第九話・王都見物①
翌日になり、アレックスは朝食の席で母キャサリンに王都観光の話を切り出してみた。
「王都見物をしたいの?まぁ、学園に通うようになったら数年は王都に住むことになるのですし、王都の様子を知っておく事は悪くはないでしょうね……」
キャサリンは暫し考え込んでから、続きの言葉を口にした。
「なら、せっかくの機会ですから存分に王都を見て回ると良いでしょう。ですけれど、アレックス、あまりはしゃぎ過ぎてはだめですからね」
「はい、母様、分かりました。ありがとうございます」
アレックスは、ホッと一息吐くと笑顔で頷いた。
アレックスの返事を聞いたキャサリンは、一つ頷くとそばに控えていた執事の一人を手招いた。
「貴方には、この子の世話を命じます。王都見物に同行しなさい」
「はい、奥様、畏まりましてございます。それでは早速ではございますが、私はアレクサンダー様の乗る馬車の手配をしてまいります」
そうして、指名された執事はアレックスの方に向き直った。
「アレクサンダー様におかれましては、馬車の準備が整うまで暫しの間自室にてお寛ぎいただきますようにお願いいたします。それでは御前失礼いたします」
キャサリンの指示を受けた執事は、そう言うと食堂から出ていった。
退室する執事を見送ったアレックスは、食後の紅茶を一息に飲み干してから席を立った。
「それでは、母様。私も部屋に戻っておきます」
「えぇ、そうしなさい」
キャサリンに一礼して、アレックスは自室へと戻っていったのだった。
「さて……、これからあの子は、どんな経験をしていくのでしょうかしらね。もうすぐ学園も始まりますし、あの子の将来がとても楽しみだわ」
そうして食堂に残ったキャサリンは、楽しげに笑みを浮かべて我が子の未来に思いをはせるのであった。
……
…………
………………
馬車の用意が整い、アレックスは王都スプリングフィールド選公爵邸を出発した。
邸宅を出て最初に向かったのは、王城テネブリスである。
とは言っても、流石に王城の中にまで入れるわけではない。
アレックスが見に行ったのは、王城テネブリスの城門である。
白亜の居城として知られる王城テネブリスは壁一面を白く覆われており、それは城門とて例外ではない。
城門は王城の玄関口に相応しく門を囲う様に精緻な彫刻で飾られており、その威容を訪れる者に存分に見せつけていた。
そのため、城門前も観光名所の一つとなっているのだった。
城門前は開けた広場になっているが、人通りはそこまで多いわけではない。
そもそも、王城の周囲は貴族達の住まう邸宅が立ち並ぶ地域であり、一般市民の住む区画とは距離がある。
そのため、王城の周囲を歩き回る観光客はあまり多いとは言えなかった。
それでも、城門の見事な彫刻を見物しようと訪れる者は後を絶たない。
守衛に立つ騎士達もそれは慣れたものであり、不必要に城門に近付きさえしなければ、見とがめられる事は無いのであった。
アレックスの乗った馬車が城門前広場に来た時も、騎士達は特に反応を示したりはしなかった。
おかげで、アレックスは静かに城門の様子を見る事が出来た。
城門を飾る精緻な彫刻は神話をモチーフとしており、城門を囲むように人間を守護した七柱の神々が彫られている。
城門の上部に彫られているのは、法と秩序の神フェルネスである。
その左右から城門を囲むようにして、右手に知識と感性の女神アイリス、戦いと死の女神ミルファネス、慈愛と命の女神リセリス、左手に富と繁栄の神ディヴィス、愛と運命の双子神マルベネス、技芸と美の神ヴァサラティスが彫られている。
彫刻の見事さと城門の巨大さは見る者を圧倒する。
アレックスは、ここに見に来て正解だったと大変満足のいく思いだった。
次に訪れたのは、王城の西側に位置する建国記念公園だ。
ここは王城の立つ丘の西の端に隣接する位置になっており、鋭角なくの字に曲がった水路が通っている。
元々、王都のあるこの土地は冒険者パーティ『夜明けの黄金』が邪神教団『社会』の暗黒竜復活を阻止するために戦った決戦の地でもある。
王都を流れる三本の水路でつくられた三角地帯は、暗黒竜が放った竜の吐息が大地を抉った痕跡であり、地下迷宮が陥没してできた王都北側にある湖の水が流れ込んでできたものだ。
王都を建設するにあたって、その痕跡を水路として利用しているのが今の王都なのである。
くの時に曲がったこの水路がある公園は、アレックスの前々世であるアラム・サラームの仲間である『夜明けの黄金』のメンバー達が、この地を王都と定めた時に整備させた一角であった。
公園と銘打ってはいるが公園自体は敷地の一部にしかすぎず、その本質は王都と下流地域の街を結ぶ舟運の拠点となる港なのであった。
当然のこととして、水路沿いには荷揚げされた貨物を納める倉庫が立ち並び、多くの荷運び人が往来しており、その荷物を商う商人達で賑わっていた。
その三角地帯のくの字に曲がった水路に面した場所に、王都の観光名所の一つがあるのだった。
それは、建国を記念して製作された六つの彫像群である。
馬車に乗って建国記念公園に来たアレックスは、馬車を降りるなり思わず吹き出しそうになった。
その理由は、六つの彫像群にあった。
今居る場所は建国記念公園だ。
だから、ここにローランディア選王国の建国に関わった『夜明けの黄金』のメンバー達の彫像があるのはわかる。
しかし、そこに自分の――アラム・サラームの彫像まで建っている事に驚いたのである。
(これは……、ちょっとばかり美化しすぎではないのか)
アレックスは、思わず眉間に皺を寄せて唸っていた。
「アレクサンダー様、いかがなさいましたか?」
「いいえ、何でもありません。彫像の大きさに少し驚いただけです」
同行する執事に返事を返し、アレックスは周囲を見回した。
観光名所として紹介されただけあって、ここには多くの人が行き交っている。
少し離れた位置にある水路沿いの倉庫群が賑わっているだけではなく、公園で憩う観光客も多い。
そのため、観光客相手に商売をする屋台や見世物をする大道芸人などもおり盛況であった。
彫像のすぐそばでは、吟遊詩人が楽器を鳴らして客寄せのお囃子を奏でていた。
すると少しずつ観光客が集まり出し、人の輪が出来た所で吟遊詩人は口上を述べていく。
それとはなしに様子を見ていたアレックスの耳にも、吟遊詩人の口上が聞こえてきた。
それは、「夜明けの黄金」が地下迷宮へと挑み復活した暗黒竜を退治するまでの話だった。
「……さて、もうそろそろ次の場所へ行きましょうか」
「アレクサンダー様、今から吟遊詩人が歌うようですが、お聞きにならなくてもよろしいのですか?あのように吟遊詩人の歌う夜明けの黄金の冒険譚は、王都の名物の一つでございますよ」
「その話なら、領都のエクウェス学園の図書館で関連する書物を沢山読みましたからね。改めて聞く程ではないでしょう」
「左様でございましたか。畏まりました。それでは次の場所へご案内をいたします」
正直に言えば、前々世とは言え自分の活動を歌う吟遊詩人の歌など気恥ずかしくて聞く気になれなかったアレックスである。
アレックスは、そそくさと馬車に乗り込み出発を促した。
そんなアレックスの内心を知らぬ執事は、特に疑問を差し挟むでもなく馬車に出発の合図を送る。
そうして、アレックスの乗った馬車は次の目的地へと向けて進み出すのであった。




