリックを出迎えるべく、先ずは目の前の朝食を片付け始めるのであった。
……
…………
………………
やがて、太陽も中天に懸かる頃合い……。
空港から先触れの使者が到着して、アレックス達は屋敷の玄関へと集まっていた。
暫く待っていると、スプリングフィールド選公爵家の家紋を付けた馬車がやって来た。
屋敷の使用人が玄関前階段の前に整列していく。
アレックスとキャサリンも列の前に出て、フレデリックの乗る馬車の到着を出迎えた。
馬車が屋敷に到着し、中から一人の男性が降りてくる。
男性は馬車の前に足台を用意すると、口上を述べた。
「スプリングフィールド選公爵家のご当主、フレデリック・ジョージア・スプリングフィールド様の御到着!」
執事の口上に続いて、馬車から男性が降りてくる。
長身でがっしりとした体格と短く切り揃えた茶髪に、彫りの深い渋みのある顔立ちと褐色の瞳――フレデリック・ジョージア・スプリングフィールドその人である。
フレデリックは馬車を降りるなりアレックスとキャサリンの姿を見つけ、喜びに顔いっぱいの笑顔を浮かべて歩み寄って来た。
「おぉ、我が最愛、我が愛し子。久しぶりだね。とても会いたかったよ」
「長旅、お疲れ様でございます、貴方」
フレデリックとキャサリンは軽く抱擁を交わした。
次いで、フレデリックはアレックスに向き直る。
「お久しぶりです、父様」
「あぁ、アレックスも元気そうで何よりだ」
アレックスが近寄ると、フレデリックは片膝をついてアレックスを抱きしめた。
そうして出迎えが終ると、三人で談話室へと移動した。
三人が談話室に入ると、執事に連れられたメイド達がテキパキとした動きでお茶の準備を整えていく。
そして、執事はフレデリックに近付き一礼すると要件を述べた。
「旦那様、直ぐに昼食の準備をいたしますので、しばしお待ちくださいませ」
フレデリックは片手を挙げて答える。
すると、執事は再びフレデリックに一礼すると部屋を出ていった。
「所で、アレックス……、神聖術士に認定されたそうだな?」
「はい、父様」
フレデリックの問いに、アレックスは素直に肯定の言葉を述べた。
アレックスの返事に、フレデリックはソファーに深く座り直して少しだけ思案気に首を傾げた。
「それは喜ばしい、……うむ、それ自体は喜ばしい事なのだがな。アレックスが、武術と魔術の訓練をしている事は既に東方領では多くの貴族の耳に入っている事だ。そこに来て、神聖術まで使えるとなると、家内でも色々と騒ぎ立てる者も出てきてな……」
「何かまずかったでしょうか?」
アレックスは、前々世も前世も今の様な貴族社会とは無縁の世界で生きてきた。
前々世では冒険者として貴族の依頼を受けた事はあるが、自分が貴族だったわけではない。
だから、貴族が神聖術士になった場合に何がどうなのかが今ひとつ分からなかったのだ。
「いや、何もまずい事等は無いのだ。ただ、色々と言ってくる者が出てきてな。やれ、フェルネス教団に出家してはどうかだの、跡継ぎについて再考すべきだのとな……。耳の良い貴族の中には婚約の申し込みもあった」
フレデリックは、そう言うと深く溜息を吐いた。
そして、メイドの用意したお茶を一口含んで唇を湿らせると、再び口を開いた。
「まぁ、身の振り方などと言っても、今すぐに決める必要のある事でもない。将来について考えるのは、そうだな……、初等部を卒業してから考えれば良い事だ。それよりも、明後日にはアウレアウロラ学園の入学式があるのだから、先ずは目の前の学園生活に目を向けなさい」
「はい、分かりました、父様」
アレックスはそう言うと自身もお茶を口にした。
そこで、執事が再び談話室に姿を現した。
「お話し中に失礼いたします。旦那様、奥様、アレクサンダー様。昼食の準備が整いましてございます」
「あら、そうなの?それでは貴方、難しいお話はここまでにして、お昼をいただきましょう?」
執事の言葉を受けて、キャサリンはフレデリックに目を向けた。
それに対して、フレデリックも頷きを返す。
「そうだな。一先ずは、食事にしよう。その後は、先に仕事を片付けてしまおうか。アレックスが王都でどのように過ごしていたかは、また夕食の席にでも聞けば良いだろう」
そう言ってフレデリックは立ち上がった。
そして、アレックスとキャサリンも、食堂に行くフレデリックの後についていくべく席を後にするのだった。
……
…………
………………
昼食の後は、フレデリックは仕事のために執務室へと向かっていった。
キャサリンも、明日――春の祝祭日――にスプリングフィールド選公爵家で開かれる園遊会の準備状況の確認のためにフレデリックについていった。
時間の空いたアレックスは、自室へ戻ってんのんびりと読書をしながら午後の時間を過ごしたのだった。
やがて、日も暮れる頃合いになってきた所で、メイドがやって来て夕食の準備が整ったことを告げてきた。
食堂へと移動したアレックスが暫く待っていると、フレデリックとキャサリンが食堂にやって来てその日の夕食が始まった。
一通り夕食が進んだ所で、フレデリックがアレックスに声を掛けてきた。
「さて、アレックス。神聖術士になった件については、もう詳細の報告を受けたので良しとしようと思う。それで、王都に来る時につけていた青龍騎士団の警護の騎士達と、剣の稽古をしたそうだな?私も青龍騎士団の団長として、帰って来た騎士達から話は聞いている。だが、アレックス、お前の口からも話を聞いておきたいな」
フレデリックの問い掛けに、アレックスは少しだけ考えてから答えを返した。
「いつもはアランとしか稽古をしていませんので、いつもと違う相手と稽古が出来てとても勉強になりましたし、何より楽しかったです」
そうして、アレックスは騎士達と共に行った剣の鍛錬を思い返した。
王都に着いた翌日から次の領都行きの魔導飛行船が出発するまでの二日間、騎士達につけてもらった稽古の事を振り返って話した。
その話を聞いて、キャサリンが相槌を打つ。
「その話なら、騎士達がアレックスの事を大層褒めていましたよ」
キャサリンの言葉にフレデリックはさも当然と言わんばかりに頷いた。
「それはそうだろう。アランの剣の鍛錬は甘くはないからな。アランから掛かり稽古を付けていると聞いた時は、私でも驚いたものだ」
そう言ってフレデリックは微笑んだ。
それから、話はアレックスの王都観光の話に移っていく。
「ふむ、それで教会で神聖術を使う事になったわけか。しかし、アレックス、一体何時から神聖術が使えたのだ?昨日今日といった話ではあるまい?」
話は、教会からフェルネス教団の神殿に場面を移していた。
神殿での治療の様子を一通り話し終えた所で、フレデリックはそう切り出した。
アレックスは特に隠す事でも無しと正直に話すことにした。
「いつ使えるようになったのは、はっきり分かりません。もう、ずっと前からです」
「ほぅ、すると物心ついた時には既に使えていたわけか。神に祝福されてた子供が幼くして神聖術を使う話というものを稀にだが聞くことがある。まさか、アレックスもそうだったとはな。武術といい魔術といい、ここまでの才を示す様な事があるとは……。我が子の事ながら、驚きで言葉もない」
フレデリックは、溜息を吐くと頭を振った。
話はそこから、次にアウレアウロラ学園の入学試験へと続いていく。
「まぁ、アレックスの事だ。入学試験の成績は、それほど心配する事は無いだろう。アレックスなら、首席入学という事もあるかもしれんしな」
そう言って、フレデリックは明るい笑顔を浮かべた。
この時はまだ、フレデリックとキャサリンの二人はアレックスの入学試験の詳細を知らなかった。
アレックスも二人から特に聞かれる事は無かったので、自分から入学試験で披露した絶技や魔術について詳しく話す事もなかったからだ。
こうして、三人は穏やかに談笑しつつ夕食を楽しみ、その日の夜は更けていくのだった。




