第七話・選公爵邸での一日①
アレックス達が王都の選公爵邸に到着した翌日、王都選公爵邸は朝から忙しない空気に包まれていた。
それというのも、お茶会の準備があるためだ。
スプリングフィールド選公爵家は、中央の政治にも関与する大貴族である。
とは言っても、そのスプリングフィールド選公爵家は地方に領地を持つ領地貴族でもある。
当然、そう頻繁に王都を訪れる事が出来るわけではない。
だからこそ、王都に来た時には精力的に社交と政治的活動に精を出すのであった。
今、準備が進められているお茶会もその一つである。
四月の中小月には、領都スプリングフィールドから当主であるフレデリック・ジョージア・スプリングフィールドがやって来る。
政治という意味ではフレデリックが王都にやって来てからが本番ではあるものの、その妻であるキャサリン・スザンナ・スプリングフィールドが主催するお茶会は、言わばその下準備として重要な意味を持つのである。
そういうわけで、スプリングフィールド選公爵邸では、朝から使用人達が忙しなく仕事をこなしていた。
もちろん、キャサリンとアレックスが王都セントラルを訪れる事は前々からわかっていた事であるし、キャサリンの来る前からお茶会の準備自体は進められていたのだが、キャサリンが来なければ進められない事柄もあるのだった。
とは言え、お茶会自体はアレックスには直接関係のある話ではない。
だから、アレックスは屋敷の忙しない雰囲気とは関係なしに朝の日課をこなしてから、メイドが起こしに来るのを待つだけであった。
いつもとの違いと言えば、朝にやってきたメイドの一人がアレックスの早起きに少しばかり驚いたような素振りをしていたことくらいであろう。
部屋へとやってきたメイドの二人――もう一人は領都からついてきたメイドだ――が、アレックスに朝の挨拶をしてくる。
「アレックス様、おはようございます。……朝はもう少し早くした方が宜しいでしょうか?」
「はい、おはようございます。いいえ、今日と同じくらいで構いません。それでは支度をお願いしますね」
「はい、畏まりましてございます」
メイドの一人がドレスルームに入り、あらかじめ用意してあった今日着る衣服を持ってくる。
二人のメイドに着せ替えさせてもらったら、次は髪の手入れに入る。
領都からついてきた方のメイドが、アレックスに問いかけた。
「アレックス様、今日の御髪はいかがなさいますか?」
「今日は、午前中に騎士様方と剣の稽古をすることになっていますから、髪が邪魔にならない様に纏めてしまいましょうか。お願いしますね」
「はい、畏まりました」
メイドの手によってアレックスの髪は丁寧に梳られ、頭の左右で二つのお団子頭に纏められていく。
髪の手入れが終わる頃になると執事がやってきて、朝食の準備が整ったことを知らせてくれる。
「それでは朝食に行きましょうか」
「「はい、アレクサンダー様」」
食堂に到着して母キャサリンを待てば、暫しの間があってキャサリンがやってくる。
二人が揃った所で、今日の朝食が始まった。
朝食のメニューは簡単なもので、新鮮なサラダとスクランブルエッグ、白パンにフルーツ、飲み物として紅茶が用意されている程度である。
食事が終わり紅茶で一段落していると、執事がアレックスに今日の予定を伝えてきた。
「アレクサンダー様、本日は午前中に剣の修練をされるとの事でございますが、午後からは仕立て屋が参りますのでご承知おきください」
「仕立て屋ですか?」
「はい。アレクサンダー様のアウレアウロラ学園での制服をはじめとした衣類を御準備いたしますので、その採寸に参ります。ですので、昼食後は御自室にて、しばしお待ちいただけますようにお願いいたします」
「そうですか、わかりました。委細は任せます。よしなに……」
「はい、畏まりました」
こうして、朝食の席は終わり、アレックスは剣の修練を行うために食堂を出ていくのであった。
……
…………
………………
アレックスが屋敷の隣に作られている修練場へとやってくると、そこには既に二人の騎士が互いの従士を伴ってアレックスがやってくるのを待っていたのだった。
騎士の一人が声を掛けてくる。
「ようこそいらっしゃいました、アレクサンダー様。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、今日はよろしくお願いしますね」
「早速ではございますが、訓練を始めさせていただきます。先ずは、走り込みから行います。型稽古、打ち込み稽古はその後でございますが、よろしいですか?」
騎士の確認の言葉に、アレックスは笑顔で頷いた。
「はい、構いません。それでお願いします」
「では、屋敷の塀に沿って走ってまいりましょう。それでは行きますよ」
騎士の合図で、アレックス達は走り込みを始めた。
屋敷の塀に沿って走れば一周が約2キロメートル、アレックスは軽く流すようにして走り込んでいった。
10周した所で、騎士の一人から終了の合図があった。
「走り込みはこれくらいで良いでしょう。休憩を取った後は、型稽古に入ります」
「はい、分かりました」
もう一人の騎士が、アレックスに語り掛ける。
「アレクサンダー様、話には聞いておりましたが、すごいものですな。走る姿勢は綺麗で軸のブレもないし、これだけ走っておいて息が乱れておられないとは、それだけ走れればご立派です」
アレックスはメイドの差し出してきた手拭いで軽く噴き出た汗を拭い、果実水で喉を湿らせてから騎士を見返した。
「これくらいでしたら、いつもの修練でも走っていますから、平気ですよ。さぁ、次は型稽古ですね」
アレックスの言葉に、騎士達も頷き返す。
そうして、アレックスは従士たちと一緒に並んで型稽古を開始した。
アレックスたちの対面にはふたりの騎士が立ち、型の動きを確認して指導をしていく。
しばらくの間は、そうしてひたすらに剣を構えて型に沿っての素振りを続けていくのであった。




