第十七話・武術試験
昼食が終って、アレックスは試験会場である教室に戻って来ていた。
この教室で、次の試験が開始されるのを待つのである。
午後から行われる試験は、武術の試験と魔術の試験の二科目となっている。
もちろん、この教室でそのまま試験をするわけではない。
この教室は、言わば試験を受けるまでの待合室というわけだ。
暫くして、昼休みの終了を告げる鐘が鳴った。
「はい、皆さん。静粛に!午後からの試験を開始しますよ」
そう言って、試験監督の女性が入室してきた。
「午後からの試験は、武術試験と魔術試験の二科目です。試験はこの校舎を出て、外の運動場で行われます。案内しますので、皆さん、私の後についてきてください」
話をした後、試験監督が教室の外に出ていく。
試験監督の言葉に従い、受験生達は席を立って試験監督の後に続いた。
試験監督の案内で、校舎の外に出る。
運動場に出てみれば、二十程の衝立で区切られたスペースが確保されているのが見て取れた。
アレックス達受験生は、試験監督の誘導で区切られたスペースの一つへと移動した。
「ここで、武術試験と魔術試験が行われます。先ずは武術試験からです。試験では順番に呼ばれますので、ここの席に着いてしばらくお待ちください」
試験場の入り口側には受験生のために椅子が並べられており、試験監督の指示に従って受験生達は席に着いていった。
「それでは試験番号順に呼びますから、自分の番が来るまでは静かに待っているように」
そう言って、試験監督は衝立で仕切られた区画の向こう側へと立ち去って行った。
やがて、ボードを手にした試験監督が受験生を呼び始めた。
呼ばれた受験生は、衝立の向こう側へと試験監督に誘導されていく。
そうして、試験会場となった運動場には、疎らに受験生の声が響き始めた。
試験を終えた受験生が、衝立の向こう側から戻ってくる。
こうして順番に少しづつ受験生が呼ばれて、衝立の向こう側で試験を受けるのである。
暫くして、アレックスの順番がやってくる。
番号を呼ばれたアレックスは、静かに席を立つと試験監督に連れられて衝立の向こう側へと歩みを進めた。
衝立の向こう側に入ってみると入り口の右手には机が並べられており、四人の試験官が座っていた。
試験場へと入って来たアレックスの正面、5メートル程の位置の地面に印が付けられており、15メートル程先には杭が立てられて標的にするのであろう金属鎧が掛けられている。
左手には、様々な剣や槍、斧といった武器が並べられていた。
四人の試験官は、それぞれゆったりとしたローブを着た女性と男性、引き締まった体格で短衣を着た男性二人であった。
ローブを着た男性試験官が、アレックスに声を掛けてくる。
「それでは、これより武術試験を始めます。あちらにある武器から好きな物を選んで、開始位置に立ちなさい」
「はい、分かりました」
アレックスは並べられている武器を見比べる。
どれも鉄製の品で、どうやら刃引きした訓練用の武器らしかった。
アレックスは、並べられている武器の中から一つを選ぶ。
アレックスの選んだ武器は、細剣だった。
ここに置いてあった細剣は、儀礼用の細長いものではなくより太い実戦用の物だ。
アレックスは、細剣を手に試験の開始位置に移動した。
それを見た短衣を着た男性試験官の一人が、アレックスに声を掛けてきた。
「君、本当にその剣で良いのかね?今なら、まだ間に合うよ」
「はい、いいえ、これで構いません」
「そうか。では、開始位置について。君は経験者の様だが、ここはその技量を確認する試験だ。合図をするので、君の出来得る限りの技でもって、標的を攻撃してみなさい」
アレックスは一つ頷くと試験開始位置に立つ。
標的との距離は、10メートル余り。
アレックスは、軽く一息吐くと剣を構えた。
「それでは、始め!」
試験官の開始の合図が響く。
「ハアァ……、タアァ!」
試験場にアレックスの気合の声が響く。
アレックスは、気合の声と共に練り上げた気を解放した。
――戦技、身体強化
不可視の力の奔流が、アレックスの身体を包み込む。
そして、アレックスはその場で剣を一撫でして……。
「剣技、聖光装刃」
アレックスの持つ細剣を淡い光が包み込む。
細剣を一振りして構え直せば、フォンッと空気を切り裂く音が鳴る。
続いて、アレックスは剣技を重ねる。
「剣技、刀身鋭化」
アレックスのその姿に、短衣を着た二人の男性試験官は揃って驚きの声を上げた。
ローブ姿の男性試験官がその二人に声を掛ける。
「今のは、絶技ですな。まさか、子供が絶技を披露するなどとは思いませんでしたが……」
「確かにそうですが、それだけではありません。持続型の絶技を三つも重ね掛けするとは……」
そう答えつつ、短衣の男性試験官はアレックスを凝視した。
剣技を使ったアレックスは考える。
(できる限りの技でもって、一撃を入れる)
――戦技、縮地
――剣技、奪命蠍針
次の瞬間、アレックスの姿が掻き消える。
否、試験官の目にはアレックスの動き出しが見えなかったのだ。
カキュンッという乾いた音がして、試験官達は標的の方を振り向いた。
そこには、標的に細剣を突き立てるアレックスの姿があった。
アレックスは、標的から細剣を抜くと一歩下がって残心の構えを取っていた。
「そっ、そこまで!」
アレックスは、終了の合図を受けてようやく構えを解いた。
試験官の一人が立ち上がり、標的の鎧に駆け寄る。
そうして鎧の傷跡を検分していく。
「信じられん。金属鎧を完全に貫通している。しかも、正確に心臓の位置だ……」
振り返った試験官が、短衣を着たもう一人と頷き合う。
ローブを着た二人の試験官は、漠然とだがこれがとんでもない事だというのは分かっている。
しかし、短衣を着た二人の男性は武術を生業としているだけに、その尋常でない様がより明確に理解できていた。
「とにかく、武術試験は終了だ。君は席に戻ってもらって大丈夫だ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
アレックスは、一礼してから試験監督の誘導に従って試験場を後にした。
……
…………
………………
「おい、今の子供の事、どう思う?」
「正直言って信じられん」
アレックスの立ち去った後、短衣を着た二人の男性はお互いに意見を交わし合った。
彼らにローブ姿の女性が問いかけた。
「何が信じられないのですか?確かに、たった八歳の子供が絶技を使うという事がとんでもない事だというのは分かりますが……」
「今の子供、標的を打つのに少なくとも四つ、恐らく五つは絶技を使っています。王国の騎士でもあれ程の絶技を使える者は多くありません。王都騎士団なら、近衛騎士隊に選抜されてもおかしくない程の実力ですよ」
「それ程なのですか?……あぁ、確かにそれは信じ難い事ですわね」
女性試験官は、受験生達の控えている方向を振り返った。
そうして、先程の受験生の資料を思い出す。
「アレクサンダー・アリス・スプリングフィールド。スプリングフィールド選公爵家の子息ですね。一体どういう教育を受けてきたのでしょうね?」
女性試験官の言葉に、他の三人は黙り込んでしまう。
「さて、どういった評価を付ければよいのでしょう……」




