第十九話・試験の後
魔術試験を終えたアレックスは、衝立で仕切られた通路にいた。
少し先に行けば、そこは待機スペースになっている。
しかし、アレックスはまだ元の待機席には戻っていなかった。
アレックスは、先程魔術を放った右手を見る。
右手の掌は、真っ赤に火傷をして爛れている。
それは、先程の魔術の制御を失敗した代償だった。
火傷した掌がズキズキと激しい痛みを発している。
アレックスは、苦痛の声を噛み殺して歯を食いしばった。
(やはり、使い慣れない魔術で最大化は少々やりすぎでしたか……)
流石に、この傷をそのままにしておくわけにはいかない。
このままでは、例え適切な治療をしても二度と剣を握ることは出来ないだろう。
それでは色々とまずい事になるので、席に戻る前に治癒しておく必要があった。
「法と秩序の神フェルネスよ、慈悲深き御手にて癒しを与えたまえ、彼の者を苛む苦痛を取り払いその身を蝕む傷を癒したまえ、神聖術、大治癒」
アレックスが祈りの言葉を唱えると、彼の体を淡い光が包み込む。
全身を包み込む光は次第に右の掌へと収束していき、その輝きを強めていく。
光が右手に収束した所で、パッと光が瞬いた。
光が治まった所で、アレックスは再度右手を確かめる。
赤く爛れていた掌は、すっかり綺麗な肌色を取り戻していた。
アレックスは、二度三度と拳を握り締めて治癒した右手の調子を確かめる。
そうして、治療を施した右手に問題が無い事を確かめると、ハンカチで額に流れる汗を拭った。
「……さて、では行きますか」
アレックスは乱れた衣服を整えると、体に不調が無い事を確かめてから元居た待機席へと戻っていった。
アレックスが席に戻ってくると、周囲が酷く騒めいている事に気付いた。
何事かとアレックスが訝しがっていると、執事が声を掛けてきた。
「アレクサンダー様、お疲れ様でございました。皆、先程の轟音に戸惑っているのだと思われます」
なるほどと、アレックスは頷いた。
確かに、あの魔術の炸裂音は、聞き慣れていなければ平常ではいられないだろう。
何しろ、八歳児で魔術の行使まで出来る者はそうそういない。
魔術試験と言っても、本来の初等部の魔術試験は魔術を使う以前に魔力操作や魔力感知の出来を見るためのものだ。
初級ならともかく、階位の高い魔術を行使する者などまずいないと言っていい。
そういう意味では、先程別ブロックから聞こえてきた爆発音――おそらくは火球あたりだろう——だって、異例の事なのだから。
アレックスはそう考えると、周囲を見回した。
そうすると、自分に向けられる好奇の目に気付く。
皆、アレックスが目を遣るとそそくさと目を逸らしていく。
改めて、アレックスは先程の魔術がやり過ぎだったかと思う。
とは言え、後悔はしていない。
アレックスの実力ならば、入学してしまえばいやでもばれる事だ。
ならば、下手に実力を隠そうなどとはせずに、全力で試験に向き合った方が正しいはずだ。
もっとも、それで大怪我を負ってしまっては意味がないので、その点については反省している。
ともあれ、後は結果を待つだけである。
「ふぅ、少し疲れましたね」
「アレクサンダー様、お茶をご用意いたしましょうか」
「……そうですね、おねがいできますか?」
「畏まりました」
アレックスの横で、執事がお茶の準備を始める。
しばらくすれば、魔術試験も再開されるだろう。
そう考えたアレックスは、執事がお茶を用意するのをのんびりと眺めていた。
しかし、いつまで待ってもなかなか魔術試験は再開しなかった。
全員の試験が終わるまでは、帰るに帰れない。
アレックスの後にも、まだ受験生は残っているのだ。
そこでアレックスは思い至った。
標的を消し炭にしてしまった事を。
あれを取り換えるとなると、しばらくかかるだろうなとアレックスは考える。
実際、魔術試験の開始までしばらくの時間を要したのだった。
……
…………
………………
同日、夕方
ローランディア選王国、アウレアウロラ学園
試験終了後の会議室にて――
夕日も沈み、間も無く夜の帳が降りようとしていたその頃、会議室では今日の入学試験の話題で紛糾していた。
「筆記試験の採点はこれからですが、武術試験と魔術試験については、何名か特筆に値する受験生がおります。詳細を詰めるには少々時間がかかりますが、近年稀にみる豊作ですね」
会議室の上座に近くに座る女性教師が、手元の書類を捲りながら難しい顔を浮かべた。
「ですが、これが本当なら、学園始まって以来ではないでしょうか?」
女性教師から回って来た書類を見ながら、別の男性教師も難しい顔を浮かべて頭を振った。
「武術試験で絶技を披露した者、魔術試験で魔術を披露した者、どちらも珍しい事と言えばそうですが、それだけです。しかし、その両方共となると、そうそういるものではありません。しかも、その受験生は武術、魔術両方共に推定で達人級だそうではないですか?……正直に言って、私は聞いたことがない」
そう発言した男性教師の言葉に、周囲がどよめく。
「達人級の子供などと、にわかには信じがたい」
「試験官の見間違いという事は……ないでしょうな」
「しかし、試験官が四人もそろって間違えるとは考え難い」
「では本当の事?……いや、しかし本当ですか?」
書類が次々と教師達の間を回っていく。
そこに書かれた内容に、どの教師も半信半疑と言った様子を浮かべていった。
一通り書類が行き渡った所で、上座に座る女性が手を叩いて周囲の耳目を集めた。
「皆、審査結果の書類を見たと思いますが、これは事実です。試験官として、実際に私もこの目で見て確かめた事です」
女性の隣に座る男性教師が頷いた。
「校長先生がそう仰るのであれば、疑う余地もございませんな。しかし、これが事実として、そうなるとこの学園にこの子を教えられる様な人材がおりますでしょうか?」
校長先生と呼ばれた女性は、一つため息を吐いて答えた。
「人材に関しては、ひとまず置いておきましょう。場合によっては王城に相談する事になるかもしれません。どの道、学園は初等部で四年、高等部も入れれば十年の教育期間があります。この子が学園に入学してから、実際の授業での様子を通して扱い方を考えても遅くはないでしょう」
校長は、手元に戻って来た書類に再び目を通す。
「アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド……。本当に、どう扱えばいいのかしらね」




