第十八話・魔術試験
武術試験を終えたアレックスは、元の待合席に戻っていた。
そうして席に着いたアレックスは、右手の調子を確かめる様に二度三度拳を握りしめていた。
(やはり、今の子供の身体では絶技を五つも使うと負担が大きいですか)
アレックスの全身を、鈍い痛みが走る。
鈍痛は消えることなく、アレックスの全身を酷使した代償を訴えていた。
(もう少し体が成長するまでは、絶技の使用は控えめにした方が良さそうですね)
アレックスが一人考えに耽っている間にも、残りの受験生が次々と呼ばれていき試験は確実に進んでいった。
そうして、最後の受験生の武術試験が終わると、衝立の向こう側から試験監督がやって来て受験生達に声を掛けた。
「次は魔術試験です。試験の準備が整うまでは休憩時間となりますので、このままこの場所で待機していてください」
試験監督は、そう言って衝立の奥へと戻っていった。
騒然とした待機所で、アレックスは一人静かに試験の開始を待つことにした。
すると、脇で控えていた執事が声を掛けてきた。
「アレクサンダー様、お茶のご用意をいたしましょうか?」
執事の言葉に、アレックスは周囲の様子をうかがう。
周囲には貴族の子弟と思われる者が多くおり、その大半はこの休憩時間にお茶をして過ごすようである。
現に多くの者が従者に世話を焼かれており、お茶の準備をしている様子が見て取れた。
「ん……、そうですね。時間も良い事ですし、私もお茶をいただきましょうか」
「はい、畏まりました」
執事は、アレックスの返事を受けてお茶の用意を始めた。
最初に肩に掛けた鞄から、机を取り出してアレックスの眼前に置く。
続いて、鞄から一通りの茶器を取り出して机の上に並べていった。
アレックスは、お茶を用意する執事の様子を見ながら、次の魔術試験ではどんな魔術を披露すれば良いだろうかと思案を始めたのだった。
……
…………
………………
アレックスがゆっくりとお茶を楽しんでいる間に、魔術試験の準備は完了していた。
試験監督がやって来て魔術試験の開始を告げると、番号順に受験生が呼ばれて衝立の向こう側へと向かっていった。
その様子を見ながら、アレックスは未だに魔術試験でどんな魔術を使うかを考えていた。
アレックスは武術も魔術もそれなりに使える自信はあるが、どちらが得意かと言われれば武術であると答えるだろう。
実際に階級で言うなら、武術は今だって軽く達人級以上の絶技を扱えるのだが、魔術はそこまでではない。
だから、アレックスは武術試験の時とは違って魔術試験では衝立の向こう側の様子が少しばかり気になった。
もちろん、試験と言っても八歳児の受ける試験だ。
高度な技を求められるわけではない。
実の所、武術試験でも本来の内容では武器を構えられるかどうか、構えたならそれがきちんとした型になっているかどうかを見る程度である。
アレックスがしたように絶技を使うなどというのは、そもそも異例中の異例と言える程にあり得ない事なのだ。
その点で言うと、アレックスは魔術も実家であるスプリングフィールド選公爵家で修練をしてきた。
だから、魔術試験も本来の実力を出せば簡単な事ではある。
ただ、せっかくの機会なので今の実力を試したい所なのだった。
(そうなると、私の得意としている炸裂光弾では、少々物足りませんね……)
アレックスが考えをまとめていると、少し離れた場所から爆発音が響いてきた。
響いてきた音の雰囲気からして、少し離れたブロックで試験をしている受験生のいる方向だろう。
(今のは、爆発?……だとすると、爆発音を響かせる様な魔術を使った受験生がいた?)
心なしか、衝立の向こう側が騒がしくなった様な気配が感じられた。
周囲の受験生達も何事かと不安気に騒めいている。
幾らかの時間がたった頃、試験監督がやって来て受験生達に声を掛けてきた。
「皆さん、心配はいりません。静かにしてください。……それでは、試験を続けますよ」
そうして魔術試験が再開され、さらに受験生が呼ばれて衝立の向こう側へと誘導されていく。
暫くすると、アレックスの順番が回って来た。
アレックスは、試験監督の誘導に従って衝立の向こう側へと移動した。
すると、そこには先程と同じ様に四人の試験官達が長机に並んで座っていた。
アレックスは周囲を見渡す。
そうすると、先程の武術試験とは違い、武器が片付けられている代わりに何種類もの杖や短杖が並べられていた。
アレックスが周囲の様子を窺うのを止めて試験官達へと向き直ると、四人の試験官達の内の一人――ローブ姿の男性試験官——が声を掛けてきた。
「今から魔術試験を始めます。そちらに魔法の発動体となる杖を用意してありますので、好きなものを選んでください。選び終えたら開始位置について下さい」
「はい、分かりました。……所で、質問をしてもよろしいでしょうか」
「えぇ、構いませんよ。一体なんですか?」
アレックスは、試験官に右手を掲げて腕輪を見せた。
「自分の魔法の発動体があるのですが、こちらを使ってもよろしいですか?」
「ふむ、経験者でしたか。……えぇ、自分の物を使ってもらっても一向に構いません」
「ありがとうございます」
アレックスは、試験官に礼を言ってから試験の開始位置に着いた。
開始位置に着いたアレックスに、試験官が再度声を掛けてくる。
「それでは、魔術が使えるようですので、それを披露してもらいましょう。自信のある魔術を一つ披露してください。それでは、始め」
アレックスは、開始位置から目標となる標的を睨み据えた。
(先程の爆発音からして、受験者の中に相応の使い手がいたという事。音からして火球あたりでしょうか。であれば、その上を目指して行く事にしましょう)
「万物に宿りし魔素の力よ、我が手に集いて全てを打ち砕く雷と成れ、迸れ雷光、風光複合威力最大化魔技、雷撃衝射」
アレックスの突き出した右手の先から光が迸る。
轟音を立てて標的の鎧に突き立った雷撃が、大気を震わせ激しい光を撒き散らす。
試験官達は、あまりの光の激しさに顔を庇っていた。
「これは、雷撃衝射?しかも最大化するなんて!」
激しい光の奔流が治まった後には、ブスブスと音を立て煙を立ち昇らせた標的があった。
標的の鎧は留め具が壊れて崩れ落ち、支えていた木の杭は炭化して真っ黒に焦げている。
「なんて威力なのかしら!」
試験官の一人であるローブ姿の女性が悲鳴のような声を上げた。
暫くして、絶句して二の句の告げられないままの試験官達に代わって、試験監督の女性がアレックスに声を掛けてきた。
「君、貴方の魔術試験はこれで終了です。貴方は席に戻って、そのまま試験終了まで待機していなさい」
「分かりました。それでは、失礼します」
アレックスは試験官達に一礼してその場を後にした。
……
…………
………………
アレックスの立ち去った後、試験官達はお互いの顔を見比べて声を上げた。
「今の子は、先程の武術試験の時の子供ですわね」
「そうですな。まさか、初等部の試験で最大化した雷撃衝射を見せられる事になるとは思いもしませんでしたな」
ローブ姿の二人が、顔を見合わせる。
短衣を着た男性の一人がそんな二人に声を掛けた。
「私は魔術の事はそれほど良く分からないのですが、先程の魔術は相当な威力がありました。あれが子供の技ですか?」
男性の疑問に女性の方が答える。
「雷撃衝射は風系統と光系統を複合させる上級の魔術です。ですが、最大化をして見せたという事は一つ階位を上げて考える必要がありますね」
「つまりは達人級という事ですか?」
短衣の男性の言葉に、ローブ姿の女性は頷きで返していた。
それが意味する所に男性は絶句する。
それはつまり、五つも絶技を使う武術が推定達人級の子供が達人級の魔術まで使いこなしているという事だからだ。
それはもう、ただの子供の所業ではない。
「なんという事だ。こんな事、私の知る限りでは聞いたことがない」
「もしや、ローランディア選王国始まって以来の事ではないのか」
短衣の男性達に、ローブ姿の男性が声を掛けた。
「こう言っては何だが、これがあの子の才能なのでしょう。まさに天才とはああいう子の事を言うのかもしれません」
「達人級ですよ?我々で教える事があるんでしょうか?」
その言葉に、直ぐに答えを返せる者はこの場にはいなかった。




