第十話・王都見物②
続いてアレックスが訪れたのは、ローランディア選王国でも一番の規模を誇る大闘技場であった。
大闘技場はその正式名称をアンフェシアトゥルム円形闘技場というが、民衆からは大闘技場と呼び習わされていた。
「アレクサンダー様、次の目的地である大闘技場に到着いたしました」
「ご苦労様です。あぁ、ここが、王国一と謳われるアンフェシアトゥルム円形闘技場なのですね。なるほど……、噂に違わぬ巨大さですね」
その大闘技場の威容は、アレックスに前世のイタリア、ローマのコロッセウムを彷彿とさせた。
実際には、この大闘技場はローマのコロッセウムとよく似てはいるが、その規模はローマのコロッセウムを凌ぐ規模である。
六階建てのこの施設はその基礎や構造部分に惜しみなくふんだんに魔術が使われており、堅牢さでは現代建築に勝るとも劣らないのだった。
また、その規模に相応しく収容人数も数多く、九万人から十万人規模の収容人数を誇る巨大施設である。
この大闘技場に勝る施設は丘と化した暗黒竜の亡骸の上に建つ王城テネブリスだけである事からも、その大きさを伺い知ることが出来た。
アレックスは、大闘技場とその周囲の様子を伺った。
大闘技場はひっそりとしているが、観光客らしき人だかりはあちらこちらに見やる事が出来る。
「今日の大闘技場は、興行が行われていないようですね」
「はい、アレクサンダー様。大闘技場は先だって大きな興行が行われたばかりでございますので、今は休みの期間となっております」
アレックスの言葉に、同行している執事が答えた。
「そうなのですか。それは少し残念な気もしますね。ですが、中の様子を見る事はできるようですね。ならば、見に行きましょうか」
「畏まりましてございます。それでは入場券を購入してまいりますので、しばしお待ちください」
今回の王都観光では、スプリングフィールド選公爵家としての先触れを出してはいない。
言わばお忍びでの観光であるので、貴族であるアレックスと言えども特別待遇というわけにはいかないのだ。
そのために、アレックスは市民と同じように入場券を購入して大闘技場に入ったのであった。
「外観も大きかったですが、内部も相当に広いですね……」
アレックスの入った入り口ロビーは、大闘技場に数ある出入口の中でも最も大きくそこだけで小さな家屋が一つ入る程に広い空間だった。
出入口ロビーの中央には、巨大な彫像が来訪者を睥睨するかのようにして立っていた。
「見事な彫像ですね」
「はい、アレクサンダー様。こちらの彫像は、この大闘技場の初代チャンピオンであるノンダス・エパイメの彫像でございます。彼は、大闘技場デビューから特赦による解放までの約12年間において、その戦績は128戦無敗。その偉大な戦績から剣帝の異名で呼ばれ、剣闘士を辞めた後は冒険者として様々な業績を残しております。中でも東方領の魔物の領域解放は、その後に開拓村を開いて貴族となり男爵の地位まで上り詰めた話は、立志伝として広く知られているものでございます……」
アレックスは、彫像について熱く語る執事を振り返りクスリと笑った。
「フフッ、とても詳しいのですね?」
「はっ、これは失礼をいたしました。つい熱くなってしまい……。申し訳ありません」
「いいえ、責めているわけではありません。趣味なのでしょう?良い事ではありませんか」
「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけるのであれば、幸いでございます」
恐縮する執事を尻目に、アレックスは大闘技場の奥へと歩みを進める。
少し慌てて、執事も後に続いた。
大闘技場の一階回廊部分は、歴代の剣闘士達の記録や肖像画が多数展示されていた。
アレックスは執事に開設をしてもらいながら展示を見て回ったが、大闘技場を半周した所で展示は終わっていた。
「展示はここまでなのですね?」
「はい、アレクサンダー様。ここから先の展示区画は、未来の剣闘士達のために残されているものでございます」
「なるほど……、そういう事なのですね。でしたら、戻りましょうか」
「それでしたら、アレクサンダー様、大闘技場が休みでも客席や舞台を見る事は出来ます。そちらを通ってお戻りになりますか?」
「そうですね。せっかくだから、見てみる事にしましょうか」
アレックスは、手近な位置にある階段を上っていく。
二階に上がると客席へとつながる通路に出る事が出来る。
通路を通って客席側に移動すると、開けた視界に大闘技場のフィールドが一望できた。
「これが大闘技場なのですね。この中央のフィールドで、様々な競技や試合といった興行が行われるのですよね」
「左様でございます。先だって行われた興行も非常に盛況で、客席は連日満席だったと聞きます」
「おや?見には行かなかったのですか?」
「はい、アレクサンダー様。残念ながら仕事がございまして、休みを取って見に行くことはかないませんでした」
アレックスは客席を通り抜け、再び出入口ロビーまで戻って来た。
「さて、次はどこを見に行きましょうかね?」
アレックスの王都観光は、順調に進んでいくのであった。
……
…………
………………
昼食時となり、アレックスは王都でも指折りのレストランへとやって来た。
そこは王都でも名の通った名店であり、多くの貴族がお忍びで訪れる事で有名な店でもある。
今回の王都観光でも、ここだけは例外でスプリングフィールド選公爵家として先触れを出して予約していたのであった。
昼食のメニューはランチという事もあって、それほど豪勢なものを頼んでいるわけではない。
しかし、そこは王都有数の名店である。
食卓には、内陸である王都ではなかなか手に入らない新鮮な海の魚を使った料理が出てきたのだった。
その料理の代金が一般的な家庭の一ヵ月分の生活費に相当すると言えば、どれ程高額なのかが分かるというものだ。
正直に言えば、贅沢な昼食であると考えるアレックスである。
だが、今回は王都観光というある意味特別な事でもあるので、母キャサリンがその手配を命じていたのであった。
アレックスとしては、それを断ることなど出来はしない。
そのため、アレックスは開き直ってこの昼食を楽しむことにするのだった。
そうと決めたアレックスは、改めてテーブルに並べられた料理を見た。
テーブルに並べられた料理は、メインに白身の海魚のムニエルの他に新鮮な生野菜のサラダ、コーンスープ、白パンが並べられていた。
アレックスは、早速メインの白身魚のムニエルを口に運んだ。
白身魚のムニエルは、口に入れるとほろりと身が解れて魚の旨味が口いっぱいに広がり、甘いバターの香りは嫌味なく鼻に抜けて香ばしい。
「美味しい……。王都に来て、これ程美味しい海の魚を食べられるとは思ってもみませんでした」
「ありがとうございます、お客様」
アレックスのテーブルの脇に控えるこの店の給仕係が、感謝の言葉を述べる。
味はもちろんの事、従業員の振る舞いも一流の店らしく洗練されたものであり、その味と対応にアレックスは大変満足させられたのだった。
こうして、終始和やかに昼食の席は過ぎていくのであった。




