第十五話・入学試験
大陸統一歴2313年、3月中小月一日
ローランディア選王国、王都セントラル
スプリングフィールド選公爵邸にて――
朝食の席で、キャサリンがアレックスに言葉を掛けた。
「今日は、王立アウレアウロラ学園の入学試験がありますね」
「はい、母様」
アレックスは、キャサリンの言葉に他に何かあったかと小首を傾げて考えた。
「アウレアウロラ学園は、所定の学費の他は名前が書ければ入学出来るとまで言われているわね。けれども、入試の成績でクラス分けがされるとも聞いています。アレックス、貴方の事だから心配はしていないけれど、試験には真面目に取り組むようにね」
「はい、母様。試験はきちんと受けてきます」
あぁ、そういうことかと、アレックスは頷いた。
アウレアウロラ学園は入るに易く出るに難いと言われる。
アレックスの聞いた話では、毎年のアウレアウロラ学園の入学者は初等部『アウロラ』だけで千人を超えるのに対して、現役の卒業生は四百人にも届かない程だという。
高等部『アウレア』も同様で、毎年の入学者は八百人程いるのだが、現役の卒業生は二百五十人程度だという話だ。
学費に関しては左程高い額ではなく、少々貧しい家庭でも頑張れば工面できる金額であると言われている。
しかし、一般家庭からすれば決して少なくはない負担額であるのも事実であり、在校生の中には学費の負担が出来ずに退学するものも少なからずいる。
とは言え、学費の負担が出来ずに退学するのはローランディア選王国からしてみれば有為な若者を手放すようなものであり、それを防ぐための奨学金制度というものも存在する。
奨学金制度には種類があり、貴族や富裕層の市民の寄付からなる寄付金奨学金と公費負担で賄われる公費奨学金があるのだが、どちらも成績によって支給が決められる。
もっとも、どちらの奨学金も制度内容に違いはなく、どちらの奨学金にも学生に返済義務はない。
成績によって支給されるだけあり、卒業生の殆どはこの奨学金を受けているくらいだ。
ただ、貴族や富裕な市民がアウレアウロラ学園に入学する場合は、制度理念から奨学金を受けないのがステータスにもなるくらいである。
「試験の内容は、一般教養と武術、魔術があるけれど、貴方なら家でも既に習っている事ですから良い成績を納められるでしょう。けれど、だからと言って慢心してはいけませんよ?」
キャサリンの言葉に、アレックスは頷いた。
「はい、母様。気を付けます。それでは、学園に行く準備もあるので、失礼します」
アレックスは、そう言ってキャサリンに礼をすると食堂を出ていったのだった。
……
…………
………………
アレックスは、身支度を整えると馬車に乗ってアウレアウロラ学園へと向けて出発した。
王都北東部の貴族街を出てから中央部の市街地を抜け、王都西地区に入ると直ぐの所にアウレアウロラ学園は立地している。
学園は、その広い敷地を高い塀に囲まれており、出入りが出来るのは基本的に正面門だけである。
正面門を入ってしばらく奥に進むと、背の高い校舎がある。
アレックスの乗った馬車が、後者の玄関口に進んでいくと、玄関で交通整理と受験生の誘導をしていた係員の内の一人が近付いてきた。
「ご苦労様です。受験生の方ですね?」
声を掛けられた馬車は、係員の前で停車した。
アレックスが目配せすると、同乗していた執事が馬車から降りて係員に相対した。
「ご苦労様です。こちらの馬車におわすのはアレクサンダー・アリス・スプリングフィールド様でございます。本日はアウレアウロラ学園初等部『アウロラ』の入学試験を受けに参りました」
執事の口上の後、アレックスが馬車から降りてくる。
「畏まりました。試験会場へご案内しますので、こちらにお越しくださいますでしょうか」
係員の誘導に従って、アレックスは執事と共に会場へと足を運んだ。
会場は天井の高い巨大な建物で、今回の試験の他学内の様々な催し物にも利用される立派な建物だ。
会場では受付に受験生が列をなし、受付で受験の手続きを行って受験生にはそれぞれに番号札が手渡されている。
試験中は、その番号札を胸に着けておくようになっているのだった。
アレックスも、躊躇なく受験生の列に並ぶ。
「アレクサンダー様、ここは私めが……」
「いいえ、構いません。ここまで来れば身分には関係なく、皆が一介の受験生ですからね」
アレックスの言葉に、執事は目礼して引き下がった。
その様子に、ここまで案内をしてきた係員が感嘆の声を漏らした。
それに気付いたアレックスは、係員に問いかけていた。
「係の方、どうかされましたか?」
「いいえ、大したことでは御座いません。ただ、特に貴族の方の中には稀に先程貴方が仰った事、『身分に関係なく』という事を好まれない方がおられますので……」
係員の曖昧な笑顔に、アレックスも察した。
確かに、貴族ならこうして列に並ぶ事を不快に思う者もいるだろう。
アレックスに礼をして去って行く係員の後姿を見送りながら、益体も無い事を考えたアレックスであった。
そうして、アレックスは気持ちを切り替えて周囲を見渡した。
自分と同じように列に並ぶ子供達を眺める。
大半の子供が、自分達と同じ様に親か従者らしき大人と一緒に列に並んでいるのが見て取れた。
受験生の列は少しずつ前へと進んでいく。
暫くして、アレックスの順番がやって来た。
「受験生の方は、こちらの用紙に記入をお願いします」
ずらりと並んだ長机に受付を行う係員がそれぞれ座って受験生の列を捌いている。
アレックスは、自分の前に差し出された用紙を一瞥し、ペンを受け取って必要事項を記入していく。
ちらりと他の机の様子を見れば、大半の机では大人が用紙に記入しているのが見える。
書き終わった用紙を係員に差し出せば、用紙を受け取った係員は用紙を一読して記入漏れが無いかどうか確認していく。
確認が終ると、係員は横に置いてある箱から番号札を取り出してアレックスに差し出してきた。
「はい、ご記入ありがとうございます。こちらが受験生の番号札になりますので、胸に着けて無くさない様にして下さいね。それでは、あちらの出口から校舎に移動してください。校舎に入ったら、掲示板に番号の書かれてある教室に入って試験開始までもうしばらくお待ちください」
係員の指さす方に目を遣れば、受付を終えた者達が続々と出口から隣の校舎に移動しているのが見える。
アレックスは、係員に礼を言うと執事を伴って会場を後にした。
渡り廊下を渡ると、校舎に入って直ぐの廊下に掲示板があるのが見えた。
アレックスは、掲示板に書かれている部屋割りから自分の番号を探し出すと、校舎の見取り図を見て教室の位置を確認する。
そうして、試験会場である教室を目指して歩き始めた。
二階に上がると、長い廊下の端に幾つかの椅子が並べられた廊下に出た。
廊下を進み、アレックスが二階にある自分が試験を受ける教室に入ると、先に教室に入っていた人達の視線が集まる。
元からあまり静かだったとは言えない教室のざわめきが、一際大きくなった様にアレックスには感じられた。
ひそひそとした喋り声が、アレックスの元まで聞こえてきた。
「あれはどこの貴族かしら……」
「綺麗な子ね」
「クラス分けはどうなるかしら」
黒板には、この教室の座席表が貼ってあった。
アレックスは、座席表を確認すると指定の席へと向かう。
そうして指定の席に着席すると、アレックスは静かに試験の開始時間を待つのだった。




