第五話・王都に着いてから
王都に着いた魔導飛行船から、乗客が続々と降り立っていく。
その様子を展望室から眺めているアレックスの元に、領都スプリングフィールドから護衛として随伴していた騎士の一人が近付いてきた。
「アレクサンダー様、間も無く下船の準備が整いますので、一度お部屋にお戻り頂けますでしょうか」
「そうですか、わかりました。マリーさん、それでは失礼いたしますね」
「はい、アレックス様。私も、お爺様の所に戻りますね」
そう言って一礼するマリーに見送られ、アレックスは母キャサリンの待つ特等船室区画へと戻っていった。
「マリー、アレクサンダー様はお帰りになったようだね」
「お爺様……。はい、アレックス様でしたら、先程お戻りになりました」
アレックスを見送ったマリーに声がかけられる。
マリーが振り返ると、展望室にデモナンがやってきたところであった。
マリーの元に歩み寄ったデモナンは、マリーの頭を優しく撫でた。
「では、私達も行くとしよう。下船が遅れるわけにはいかないからね」
デモナンは、手を差し出してマリーの手を取った。
そうして二人で並んで歩きながら、デモナンはマリーに問いかけていた。
「マリー、アレクサンダー様はどんな方だった?」
「はい、お爺様。とても綺麗で素敵な方だと思います」
「そうか、そう思ったか」
マリーの言葉に、デモナンは鷹揚に頷いて答えていた。
デモナンから見ても、確かにアレックスの見た目は見目麗しい子供に見えた。
もっとも、デモナンの場合は少し評価が違う。
スプリングフィールド選公爵家の御用商人であるタルックボ商会の会頭として情報には聡いデモナンは、当然の事としてアレックスの事も情報収集していた。
アレックスが、四歳から選公爵立エクウェス学園附属大図書館に通って様々な本を読んでいた事、六歳から剣術と魔術の修練を始めている事、それらで人並みならぬ才能を示している事……。
相手が誰でも愛想が良く礼儀正しい姿勢を忘れない立ち居振る舞いで、領都スプリングフィールドではお披露目の前から『黒薔薇の君』と呼ばれエクウェス学園では噂の的になっていた事……。
デモナンの商人としての勘が、アレックスは大物だと囁いている。
だからこそ、デモナンは孫娘であるマリーをアレックスに紹介したのだ。
「アレクサンダー様は、王都にて王立アウレアウロラ学園にご入学なされるそうだ。マリー、四月からはアレクサンダー様がお前のご学友となるのだ。学園でも仲良くしていただきなさい」
「はい、お爺様」
デモナンは、最後に特等船室区画へとつながる展望室の上層フロアを一瞥した後、マリーを伴って展望室を後にしたのだった。
……
…………
………………
アレックスが特等船室区画の客室に戻ると、キャサリンがお茶を飲みながら寛いでいる所だった。
「母様、もうすぐ船を降りるという事で戻ってまいりました」
「アレックス、お帰りなさい。空から見た王都セントラルはどうだったかしら?」
キャサリンの問い掛けに、アレックスは明るい笑顔を浮かべる。
「はい、母様。セントラルはスプリングフィールドよりも大きい都市だというのが良く分かりました。王城も、とても立派で綺麗です」
「そうですね……。王城テネブリスは白亜の巨城として諸国にも知られるお城ですから、貴方も覚えておきなさい」
アレックスがキャサリンの対面の椅子に腰掛けると、メイドが寄ってきてお茶を淹れていく。
お茶を一口飲んだアレックスは、キャサリンに展望室でのことを話した。
「マリーという子とお友達になったんです。とてもいい子なんですよ」
「まぁ、そうなのね。それは良い事だわ……」
キャサリンは考える。
アレックスが行っていたのは、上層の展望室だ。
上層の展望室に来ることが出来るのは、一等船室区画か特等船室区画の乗客のみである。
今回の旅程では特等船室区画の乗客は自分たちだけなので、該当するとしたら一等船室区画の乗客である。
一等船室区画の乗客は、当然の事ではあるが乗船に必要な大金を出せるだけの財力がある貴族や大商人である。
それだけでも、身元は保証されたようなものだった。
だから、アレックスに接触してくるような乗客に関してもそれほど心配はしていなかった。
友達になるというくらいなのだから、大人という事は無いだろう。
だったら、子供の付き合いに一々目くじらを立てる事もない。
様子を見て本当に駄目な相手であれば、その時に対処するのでも間に合うだろう。
「マリーという子は、どんな子だったのかしら?」
キャサリンの問いに、アレックスは昨日の出会いから語っていった。
「タルックボ……。あのタルックボ商会の所の子なのね。それならば、大丈夫でしょう」
タルックボ商会は、スプリングフィールド選公爵家の御用商人である。
そのタルックボ商会の会頭が孫娘を紹介したというのであれば、身元は保証されたと言えるものである。
タルックボ商会の係累なのだから、教育や躾もしっかりしている事だろう。
そうして、アレックスとキャサリンが暫しの間話し込んでいると、ノックの音が聞こえてメイドの一人が入室してきた。
「キャサリン様、下船の準備は滞りなく完了したそうでございます」
「あらそう……、もうそんな時間なのね。アレックス、それでは行きましょうか」
「はい、母様」
アレックスは、キャサリンの後を追うように部屋を出た。
護衛の騎士が二人の前後を固める中、特等船室区画から乗降口のあるエントランスロビーへと移動していく。
特等船室区画を出て階段を降りエントランスロビーに到着すると、乗降口には空港へ移動するための渡り廊下が接続されていた。
アレックスはキャサリンと共に空港へと移動していく。
空港のラウンジに到着すると、迎えの馬車が到着するまでに少しの時間があった。
「それでは、キャサリン様。迎えの馬車の準備が出来ますまで、もう暫しの間お待ちください」
「えぇ、よろしくお願いしますね」
メイドの一人がラウンジを後にすると、もう一人のメイドがアレックスとキャサリンの前にお茶を用意した。
窓の外には、領都スプリングフィールドから王都セントラルまで乗って来た魔導飛行船の他に大小多数の魔導飛行船が停泊中であるのが見て取れた。
停泊している魔導飛行船の数は、領都スプリングフィールドで見たよりも数多い。
「母様、魔導飛行船がたくさんありますね」
「そうね、アレックス。この空港から出る四つの大型魔導飛行船が、それぞれ四つの選公爵領を結ぶ航路を維持しているのよ。中型以下のものは、王家直轄領間を結ぶためのものですよ」
アレックスの興味津々といった微笑ましい態度を見て、ラウンジにいる他の乗客達の間にあった緊張感が解れていく。
何しろ、ここにいるのはローランディア選王国で四つしかない選公爵家の夫人とその子息である。
同じラウンジに同室しているだけでも、他の乗客が緊張しないわけがなかったのであった。
暫しの時間が過ぎた頃、外に出ていたメイドがラウンジへと戻って来た。
「キャサリン様、迎えの馬車の準備が整いました」
「分かったわ……。では、アレックス、行きましょうか」
「はい、母様。そうすると王都の屋敷に行くのですよね?私、まだ王都の屋敷にはいったことがないのでとても楽しみです」
「王都の屋敷は、領都の館と比べれば少しばかり小さいものよ。でも、そうね……。いい機会だから、よく見ておくといいわ」
そう言って、キャサリンはアレックスを伴ってラウンジから出ていった。




